鉄研でいず!Approve/総武流山鉄道研究奮闘録

米田淳一

はじまり

第1話 はじまりの流山駅

 駅員さんが、揺れながらゆっくりと去っていく列車を見送っている。

 黄昏時の流山駅。私は幼い頃からこの風景が好きだった。

 傾いた日差しに輝く古びた駅舎、温まった木造建築の香り、そして愛を込めてそれぞれ名付けられた2両編成の古い電車。

 でも、最近はそれが色あせて見えている。


 私は、エビコー鉄研に憧れた。


 偏差値61、自由な高校生活で知られる海老名高校、エビコー。

 近くを走る列車はロマンスカーを始めとして華やかな関東私鉄の女王、小田急電鉄。

 洗練された小田急ミュージアムにビナウォークにららぽーと。

 開けゆくタワーマンションの街、海老名。

 その街で鉄道を研究し、数々の活躍をしてきた、エビコー鉄研。


 でも。


 私は千葉県流山に生まれた。

 進んだ高校は流山東高校。偏差値44。校則は厳しくあまり自由とは言えない。

 近くを走るのは流鉄。ほんとに地味な、編成も路線も短い地方鉄道。

 地域は自然豊かのはずが開発でそれも誇れないし、旧商店街はちょっと寂しい。

 流山おおたかの森の周りは最近栄えてるけど、流山本体は寂れるのに抵抗するのが精一杯な街。

 そして私の高校に、鉄研はない。


 だけど、私は去年、中学最後の夏に見てしまった。

 ビッグサイトでたくさんのお客さん相手に、個性的で楽しい鉄道模型を展示している、エビコー鉄研の活躍を。


 展示を頑張る彼女たちは、本当に輝いていた。私にとってはスクールアイドルを見るような思いだった。


 そして、あこがれても、どうやっても、私にはあんなことは出来ないと思った。

 私一人じゃ、どうにもならない。

 エビコーにはあの異能の総裁以下、才気あふれる5人の部員がいる。

 私はひとりぼっち。ずっとひとりぼっち。

 鉄研のない高校、流山東高校に入学したけど、やっぱりひとりぼっち。

 コロナ禍もあって、私の高校生活はずっと不安なダークグレー。

 そんななか、1年生の夏を、私は迎えることになる。

 ビッグサイトの模型展示も今年はない。

 エビコー鉄研がうらやましい。

 あんな高校生活、私にはない。


 私、このまま高校生活を過ごすんだろうか。

 コロナのせいで塗り込められ、エビコー鉄研をうらやみながら、ずっとどん底の3年間を過ごすんだろうか。


 あれ?

 そう思ってぼんやりとしていたら、いつもの流山駅に、その人はいた。


 エビコー鉄研総裁!!


 なぜ?! なんで流山にいるの?

 スマホで駅を撮影しながら、独り言を言っている総裁は、いつものようにすぐにわかるオーラのようなものを放っていた。

「むう、さすが関東でここまで大手私鉄に吸収されることもなく独立を貫いた志に溢れた流鉄、誠に素敵私鉄であるのだ。駅員さんが無人化が進むこの現代でも今も駅にちゃんといるのは素晴らしい。大変参考になる。研究の題材として好適なり。関東の駅百選に入ったこの流山駅舎の佇まいも実に佳い。まさに昭和レトロであるのだ」

 私はその様子を、半ば隠れながら見ていた。

「うぬ? 君は?」

 気づかれた!!

「君は……はて? 以前どこかで会ったように思うが」

「え、ええ」

「もしかすると、君は前回のビッグサイトで、ワタクシ達の展示にC63の模型を持ってきた子ではないか?」

「そ、そうです」

 C63とは国鉄最後に設計された幻の蒸気機関車である。ディーゼル機関車の時代においやられて設計だけで終わった幻の機関車だが、だからこそミステリアスな存在として話題になることがあり、模型で作るものもある。いくつもの先進的な機構を持つ日本蒸気機関車の一つの究極となるはずでもあった。Nゲージではマイクロエースが模型製品化している。

 私が持って行ったのもそれだ。実機は実在しなかったのだが、模型としてリアリティを持たせる工夫を色々して楽しかった。

「うむ。あれはC63の好きな詩音くんも感心しておった。うんうん、よきことなり」

 総裁は満足げにうなずいている。

「あ、ありがとうございます」

「うぬ? とはいえ君もワタクシと同じ、高校生ではないのか?」

「……はい。流山東高校です」

 私は一瞬口ごもった。

「ならば、ワタクシの『ライバル』であるのだ」

 ええっ!!

「でも、うちの高校に鉄研なくって」

「ワタクシのエビコーにも鉄研はもともとなかったぞ。ワタクシに仲間が出来て作れたにすぎぬ」

「そんな。でも私には……」

「むう。でも好きなことをするのに遠慮はいらぬ。物理的に出来ないなら仕方ないが、そうでもないなら飛び込んでしまった方がよいぞ。その反省は後でも出来る些細なものだが、やらなかった後悔は一生ついて回る」

「そうですか」

「うむ」

 総裁はその髪飾りを光らせて首をかしげると、私にポケットから出したそれを渡した。

「これは」

 それは鉄道職員用の名札だった。

「これは我が鉄研で面白がってツバメくんデザインで作ったものだ。君に預ける」

「預ける?」

「君も鉄研を作り、名札もいつか作るのだ。そしてそのとき交換なのだ」

「ええっ、だって」

 総裁は、眼に光を宿した。

「君はワタクシのライバルであるからの」

 ま、まって。

 私にそんな力、ない。

「君との次の対決、楽しみに待っておるぞ」

 総裁は不敵に微笑んだ。


 とはいっても。

 私は名札を見た。鉄研総裁、と職名に書いてあるが、名前は空欄の名札だった。

「私が、総裁? 無理無理。絶対無理」

 そのときだった。


「みさいるどっかーん!!!」

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