第4話 秘められし小部屋

「新入生か。元気があっていいね」

 その力無い声。

「私が生徒会長だよ。でも、もうやれることはなにもない」

 生徒会長、切長の目のイケメンなのに全然覇気を失っちゃってる。入学式の時もそう見えて心配してたけど、もっとひどくなってる。

「わたくしは、校則のカーディガン禁止条項の撤廃を訴えます!」

 忍ちゃん、ええっ、そんなことを?

「この寒い校舎で薄着しいられてたら、風邪ひいちゃいますもん。風邪は万病のもと! 健康で文化的な高校生活はあったかいカーディガンから!」

 うっ、どっかで聞いた台詞回しだぞ。

「無理だよ」

「なんでー!」

 忍は大きながっかり声をあげる。

「どうしてなんですか。というか、なにがあったんでしょう?」

 私も聞いた。

「この高校ではなにやっても無駄だ」

 なにやっても無駄、って。

 私は思った。だからクソつまんないんだよね……。そうか、生徒会長もそれに辟易してるのか。

「校則改正に僕ら生徒会もいろいろやってきた。でも、先生は頭ごなしに否定するし、生徒たちも先生に内申点欲しさに睨まれたくないのと、なにやっても無駄だって無力感で校則改正運動に参加しない。結局生徒会の孤軍奮闘で終わってきた。そして、この高校にその上で他の高校との統廃合の話まで出てる。受験生減ってるからね。今年もまたワースト記録更新だった」

 生徒会長以下、みんな暗い顔だ。これじゃまるでお葬式、お通夜みたいだ。生徒会室がこれじゃ、たまんないよ。生徒会室ってのは意識高くて、必要なくても元気な子が頑張るとこのはず。それがこれじゃ、教室は真っ暗になるのも無理はない。

「そして頑張っても時間切れ、僕らは卒業してしまう。後輩に託してもまた振り出しからやり直しだ。虚しいよ。それをみんな知っているのか、今や生徒会役員の担い手にも困ってる」

 そりゃ高校全体が陰気でつまんなくなるわけだよ。先生たちは高校をよくすることよりもこの市の教育委員会とか教育行政の中でいい地位になることしか考えてない。揉め事起こされるより、従順な生徒を毎年安定して送り出すのがいい仕事だと思ってる。

 私たちは、そんな先生たちの作る、品質の安定したただのロボットにされるのだ。


 クソつまんねえ。マジつまんねえ。

 私はだんだん、腹が立ってきた。

 すげえムカつく。話にならん!


「虚しい?」

 忍が声を上げた。

「まっぴらごめんです。わたくし、こんなくそ陰気な空気、もう1秒も吸いたくない!」

 忍の怒気に、生徒会長の顔が少し動いた。

「先生にやられっぱなしも嫌です。先生がみんなそんなクズ揃いだと思いたくないし!」

 忍ちゃん!

「私もです。先輩たちの取り組みの苦難は察しますが、だからと言ってなにもしないのはよくない。現状を肯定するだけなら生徒会なんていらない。生徒たちとともに理不尽と戦ってこその生徒会のはずです」

「でも、君たちは」

「私、そのためなら生徒会に入りますよ」

「わたくしもです!」

「ホント?」

 生徒会のみんなが驚いている。

 私は内心、うわー、言っちゃったー、と思った。明らかにやり過ぎた。これからの面倒抱えて右往左往する自分を想像して、全身で震えそうだった。

 でも。

 隣でニヤリと不敵に笑っている忍ちゃんの横顔。

 忍ちゃんと一緒なら、私、もうなにも怖くない!

「やりますよ。生徒会役員も、校則改正運動も」

「言ったね」

 生徒会長が確かめた。

「ええ」

 私たちは揃って答えた。

「素晴らしい意欲だ。我々はそれを長い間に失ってしまった。でも、君たちになら託せそうだ。お願いするよ。だけど、どうやって先生たちの反対を崩す?」

「それは!」

 そういう忍の顔に、みんなの視線が集まる。

「わかんない」

 そう言ってまたこめかみにぐりぐりと拳をやりはじめ、みんなずっこけた。

「ぴっきーん!」

 だが、忍は何かを思いついたように叫んだ。

「この学校にも、いにしえより数多あまたの知恵を集積した秘められし小部屋があるはずです!」

「なんだそれ」

「まさか……それ、図書室?」

「そうです!」

 生徒会のみんなが顔を見合わせている。

「でも図書の先生、1番そういう荒事、苦手そうな人だよ?」

「いつも図書室に篭ってて、話あんまりしないでずーっと本読んでるし」

「それが仕事なんだろうけど」

「でも、いってみましょうよ。ここで時間を無駄にするよりはマシなような気が」

「そうだな……ここの我々だけの知恵で解決できるなら、とっくの昔に解決してるはず。なにが外から知恵を持ってくるしかない」


 生徒会のみんなと私たち流山東鉄研(仮称)で、図書室に向かった。

「せんせー」

 先頭で入ってゆくのは忍ちゃんである。ほんと率先して行く忍ちゃん、すごい。

 図書司書室の先生は、穏やかな笑顔で迎えてくれた。

「せんせー、どうしたらいいでしょう」

 みんなで頭を下げる。

「そうね。もっと早くきてくれるかなと思ってたけど」

 え?

「でも、協力するわ。全面的に」

 先生はそういう。

 え、協力って?

「思いっきりやりましょう。こういうことは、小出しにやるのは愚策。多方面から一斉飽和攻撃が一番ね」

 ええっ。

「作戦会議しましょう。作戦名は『職員室制圧作戦』。作戦目標と実施期日、実施部隊とその担当を決めます。やる気のない生徒たちを奮い立たせる扇動とマネジメントの方法は、すでにこの書棚に集めてあります」

 司書の先生、マジですか!


「さあ、面白くなってまいりました!」

「忍ちゃん、なに言ってんの」

「でも、そうでしょ?」

「まあ、そうだけど。でも、忘れてない?」

「え。なに?」

「私たち、鉄研なのに、全然テツな話してないわよ」

「あ! そうでした! てへ」

「てへ、じゃなーい!」



 


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