第11話 流山夜曲

 恋海のYouTubeの放送が始まった。

 ここまで集めた証拠で、恋海がYouTuberだとはほぼ確定できた。

「恋海ちゃん、必死なんだね」

 3人で帰宅してそれをそれぞれに見ている。

「YouTubeなんて、運営の胸先三寸でどうにでもなっちゃう世界なのに、それに賭けてるなんて」

 音声チャットで話し合う。

「でも、普通のバイトして普通に高校通うのは難しいわよ。ましてお母さんと弟さんの分もでしょ?」

「医療とか福祉の支援は得られないかな」

「ああいうのは肝心なところに手が届かない。結局お金が要るのよ」

「恋海ちゃん、つらいだろうな」

 私たち3人は言葉なく黙ってしまった。


「思ったんだけどさ」

 忍が口を開いた。

「私たちの鉄研のことより、恋海ちゃんのことが心配になっちゃった」

「え。マジ? でも私もそう。正直、鉄研よりそっちが心配」

「そうですよね。拙者もであります」

「香子ちゃん、自分のこと、拙者って言うんだね」

「拙者、サムライなのであります」

「そうなのか……」

「サムライとして、困っている子を放置は出来ないのです」

「そうよね」

「恋海ちゃんを助けたい。私たちに出来ることなんて限られてるだろうけど」

「でも女子高校生って、こういう時、非力だよね。かなしくなる」

「そうよね。お金で助けるったって、私たちバイトしても最低賃金すれすれのバイトしか出来ないだろうし」

「だから恋海ちゃん、YouTubeできてすごいよね」

「あと私たちが出来るって言ったら、それこそパパ活ぐらいかなあ」

「もー!! 不健全発言、禁止!!」

「あとは……私たちが動画ネタになるしかないかもなあ。ダンスしたり変顔動画作って」

「そもそもそんなことできたら、私たち今こうはしてないよね。そういうの才能とかノウハウ必要だし」

「正直、それもってる恋海ちゃんに教えてもらうのが一番だけど、それじゃ彼女を助けることにならない。今恋海ちゃんに余計なことさせる気にはなれない」

「恋海ちゃんの動画、さすがよくできてるもんね。機材とかそろえてるんだろうなあ」

「YouTuberって、はじめは全部一人で放送局まるっと一つぶんやらないといけないから大変だよね」

「音響、照明、動画編集に特殊効果。さらには構成やナレーションまで全部だもんね。とても簡単にできることじゃないよね」

「うーん、うーん、こまったなー」

「もう20時。あと17時間しかない」

「徹夜する訳行かないけど、なんか今夜、眠れそうにない」

「そうよね。悔しいなあ……」

 画面の中の恋海ちゃんの姿が、はるか遠くに見えた。

「恋海ちゃんにまた楽しい鉄道旅行させてあげたいなあ。いくらYouTuberでも、ちゃんと高校生の青春もさせてあげたい」

「そうよね。そのために『カーディガンの変』仕掛けたんだし」

「でも、もう無理かもなあ」

 忍が寂しそうに言う。

「いいの!! 鉄研が部にならなくても、同好会としてもだめでも、私たちは友達だもん。勝手に旅行とか模型とかしようよ!」

 私は言った。

「ビッグサイトの展示は?」

「個人の資格で応募しちゃう。3人で勝手に合宿して!」

「なるほど、楽しそう!」

「いいですね! 拙者も城郭模型と鉄道模型の融合、やってみたいのでござる」

「でしょ?」

「そうだけど」

 また言葉が途切れた。


「ううむ、こうなったら」

 忍はそう言うと、またこめかみぐりぐりをはじめた。

「今日最後のぐりぐり、賭けてみる」

「え、本当?」

「こめかみの神様、なにかアイディアをください!」

 忍はさらに熱を込めてぐりぐりしている。

 そして。

「ぴっきーん!!」

「ぴっきーんキター!!」

 私と香子は抱き合って喜んだ。

「城攻めは、よく分析して弱点を見極めることが大事」

「おお! 旅順攻略の203高地の発見みたいなものかも! まともに東鶏冠山とかの堡塁に突撃するのをやめて、攻略に一番必要で弱点だった203高地に目標を切り替えた乃木元帥の戦訓に学ぶのですな!」

 香子ちゃんもコーフンしている。

「203高地か……」

「そういや、恋海ちゃんはガードめっちゃつよつよだけど、もう二人はどうだか、調べてないかも……」

 みんなで見合った。

「ソレダ!!」



「眠れそうにない……」

 一緒に相談と作戦会議をおえて、私たち3人はそれぞれ眠ろうとしていたけど、私は頭がさえて眠れそうになかった。

「忍ちゃん……もう寝たかな」

 すると、忍のメッセンジャーのアイコンが動いている。

 起きてるんだ!

 ――もう寝た?

 とメッセージを送る。

 ――眠れない。

 返事が帰ってくる。

 ――明日しか時間ないのに。

 ――ものすごく焦っちゃう。

 私は追い詰まっていたけど、クスッと笑ってしまった。

 ――寝るのも仕事のうち。

 ――寝台特急の走行音聞いて寝ましょう。きっとよく眠れる。

 そうね。

 いつか、みんなで本物の寝台特急の音聞きながら眠りたいね。

 ――コロナがあけたら、JR西日本の『WEST EXPRESS銀河』の簡易寝台クシェットのチケットとりましょう。あれは往年のB開放寝台みたいで、乗るとすごくよさそう。

 ――でもあれ、4人で1ボックスだから、鉄研6人だと2人余っちゃうね。

 あの列車に2人で個室みたいになってる席もあるじゃない。

 それもとりましょうよ!

 ――すごく楽しみ。

 コロナ、明けてくれるかなあ。

 ――わかんない。

 ――でも、今から明けたときの準備しておくのはいいと思う。

 ――準備だけは、しておけるから。

 そうね。

 ――じゃ、寝ましょう。

 ――(♪ハイケンスのチャイム)

 私はまた、クスッと笑った。

 そして、ストリーミングで聴ける寝台列車の走行音をかけた。

 そうよね、この高校で、こんな楽しい夜が過ごせるなんて、思いもしてなかった。

 明日、だめになっても、だめにはならない。

 ――そう。

 ――期待値下げておけば、それなりにいい結果になる。

 ――それに、結果を受け止めるのも、一人でなければ辛くない。

 そうね。

 ――では。

 ――明朝6時まで、放送によるご案内をお休みさせていただきます。

 忍ちゃんはそう、往年の寝台特急のお休み放送のまねで締めた。


 そして、ガタンゴトンという走行音の波に漂うようにしていたら、いつのまにか、深く私は眠っていた。


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