第9話 冒険者に、俺はなるっ!


 森を抜けると、こちらを気遣ってか、並足になった。


 まあ、森を抜ける途中また吐いちゃったしね……。


 茶髪くんは必死にもらいゲロを抑え込んでいた。


 本当にごめん。なんかもう、色々とごめん。そして、ありがとう。さすが、気の利くイケメンは違うぜ。俺のハートを持ってきな。


 それからしばらく。

 

 吐き気やら何やらも落ち着いたところで、茶髪くんに話しかけてみることにした。


 「あの魔法、凄いですね。驚きました」


 「〈緑穿の一矢ペネトレイト〉ですか?」


 「ええ、それです」


 「俺なんて全然ですよ。第三階梯、それも中途半端なものです。結局隊長に助けてもらいましたし……。タキタさんに褒めていただけるほどじゃないです」


 「あはは、そうですかね」


 あの魔法で第三階梯ということらしい。

 一応、基準にしておこう。


 何ていうか、茶髪くんの態度が柔らかになっている。さっきはツンケンしていたのに。

 これなら、もう少し情報を得られそう。


 会話ついでに情報収集って、俺、名探偵?  

 なんかカッコよくね?


 ふふ。


 「そういえば、詠唱をするんですね?」


 「……まあ、はい。俺は詠唱しないとできないので」


 ほう。


 ということは、無詠唱で使える人もいるということなのだろう。


 「タキタさんはすごいですね。無詠唱であれだけ高度な魔法を使うなんて」


 「……いえいえ、そんなことないですよ」


 かなり気を遣わせることを言ってしまった。これじゃあ、すんごく嫌味な奴みたいじゃん。


 まあ、単なるお世辞かもしれないが、無詠唱はそれなりに高等な技術と捉えておこう。  

 もし基本的に詠唱が必要ということなら、ただポチるだけのスキルは、それだけでかなりのアドバンテージを持ってるってことになるな。


 「……タキタさんのその服。それは魔法衣なんですか? それとも魔石そのものをお持ちなんでしょうか?」


 茶髪くんからの質問だが、……はて? 


 魔法衣に魔石。知らない子ですね。


 まあ創作ファンタジーなどでよく出てきそうな響きではあるけど。ただ、それがこの世界においてどういったものであるのかという知識がない。


 肯定するのは躊躇われるが、否定したら否定したで藪蛇になりそう。ということで、適当に濁しておくことにする。


 「…………ええまあ、はい」


 そうして、会話が途切れた。


 ま、こんな答えになっていない返しをされたら困るだろう。

 横目を向けていた茶髪くんが前に向き直り、居心地悪そうにしている。


 質問したいことは山とあるが、綱渡り状態で色々訊くと、どんどんボロを出しかねない。というか、下手な発言全てが疑惑に繋がってしまう。だからもう黙っておくことにした。


 こっちから話しかけたってのにね、ごめんな。マジすまん。


 名探偵ってマジむずい。

 コミュ障認定必至である。



 十数分後。茶髪くんにとっていろいろな意味での地獄の道行きが終わりを迎えた。


 目的の街に着いたようだ。茶髪くんはどこか晴れ晴れとした表情を浮かべている。


 おいおい、内心の喜びが滲み出ちゃってるぞ。


 かくいう自分は腰砕けになっていた。

 おっさんに乗馬は無理ゲーっぽい。

 

 ふらふらよろよろと醜態しゅうたいさらしながら、心優しき一団へ別れを告げる。


 「最後までお連れしましょうか?」とロニーから提案もされたが、どこにお連れされるのか全く分からなかったため、それはもう丁重にお断りした。


 たぶん、お連れされてしまったらお終いだ。分からんけど、なんかそんな気がする。


 さて、ロニーたちと別れたところで、まずは食い扶持を稼がなきゃならない。

 当面をしのぐことができるだけの金を稼ぎたい。


 であればどうするか。


 もちろん冒険者である。男のロマンである。いざゆかん冒険者ギルド!


 よし。方針は決まった。

 んじゃ、ロニーや茶髪くんたちとは反対方向に進んでみようか。




*****




 目に映る街並みは、華やかさの面では最初見た街に比べ劣るものの、広々と落ち着いていて、自然と見事に調和した洗練された感じを受ける。


 幅広の水路が路の真ん中を通っており、緩やかに水が流れている。その水はよく澄んでいて、衛生面も悪く無さそうだ。


 視界一杯に広がる連綿と続く山脈は、ずっと先にあるはずなのに、手に触れられそうなほどに近く感じる。


 そんな街の大通りを浮浪者然としたおっさんが歩いているわけだが、服を着て堂々としていれば見咎められることもないようだ。


 まさかこの靴下がゲロ経験済みだなんて、誰一人知らないに違いない。


 なんだろう、この徐々にせり上がってくる心地よい背徳感は…………。


 というのはさておき、冒険者ギルドどこ……? 

 

 テキトーに歩き回ってれば見つかるだろうと思っていたのだが、見つける前に歩き疲れた。


 中年太りのおっさんは歩くだけでHPゲージが削れるのである。毒を食らってるのと一緒だ。


 ということで、近くにいた若いカップルにお尋ね。

 親愛の情を確かめ合っているようだけど仕方ない。他に人いないし。


 「えっ、わたしたちに話しかけてくるの……?」みたいな反応をされたが、レッツトライだ。


 かくかくしかじか、んにゃらら、冒険者ギルドどこ? ってな具合だ。


 すると訝しげにしながらも「あっち」とザックリとした方向を教えてもらえた。


 どうやら来た道を戻ることになりそうである。なんてこったい。


 礼をしたのち、萎えそうになる気持ちを叱咤して歩く。


 しばらくして大通りへ帰還。

 それっぽい建物を探し歩いていると、案外すぐに見つかった。


 ロニーたちと別れたすぐのところであった。なんてこったい。


 しかしそれ以上に驚いたのは、看板が読めたことだ。日本語と異なる文字列が難なく読める。

 会話だけでなく文字も読めるパターン、最高です。


 大通りに面した立派な建物。剣と盾が描かれた、いかにもといった看板。簡素で堂々としたそれが冒険者ギルドらしい。


 遠回りしたこともあって期待マシマシ。

 さっそく扉を開くと、まさに想像していた通りの光景がそこに。


 内装しかり。受付嬢しかり。壁面のコルクボードしかり。そこに張り出された依頼書しかり。


 様々な装備に身を包んだ冒険者。男八割、女二割。うち、美少女一人。


 うんうん、これぞ冒険者ギルド。やっぱり最初は王道が一番だよな。

 満足である。


 「おい、なに突っ立ってんだおっさん」


 振り向けば厳ついスキンヘッド。


 うんうん、荒くれもの。これも王道……。


 「あっ、ごめんな――」


 「さっさとどけ」


 きゃうん。

 

 「さい」と言い切る前に押しのけられ、転倒。


 確かに扉の前で突っ立ってたのは申し訳ないけど、何も突き倒すことないのに。

 と、ほんの少しだけ非難の色を混ぜてスキンヘッドを見やると、スキンヘッドは、「おいおいまじかよ。ただ小突いただけだぜ」みたいな憐憫れんびんの眼差しを向けて歩いて行った。


 辺りの冒険者を見ても同様。生暖かい視線が向けられ、すぐにどうでもいいことのように散った。


 もうちょっと構ってくれたっていいじゃないの、と思わないでもない。


 のそのそ起き上がり、さっさと登録を済ますことに。


 カウンターには受付嬢。居並ぶ三人、皆キレカワだ。


 今はどこも空いている。今なら誰でも選び放題。


 右から順に、黒髪清楚、茶髪ボイン、一つとばして金髪スレンダー。


 まず、三番目のおっさんは除外だ。


 素晴らしいニコニコ笑顔をこちらに投げかけてはいるが、威圧感しかない。

 あんたの笑顔は凶器なんだよ。隣のボインちゃんよりも明らか服が盛り上がってるってどういうことよ。


 逞しい肉体はキレてるのかもしれない。が、可愛い要素はどこにもなかった。


 ボディビルダーからできるだけ距離をとるため、一番右、黒髪清楚な受付嬢の元へ向かう。


 「あの、冒険者登録をしたいのですが」


 「あっ、はい。冒険者登録ですね。畏まりました」


 こちらが要件を伝えると、お姉さんは一拍おいて了承した。


 多分、自分が冒険者登録しに来たとは思わなかったのだろう。魔法があるのなら年齢やら体型は関係ない気がするが、どうなのだろう? 


 まあ、こちらはおっさんだし、無理もないか。


 お姉さんは机の下から用紙を一枚取り出し、卓上のペンと一緒にこちらへ差し出した。


 「それでは、記入をお願いします。代筆も可能ですが、その場合銅貨一枚が必要になります」


 「それは平気です」


 答えながら、用紙を眺める。


 項目は名前や年齢、戦闘法など簡単なものばかりだ。


 こちらのスキル能力を伏せたうえで、すらすらと空欄を埋めていく。


 いや、これこそチートだよな。淀みなくペンを走らせながら、少し不気味に思う。


 「書き終わりました」


 「ちょっと確認しますね」


 お姉さんは記入された用紙を流し読み、「はい、問題ありませんね」との言葉。


 確認は即座に終わり、お姉さんは印鑑を取り出した。


 朱肉にバウンドさせること数回。ペトリと印が押される。確認印的なやつだろう。


 お姉さんは、そのまま後ろの棚をガサゴソ。一つのファイルを取り出す。


 「お待たせしました。これからタキタさんのギルドカードを発行いたします。こちらで少々お待ちください」


 「はい」


 お姉さんはにこりと微笑むとファイルと用紙を手にスタッフオンリーな扉へ手をかけ――こちらへ戻ってきた。


 おっ、なんだなんだ? 愛の告白かな?


 「すみません、忘れてました。登録料として銀貨一枚を戴きます」


 「あ、はい」


 ちょっと恥じるようにはにかむお姉さん、かわいい。

 

 ポケットに手を入れ、金髪美青年から盗った硬貨を堂々とカウンターの上に置く。


 これが銀貨以上の価値をもっていますように、と祈って。もしそうでなければただただ恥ずかしいおっさんである。

 

 まあ大丈夫だろ、銀色だし。


 と気丈な感じでいたら、そういえばこの硬貨を見たロニーはやけに驚いていたよな、とかなんとか思い出す。


 そして示し合わせたように、


 「はい、確かに――って、えっ!?」


 お姉さんはびっくり顔で硬直した。


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