第2話 アプルーブ
「みさいるどっかーん!!!」
ものすごい声とともに、私はなにかに突き飛ばされた。
なんなの! なんなのこれ!
痛みに涙ぐみながら見ると、そこにひっくり返っている同じ流山東高校の制服の女の子がいた。
「さっきの子! あれ、総裁でしょ! エビコー鉄研の!!」
彼女は起き上がってまくしたてる。
「知ってるの!?」
「そりゃもう、私の標的だもの」
ナンダソレは。
「私、あの総裁をやっつけられるなら、なんでもするわ」
「そんな。何か恨みでも?」
「恨み? そりゃもう!」
彼女の目はものすごく真剣だ。
うわー、まじかー。総裁もこんなに恨まれたりして、大変だなあ。
「でも、帰っちゃったわよ、総裁」
「そうよね。ざーんねん」
彼女はそういうと、ふーっと息を吐いた。
「総裁、なかなかやっつけられないと思うよ」
「そうよね。ここまでの『鉄研でいず!』読んで私もそう思った」
うわ、さらにメタ展開こっちもか。
「それこそ、鉄研作って夏の展示に出て、唸らせるぐらいでなくちゃ、総裁、ぜんぜんへこまないと思うわ」
「そうね!」
彼女は歯切れよく答える。
「じゃあ、作りましょうよ! 私たちの高校にも鉄研を!」
「そんな簡単に言わないでよ。うちの高校、校則厳しくて無理っぽいし」
「みさいるどっかーん!!」
また私はそう叫ぶ彼女に突き飛ばされた。
「なんなのそれ! マジ痛いわよ!」
「専守っ! 防衛っ!」
突き飛ばしたのに彼女は構えてそう言って、そのあと今更流行らないアヒル口で笑っている。
「どこが! わけわからん! さっぱりわからん!」
私は猛然と抗議する。
「でももらったんでしょ、総裁の名札」
「ええっ、見てたの!?」
「第2鉄研特務機関を侮らないでいただきたい」
「なんか、それもどっかで聞いたような台詞だなあ。もう」
「総裁名札バッジ、あなたがもらったんだもの。あなたがつけるのよ」
「……そう?」
彼女はそう言うと、名前の入っていないバッジを私の胸につけた。
「はい。これであなたが流山東高校鉄研の総裁」
「そんな強引な。じゃあ、あなたは」
「うん。私は副総裁かなー。本当は『技師長』やりたいんだけど」
「え、島さんみたいに?」
島さんとは島秀雄、日本の鉄道史に燦然と輝く大技術者である。蒸気機関車D51の設計、新幹線計画の実現、ジェームスワット賞受賞、のちに宇宙開発事業団初代理事長。父も鉄道技術者で弾丸列車計画に参画。次男は新幹線0系設計で台湾高速鉄道の顧問。末弟の島文雄は国産旅客航空機YSー11を設計。
「あるいは黒岩さんみたいなのでもいいわね」
「グリーン車マークの?」
「そう! ああいう鉄道デザインやってみたい!」
黒岩保美。画家であり希代の鉄道趣味人としで活躍し、運輸省鉄道総局、のちの国鉄に採用されると1950年代の特急ヘッドマークなどのデザイン・アートワークのほとんどを手がけ、さらにはグリーン車のシンボルマークをデザイン。それは今にまで使われている。また今に至る鉄道趣味誌の歴史にも大きな足跡を残している。
「そうよね。あんな人生歩んでみたいなー」
「そりゃ歩めばいいのよ。そもそも」
「ほんと、あなたそういういいかた、総裁そっくり」
「みさいるどっかーん!!」
「やめて! それマジ痛いから!」
「でも、これでもう2名でしょ。鉄研」
「え、マジで鉄研作るの?」
「みさいる!!」
「やめて! わかったから。でも、部の設立まであと部員4人か……」
「意外といけそうよね!」
「まあ、そうだけど。でもエビコー鉄研は強敵だよ」
「だからカタルシスあるんじゃない。この地味で逆境ど真ん中の私たちが、テツ道の活躍で偏差値で20も上の高校鉄研の鼻を明かす! そこに凄く大きなカタルシスがあるんじゃない!」
この子、どこまで本気なんだろう?
「じゃ、がんばりましょう。総裁♡」
「え、ホントに私が総裁?」
「ほかにだれがいます?」
「でも」
「みさいる」
「うっ、わかったわよ。暴力反対! でもあなた、名前名乗ってないわよね」
「あ、そうでした。わたくし、
「私は
「よろしく! 篠原総裁!」
「なんだか違和感あるなー」
「慣れてしまえばどうって事ないわ。まずこれで打倒エビコー鉄研の第一歩が記された。いやいやまっこと
「またそんな口調。君のほうが総裁の方が良くない?」
「それは、そうはいかないのよ」
「どういうこと?」
「みさいる」
「だからそれはやめて。もう、仕方ないなー。まず同好会設立届書かなきゃ」
すると彼女がその用紙をペロンとカバンから出した。
「用意いいなあ」
「書いたら一緒に持っていきましょう!」
「そうだけど」
*
そして翌日、高校の職員室。
「お願いします!」
二人で並んで教務の先生に届けを提出する。
「鉄研、ねえ……」
先生の反応はやっぱりあまり良くない。
「結局、遊ぶだけの文化部だろ? 全国大会があるとかのまともな意義があるもんじゃないよなあ」
ぐへえ。それ言われると正直、困るなあ。
「そんなことありません!」
先崎が叫ぶ。彼女、無駄に地声大きいみたい。
「夏には全国から集まった人々でビッグサイトで模型展示するんです。秋には社会学習を兼ねて旅行をするんです。ほかにもさまざまな学びの機会を鉄研で得ることができるんです。鉄研は『乙女の嗜み・テツ道』を通じて幅広く深い社会学習を行う、本当に有意義な部活動です!」
どばばばと捲し立てる先崎。
「生徒に芽生えた社会学習の意欲の芽を摘まないでください!」
先生は圧倒されている。
「社会学習、ねえ」
職員室は大きく捲し立てた先崎の声にみんな「何事か」と訝しむ様子に満ちている。
「まあ、同好会の設立だけだもんな。特に問題ないか」
先生は独り言を言うと、届の
「まあ、がんばんな」
「ありがとうございます!」
私たちは揃って礼をした。
私たち流山東鉄研は、こうしてスタートした。
ここからどういう冒険と苦難が待ち構えているのか、私たちは、まだ知らない。
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