第12話 最後の朝
目が覚めた。
忍ちゃんとは住む家の方向が違う。香子ちゃんはおうちがどこかまだ教えてもらってない。でも鉄研がここで3人まで増えたのは本当にうれしい。
もう一人じゃないんだ。
それが胸を熱くしてくれた。
あとは恋海ちゃんたちを仲間に入れられるかどうか。入れられなくてもいいけど、せっかくの挑戦だもの、完遂したい。
いつもの流鉄に乗って高校を目指す。
2両編成の小さな電車。でも私たち流山市民の大事な足だし、誇りでもある。
5編成持っている列車の1編成ごとに名前がつけられてたりと往年のマカー(Mac使い)みたいなところとか、大正2年の設立からこれまで大手鉄道などの傘下に入ったことのない独立系を保ち続けてるところとか、駅員が駅にちゃんといるところとか(今よそだと駅の無人化が普通に進められちゃってるもんね)とか、SuicaやPASMOに対応する気がさらさらないところとか、今時気骨のある男らしい鉄道会社で、私は好きだ。それに市民からの出資で開通した、わが町の鉄道だってのもアツい話。
なにげに線路が全線単線だったり、途中つくばエクスプレス線と交差してるのに乗り換えが出来なかったり、日本民営鉄道協会に入ってなかったりと、ちょっと不便だったり気骨ありすぎのところもなんだか愛らしいと思う。
エビコーの総裁もこういうところに注目したのかな……。
でも、忍ちゃん、なんでエビコー鉄研総裁をそんな恨んでるんだろう。
うう、わからぬ……。
流鉄の電車が高校の最寄駅に着く。駅前にはどでかいショッピングセンターがあり、高校の正門にはその外周を歩いていくしかない。ショートカットは高校で御法度とされているのだ。
だけどその途中の交差点にたどり着くと、そこに疾風が舞い降りるように自転車がやってくる。
「流山会堂交差点、定時!」
忍の乗る『フライング・エドガワマン』と名付けられた深い緑色の自転車だ。有名な昔のイギリスの蒸気機関車『フライング・スコッツマン』に擬えて忍が命名したのである。蒸気機関車なのに最高時速176キロの高速を発揮したスコッツマンに負けないぐらい、忍の自転車はやたら速い。
忍は流山駅の北側、市役所近くに住んでいるのだが、いつも流鉄に乗らないで自転車でやってくる。少しでもお小遣いを浮かせたいらしい。
「乗務おつかれさまです!」
私はそう敬礼する。鉄道員さんの真似だ。ここでいつものように合流した私たちはそこから260メートルの街道の歩道を高校に向けて一緒に歩く。
「ほんと、こういう高校生活になるとは思わなかった。ほんとは別の高校に行こうと思ってた」
「私も」
忍が自転車を押しながら頷く。
「受験失敗して、すごく悲しかった。ここら辺とは別の高校に行きたかったから」
「そうだったの?」
「うん。私はこの流山が好き。でも、ここにもいやなものってあるから、よその高校に行きたいと思ってた」
「いやなもの、ね」
「そう。この街にも、正直、やだな、ってところがある。でもそれは普通のことだと思う。というか、思いたい。だって私はここに生まれたんだもの。生まれた街、幼い頃に育った街は他にないから。だから、どんなことがあっても、この街しかない」
「そういうのいいなあ。私は転校何回もしてるから、思いの強さがそういうのより弱いと思う」
忍がそう言う。
「前は青森に住んでたこともあったし」
「青森? いいなあ! 青森のどこらへん?」
「八戸。お父さんがそこの基地に勤めてたの」
「基地って?」
「陸上自衛隊のヘリコプター部隊」
「すごいねー!」
「でもお父さん、パイロットじゃないから」
「そんなことないよー」
「あの頃、小唄寿司食べるのが大好きで。新幹線の駅にお母さんに買いに行ってもらってて」
「小唄寿司って、八戸駅の駅弁よね!」
「そう。吉田屋さんの。鯖と鮭の押し寿司。大好きだった」
「いいなー。あと八戸線とか、青い森鉄道線とか、南部鉄道とか。交通の要衝よね。八戸線にも乗って楽しいレストラン列車走ってたよね」
「そうそう。結構頑張ってた。小学校の時、自由研究で八戸の歴史を調べたりもした」
「私も流山の歴史、調べたりした! 自由研究で! でも……」
「総裁、どうしたの?」
「ちょっと、ね」
「そう。そのあと、お父さんの転勤でこっちに来た」
「え、松戸駐屯地?」
「もともとはね」
「でもあそこ、ヘリ配置されてた?」
「お父さん、システムの仕事もしてたから通信群に。そのあと転勤で、市ヶ谷に」
「ええっ、自衛隊の中枢じゃない!」
「とはいっても下働きだったみたいだけど、ここから市ヶ谷に通ってた」
「それって、遠くない?」
「まあ、一緒にやってる海自の人は厚木から通ってるって言ってた」
「もっと遠いよね。でも厚木って……海老名のとなりよね」
「そう。エビコーのある海老名」
「妙なところでつながっちゃうわね」
「お父さん、
「あっちの方が便利になってきてるもんね」
「そう。開発が進んでる」
「自然の多かったこの流山も、どんどん開発されてるもんね」
「市の中心的なところも移動してるのかな、って思ってた」
「そうね。前は南側が発展してた。流鉄沿線」
「でも」
「うん。今はシャッター街になってるところも多い」
「日本全国にある風景よね」
「そう。日本の田舎にはよくある風景」
私はそう答えた。
「でも……そう思わない人も多い」
私のその言葉に忍ちゃんは目を向けた。
「詰まるところ、田舎なのにね! いろいろ言っても、結局江戸川渡っちゃえば千葉の田舎だもん」
「そうなの?」
「うん。でも、そんな流山が私は好き。だって流山は流山だもん」
「……そうなの」
忍ちゃんは、私の言いたいことをすっかり察しているようだった。
ほんと、こういうとこ、忍ちゃん、さすがだなあ。
「さあ、今日で流山鉄研の運命が決まる」
「悔いないように頑張りましょう!」
忍ちゃんは微笑んだ。
「団結頑張ろう!」
「ゼロ災でいこう、ヨシ!!」
正門前で、二人でコールし合った。
流山鉄研の勝負の残り数時間が、始まった。
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