第8話 隙だらけだ……フッ。。。。。。


 ロニーをすり抜け赤がこちらへ猛進。

 ヤバいじゃんこれっ!


 そうビクついていると、茶髪くんから「降りろ」的な視線を受けたので、慌てて降りる。


 ぐぎゃっ。


 鞍に足を引っ掛け、頭から落ちた。


 茶髪くんはおっさんのことは気にも留めずに、軽々と下馬。

 ロニーを射線上から外すように素早く移動しながら、矢を取り出していた。


 茶髪くんが見据える対象は前方から迫りくる赤。一瞬で縮まるほどではないが、余裕があるわけでもない距離。

 そこで迎え撃つことにしたらしい。


 茶髪くんに余裕は感じられない。けれど、憂いも浮かんではいない。


 全部の神経を練り上げているような、深い集中のまなじり

 茶髪くんは自身の調子を確かめるみたいに、矢を持つ右手の指を小さく動かした。

 すっと鼻から空気を取り込み、緩やかな動作で矢をつがえる。腕に程よい緊張感を走らせるように、右腕をじりじりと引き絞ってゆく。


 それら一つ一つの所作は、見惚れるほど流麗。


 彼は、言葉を紡ぎだした。

 

 

 「はやて過ぎ去り、草木そうもく踊る。劣後れつご腐矢ふや森厳しんげん纏衣てんい早弓そうきゅうの牙――」


 引き終えて右腕が止まると、弓弦ゆづるの心地よい軋みがここまで聞こえてきた。


 茶髪くんはゆっくりと瞬きを一つ。そして、矢先に一つの魔法陣が現れた。

 

 涼やかな緑色の魔法陣。




「――〈緑穿の一矢ペネトレイト〉」




 快音。


 射出された矢は魔法陣を潜り抜けると高速回転を始め、空気を切り裂いた。風圧で草がさざめく。超高速の矢は、速度を減ずることなく一直線に標的へ向かい――




 ――突き抜けた。




 いとも容易く赤に穴をあけ、遠く離れた前方の木、その根元を抉りようやく静止。


 

 これが、本物の魔法……。


 自分が感嘆しているかたわら、茶髪くんは苦々し気な表情をしていた。


 なにか不満なことでもあったのかと不思議に思い赤を見やると、そいつはまだ倒れてはいなかった。

 胸に痛々しい風穴を空けながらも、赤はぎゃあぎゃあと叫びを上げ、棍棒を振り回しこちらに向かってくる。


 気勢はがれていなかった。赤の命を燃やすような猛突進は、残り僅かとなっていた茶髪くんとの距離を瞬時に詰めていた。


 マズイマズいマズいッ! なんとかしなければ! 


 こそこそと石板を呼び出し、〔香炎柱フランベ〕を発動。

 が、魔法陣が出現したのは全く見当違いの場所。リキャストタイムを待つだけの時間はない。


 こんなときでもダメなのかっ! マズいっ!


 瀕死の小さな生物の猛攻を目に、心臓が五月蠅く、鳴りやまない。自身の血の巡りがはっきりと感じ取れた。

 何の打開策も浮かばぬまま意味もなく視線を戻すと、


 

 「……へ…………?」 


 ちょうど、赤の腹から切っ先が生えた。その一撃により、赤は潰れるような断末魔を残して地に伏した。


 何が何やら。

 呆然としつつロニーの方を見やると、彼は投擲とうてき直後のような体勢。


 どうやら、ロニーの投げた剣が赤の腹を食い破ったらしい。


 すっげぇえ……。えげつねえ…………・


 でも、良かった。


 なんだよ、やっぱ自分の出番なんかなかったじゃんよぉ。

 苦戦するとか言っといてなあもぉう、本当は俺が出張ってやったってよかったんだけどなぁあ。

 とかなんとか、危機が去ったことで内心イキリ爆発である。


 「隊長! すみません!」


 そうしていたのも束の間、大声にびくりとしてそちらの方へ顔を向けると、ロニーの背後に白が迫っていた。


 巨大な棍棒を振り上げ、既に攻撃のモーションに入っている。


 おいおいおいおいおい! 


 どうも他の隊員がとり逃してしまったようだ。必死に注意を促してはいるが、これでは到底間に合わないだろう。そうなると、ロニーは、死ぬ。


 「っ! タキタさん!?」


 気づけば、予備の武器なのだろう、茶髪くんが腰に下げている剣をひったくっていた。同時、石板をポチってスキル発動。


 身体がいつになく軽い。

 これなら、大丈夫そうだ。


 そうするのが当たり前とでもいうように、身体は自然と弧を描いた。馬を回り込み、ロニーを背後から狙う白、その背後へ。

 過ぎ行く風が優しく頬を撫でた。ただ慈悲の限りで切っ先を対象に向ける。



 音もなく、静かに。されどその一振りは厳烈に。




 

 ――〔流旋風慈りゅうせんかざうつみ



 白の首に線が引かれ、次いで、血が滲み出した。


 静寂が、三秒。


 思い出したかのようにするりと首が滑り落ち、その反動で胴も倒れた。


 

 「はぁはぁはぁはぁ……持ぢ悪い…………」


 白と同じく、自分も地を舐めていた。腹の中がぐるぐる回ってる。目も回ってれば頭も回ってる。息切れも収まらないし、もう最悪だ。


 そりゃま、本来自分ができるような動きじゃなかったしなあ。ちゃんと発動したことに満足しとくべきだろう。


 が、うぷっ。

 ああ、吐きそう。


 戦闘の興奮が冷めはじめ、自分が殺した白の死体が目の前に映った。何とも形容しがたい臭いが鼻をつく。


 「うっ、おえぇ……」

 

 ドバドバと腹の中のものが出てきた。


 これが死の臭い、だろうか。

 べっとりとまとわりつく重い臭いに、酸っぱい臭いが交じる。


 「タキタさん!  大丈夫ですかっ!」


 ロニーが走り寄り、心配そうに問いかけてくれる。


 気持ちは嬉しいんだけど、ちょっと声量下げて。それ、頭に響くから。これ、大丈夫なやつじゃないから。


 「ああ、はい。……大丈夫です。運動不足のくせに、少し気張り過ぎたみたいです」


 「……そうですか、よかった。それより、本当にありがとうございました。おかげで救われました」


 ロニーが巨体を折り曲げる。


 こんな誠心誠意なお礼を受け取ったことなんてなかったから、面喰らう。


 「あっ、いえいえ、お気になさらず。とりあえず無事でよかったです」


 「すみません、ありがとうございます」


 ワイルドイケメンなスマイルが眩しい。


 「それで、申し訳ないのですが、取り出すまで少しお待ちいただけませんか?」


 「はい」


 何を? と思ったが、あんまり口を開くとまた汚物が出てきそうだったのでスルーした。むやみに無知をさらすのも良くないと思うし。

 というか、とにかくいまは休みたい。


 「ありがとうございます。少しの間ですが、タキタさんは休んでいてください」


 そう言うと、ロニーは目の前に倒れる白の死体を他の隊員へ渡すと、自身は赤の死体を持って、少し遠くの方へ行った。


 辺りを見回すと、他の人たちも倒した彩小鬼の元で何かしている。その手元を見てみると、彩小鬼の腹をさばいているようだった。


 視線を戻すと、ロニーも赤の腹の上で手を動かしている。ロニーが向こうへ行ったのは、こちらを気遣ってのことだったのだろう。


 まったく、いい男だ。


 にしても、世界の違いを嫌というほど叩きつけられる。毎日豚やら牛やら鶏を食べていたとはいえ、生死を間近に見ると、怖いな。


 本当は辺りを警戒しておくべきなんだろうが、もう気を張れそうにない。茶髪くんたちもいるし、大丈夫だろう。


 自分のゲロから少し離れ、仰向けに寝転がる。

 草の揺れがくすぐったいが、暖かな風が何とも気持ちいい。これまで気にも留めなかったが、素晴らしい青空だ。細く長く尾を引く雲が、なんかいい。



 「お待たせしました」


 異世界の自然を堪能して数分。

 思いのほか早く、ロニーたちの用は済んだみたいだ。眩しさのために薄眼になって頭を起こすと、他の人たちもやって来る。


 「隊長」


 隊員の一人が怪訝な表情で言う。手には、自分が仕留めた白の死体。


 「ん、どうした?」


 「いえ、それが実は、魔石が出なくて……」


 「どういうことだ?」


 「この個体には、魔石が入っていなかったんです……」


 白の死体を見せながら、隊員は少々自信なさげに答えた。


 「魔石を持たない魔獣がいるなんて聞いたことないが……」


 ロニーは眉間に皺をよせ、考え込む仕草をした。


 「……はい」


 「まあ、分かった。もしかしたら別の部位に魔石があるのかもしれない。持ち帰ってから詳しく検分することにしよう。とりあえず、帰還優先だ」


 「はい」


 その会話を何となく耳に入れながらも、自分が待たせるわけにもいかないので、さっさと立ち上がる。


 「っと」


 が、たたらを踏んでしまった。まだ全然回復してなかった。

 

 ぐるぐるバット的嘔吐感。


 「おっさん、平気かよ」


 そんな様子を見かねてか、赤髪青年が肩を貸してくれる。体格が全然合ってないんだけどね……。腕がぐわあんって引っ張られてるんだけどね……。


 「ああ、すいません。まったく面目ない……」


 内心愚痴りながらも、異世界での親切心が身に染みる。



 ――ベチャ。




 

 あ、…………ゲロ踏んじゃった。


 「どうかしたか?」


 足を止めたこちらの顔を窺うように、赤髪青年が尋ねてきた。


 別に彼が悪いわけではないのだろうけど、なんだかイラっとしたので、赤髪青年へ抗議の声を上げようかと口を開きかけた。が、自分は本当にゲロを踏んでしまったのか……、という現実感が押し寄せ、当初予想していたより大分えてきたのでつぐみ直した。


 なんだろ、この絶望感…………。


 他の面々の顔を窺ってみる。


 赤髪青年は気が付いていないよう。

 ロニーも茶髪くんも気が付いていないよう。

 他の皆も気が付いていないよう。


 この事態に気が付いている者はいない模様。


 なら、これは幻想だ。うん。


 「だいじょぶです」


 「そうか?」


 「はい」


 そのまま、何とか騎乗。先ほど同様、茶髪くんの後ろにスタンバイ。


 ロニーの号令で、どこだか分からない場所へ出発進行。


 イケメンウッマにゲロソックスを当てないように細心の注意を払った。

 こいつも、当て馬にはされたくないだろうから。



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