第3話 つまんない
つまんない高校の、つまんない授業風景。
つまんない先生はいつ書いたかわかんない古びたノートで古色蒼然の授業。この調子ではデジタル黒板が泣くと言うものである。それを受ける私たちの授業用のスマートパッドもボロの上級生のお下がりだし、なぜかそれを使うためには初期設定費用が取られる。いやお下がりだから初期設定終わってるよね? という質問はスルーされた。
そしてつまんない高校のつまんないクラスメイト。
つねに何かに怯えてる子。美術部に入ったらしいけど、いつもおどおど。その怯えっぷりにかえってこっちが引いてしまう。なにかあると「ごめんなさいごめんなさい!」と謝る癖が出る。大丈夫? 虐待されてるんじゃないかなあ。ちょい心配になる。
もう一人。ほわほわと惚けてる子。ゆるふわにも程がある。「修学旅行のためにパスポートもらわなきゃ」ってアニメ声で言ってたけど、いったいどこに行く気だ。うちの学校、九州に行くらしいけど、それもこのコロナでそれもどうなるかわかんないのに。
その隣の子のハンドバッグ。あれ、ネットで見たけど、普通に5万円ぐらいする高級品だよね。傳濱野だったかな。他にもあんなのを日替わりで持ってくる。どんな金持ちかと思ってたけど、どうやらパパ活をしてるという噂。昔ながらの言葉でいえば援助交際。アブナイよなー。体で稼ぐったって、そりゃないよ。大丈夫? やたらお色気ばっちりだけど、今のパパってそう言うの好きなのかな。
「はい! 先生、それなんて読むんですか!」
その隣、やたら声の大きい子。剣道部らしい。やたら快活で礼儀正しいけど、試合はめちゃ弱いらしい。ほんとズレてるなー。大体その読めないって記号、「%」だよ? 中学の時いったいなにやってたんだろう?
他の子も大体こんな感じ。揃いも揃ってテツの要素もなさそう。しょんぼり。
――つまんない学校。
私もそう思う、と合図を返す。その相手、先崎忍、忍ちゃんだけが今の私の心の救いだ。彼女の『みさいるどーん』は痛くて嫌なのだが、テツな話を楽しめる貴重な仲間だ。
――ねえ、放課後どうしよう?
忍ちゃんから返事が戻ってくる。授業中のこういう会話も、今どき紙切れのメモのリレーである。まったく、昭和かよ。今は令和だよ?
――それより鉄研、ちゃんと部活にするためにあと4人集めないと。
返事を書いてまたメモのリレーである。むあ、リレーしてくれるだけ、まだクラスメイトたちもいい人たちかな……。でもそれじゃ、ただの搬器じゃん。
でも私も他所から見れば、同じようにつまんない女子高生なのかな。入学直後の試験、いつも通り現代国語に助けられた感じだった。やる気なく受けたけど、その割には良かった。他の子の成績がさらに死屍累々もいいところみたいだけど。
ほんとだったら、もっと偏差値高くて自由な高校に行きたかったな……。そこでもっとラノベみたいなワクワクする高校生活か、進路に向かっての勉強を着実に進めたかったなあ。
でもそれはできなかった。受験に失敗して滑り止めでなんとか入ったこの高校にしがみつくしかない私。だから贅沢は言えない。
それにしても……ほんと、くそつまんねえ。
ため息を吐くその窓の外には葉桜。
エビコー鉄研のみんなは、あまりシーンなかったけど授業も楽しいんだろうなあ。それなのに私、なんでここにいるんだろう。
私はもう一回ため息をついた。
*
「つまんないねー! 私たちの高校生活!」
忍の声は相変わらずデカくて、こうしてやってきている休み時間の階段の踊り場にそれが響き渡る。
「まじだるいー。なにこれ。中央線で先行列車に頭抑えられてるE351系スーパーあずさの心境! こんなんじゃ、ろくに自慢の振り子機能使わないうちに長野総車セ(長野総合車両センター。廃車になった列車が送られ処分されるところとして知られる)に送られて重機の餌になっちゃうわよっ」
「そうよね。JR東、E351は結局全部あっさり捨てちゃったよね」
「1両ぐらい保存してほしかった! JR東、ほんと冷たい会社だなー」
「まあ、残しても税金かかっちゃうもんね。ほんとは産業遺産だから保存に補助金出してほしいぐらいなのに」
「ネー。がっかり! 高輪築堤は残してくれたからいいけど」
高輪築堤、高輪ゲートウェイの工事で出てきた日本最初の鉄道遺稿は保存が決まった。うち一部は移設してランドマークにされるらしい。
「でもほんと、こんななかから鉄研部員、出てくるかなあ」
「うーん」
忍は頭に手をやって、グリグリと拳でこめかみを摩擦している。
「そうだ!」
忍が声を上げる。
「こういうとき、エビコー鉄研総裁はこう言うと思うの。
『高校生活を、楽しみ、楽しくするのも我がテツ道なり』」
「あー、いかにも言いそうだなあ」
「私、『鉄研でいず!』何回も読んでるもの!」
ドヤ顔の忍である。
「でも、高校生活、楽しくしようがあるかなあ。この現状、八方塞がりだよ。これじゃ」
「そうよね。校舎の防寒悪くてまだ寒いってのにカーディガンすら『校則違反だ』って着させてくれないんだもの。ほんとがっかり!」
「偏差値低いから校則が厳しいのか、校則が厳しいから人集まんなくて偏差値低いのか」
「どっちもでしょうね。悪循環。サイアク」
遠巻きにチラチラと覗いているほかの女子も、この花冷えに少し寒そうだ。
「んー」
忍はまたこめかみに拳をぐりぐりとやっている。
「それ。癖なの?」
「思いつかない時のおまじない。これで受験もクリアしてきたから」
いや、その結果このクソつまんない高校に来ちゃったんだから、あんまりよくないよそれ。
「ぴっきーん!!」
「えっ、なにそれ」
「うん! 見えた!」
「なにが見えたの?」
「この高校を面白くする方法!」
「え、マジ?」
「そりゃそうよ。さあ、行きましょう!」
「ちょ、ちょっとどこへ?」
忍はそのまま疾風のように駆け出し、私も付き合っていく。
「廊下は走っちゃダメ!」
廊下を右に左にひらりひらりと走る忍。ほんと無駄に運動神経いいなあ。
「廊下は走るもんですぅ!」
そう言いながら先を走る忍ちゃん、案外不良だなあ。
「ここ!」
「え!」
ついたのは、生徒会室だった。
「まさか、なにをここで」
「面白くするために、総裁、わたくしと共にここで『乱』をひとつ、起こすのです!」
「えええっ!」
私はそれにゾッとしたが、それより先に忍は生徒会室のドアをバーンと開けてしまった。
「たのもうー!! やあやあ我こそは流山東高鉄研副総裁、
「わああ! 忍ちゃん、いくらなんでもそれはマズいわよ!」
すると、奥から声が聞こえた。
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