第31話 リモート大回り乗車(13)佐野-桐生

総裁 ちょっと、どういうことなの!?


忍  言えない。

恋海 でもずいぶん仲よさそうだったわよ。ビッグサイト近くのサイゼリヤで。

忍  私からは言えない。

恋海 じゃあ、メッセでエビコー総裁から聞こうか。

忍  それはノーサンキュー。


総裁 忍ちゃん、なにがあったの?


忍  言えない。絶対に言えない。

恋海 どうせばれちゃうんだから話しちゃえば良いのに。抱えてると辛いわよ?

忍  それより辛かったから。


総裁 え、それって。


忍  言えない!!


 総裁と恋海はその悲痛な拒絶に言葉を失った。


総裁 でも、いつか話してくれる? 辛かったのかなと思うけど、辛そうにしてる忍ちゃん、見てる私も辛い。


忍  う、うう。


恋海 忍ちゃんも強情だなあ。まあエビコー総裁も強情だと思うから、そういう別れがあったのは必然だったのかな。


忍  ……。


総裁 いつか話して。いつかで良いから。別れの傷にかさぶたがしっかりできてからで良いから。


忍  うん。


総裁 じゃ、この話は棚上げ。心に棚を作るってのはすごく大事なことだから。


恋海 そうね。


総裁 そうこうしてるうちに桐生に着くわ。東武桐生線の立体交差くぐったから。左からわたらせ渓谷鉄道が合流してきて、一緒の複線鉄橋で渡良瀬川を渡って右カーブすると高架の桐生駅。

恋海 もと足尾線ね。わたらせ渓谷鉄道。『わ鐵』って呼んでくださいって会社は言ってるみたいだけど。気動車9両客車4両機関車2両をもち、かつては「サロン・ド・わたらせ」としてJR高崎支社のお座敷客車「やすらぎ」を引き継いで運転もしてたのよね。いろんなドラマや映画の舞台にもなってる。

忍  わ鐵には公式のYouTubeチャンネルもある。是非登録してあげて。

恋海 そうね。まだ487人しか登録してないものね。(21年6月19日現在)


総裁 そういや、恋海ちゃん、夏の鉄道模型コンベンションにこれまでも行ってたの?


恋海 一般見学者だけど小学生の頃から毎夏いってたの。


総裁 なかなか筋金入りね。


恋海 あそこ、荷物持ってるとロッカー少ないので毎回なんとかしたかったのよね。出展者と仲が良ければ荷物預かってもらえることもあるけど。


総裁 あ、忍ちゃん、それでエビコーさんと。


 忍は答えない。


総裁 もー。むくれないの。


忍  むくれてません!


恋海 落語じゃないんだから。まあいいわよ。エビコー総裁、あなたとずいぶん楽しそうにしてるから、昔から仲良かったのかなと思ってたけど、何かあったのね。こういうオタクのつきあいって、破滅するとかなり苛酷で甚大な影響が出るものだから。それでも別れざるを得ないんだもの。よほどのことがあったのね。


 忍は答えない。


恋海 まあ、この件はほんと、保留にしましょう。

忍  そうしてほしい。


 3人のあいだに間が開いた。


香子 わー、寝ちゃった!!

静  ……おはようございます。

ユリ すごくよく眠れたけど……ごめん。


総裁 いいのよ。電車でみんなで寝るのも私の憧れだったし。


 すると忍がハイケンスのチャイムをケータイで鳴らした。


忍  おはようございます。本日は2021年5月16日。時刻は6時50分を回ったところです。ただいま列車は時刻表通りの時間で運転しております。

恋海 寝台列車のおはようアナウンス再現!

ユリ 忍さん、どっからその車掌声出してるんですか。

香子 そういうのがあるんですね!

恋海 いまだとサンライズ出雲・瀬戸ぐらいじゃないと聴けないわね。

忍  サンライズ……。

恋海 ?? あれ、忍ちゃん、どうしたの?

忍  なんでもない。

ユリ そう言いながら、忍さん、ちょっとツラそう。

忍  いろいろあったから。

香子 何があったんです?

忍  それもまだ言えない。


総裁 忍ちゃん、秘密が多すぎるよ。


忍  ごめん。


恋海 そうなの。でも、何があったかわかんないけど、秘密にするならちゃんと秘密にして。


 忍は返す言葉がない。


恋海 辛くてイヤなことがあったのかもしれないけど、私たちはそれに無限には付き合えない。無理だもん。自分のことは自分で解決するのが大人よ。別れた相手のことをいつまでもグチグチ言い続けられても私たちも困るし、第一あなたも損する。そんな未練にみんなを巻き込むのは身勝手だし、そんな未練タラタラなら別れなきゃよかったわけだし、それができないでいるのは、正直言って、すごくみっともない。いくらあなたが魅力的だとしても、そんな未練にとらわれ続けて周りをそれに巻き込むのはメーワク千万。


 恋海は続ける。


恋海 別れたんなら、歯を食いしばってでもこらえるもの。それができないのは女の腐ったようなものというのよ。その覚悟もなしに別れたなんて、それがそもそもどうかしてる。

香子 恋海さん……。

恋海 別れが辛くないわけがない。当たり前に辛いもの。でも、いつまでも引きずっちゃだめよ。そうやっていくと、あなたはあなたの人生をそれで台無しにするわ。

 私はそんなの見たくない。たぶんきっと別れたエビコー総裁もそう思ってこらえてると思う。どんな関係だったかわからないけど、別れは双方がものすごく深く傷つくお互い様のもの。だから、お互いにこらえるものよ。だって、そうしないと、そこまで仲良く一緒だったことがすべて間違いになってしまう。過去は絶対に消せないのよ。


 恋海が一気にまくし立てる。それを見ていた総裁は『ああ、恋海もそういう辛い別れを経験してきたんだ』と察した。


 少女たちは、いくつもの辛い別れを繰り返し、強くたくましい女になっていく。

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