第44話 リモート大回り乗車(26)終着・新松戸

 常磐線緩行の電車に乗った。電車は当駅始発の千代田線・小田急線直通の伊勢原行きだった。


香子 いよいよラストスパートですね!


 メッセージが届く。


恋海 乗ってる電車は伊勢原行きの小田急4000形ね。レールはここから海老名までもつながっているのね。

ユリ ビッグサイト前の国際展示場にも続いてるんです。来年夏はビッグサイトで私たちの模型を展示したいなあ。

静  ……みんなでサンライズかWEST EXPRESS銀河で旅もしたい。

恋海 そうね。この旅で私たち、鉄研らしくなれたかも。


総裁 そうかもしんない。


 そう返事しながら、総裁は暮れなずむ街を見つめていた。

 旅の終わり独特の寂しさに襲われていたのだ。


総裁 成田線にさらに展開することもできるけど、それは今回はおなかいっぱいすぎるので普通に帰ります。


恋海 そうしていい! これ以上は疲れ過ぎちゃう。

ユリ 私もそう思います!


総裁 終わっちゃうね。


 そうぽつりと送った。


恋海 そうね……リモート大回りだったけど、寂しいものね。

ユリ ちゃんと旅の終わりらしくなるってのにビックリです。

静  ……楽しかった。

香子 思いのほかすごく起伏ある旅でしたね! 140円でこんなに鉄道って楽しめるんですね!


総裁 そうね。


 電車は夕暮れの柏市内に入っていく。これを抜ければこの旅の終点、新松戸だ。

 車窓の街並みが徐々に見慣れたものになっていく。旅という非日常から日常に戻っていく。

 なんて言ったら良いのかな、この気持ち、と流山総裁は思っていた。

 そして電車が柏駅に着いた。


「じゃーん!!」

 声が聞こえた。

「ええっ!」

 思わぬ声に振り返ると、そこにいたのは。

「忍ちゃん!」

「作ってる模型のパーツ欲しくてヤマモト模型行きたくなって。そのついでに総裁をお迎えしようかな、って」

「でもなんで待ち合わせもしてないのにこんなぴったり」

「鉄研特務機関を使った」

「ええっ、本当?」

「までもないでしょ。立ち席前展望で運転席の後ろにいるだろうなと思っただけ。案の定いるんだもの。テツだからそうだろうなーと」

「うっ、そうだったの」

「はい変なことで落ち込まないー」

 忍は笑った。

「しかたないなー。総裁、これ」

 彼女がそう言って見せたものは。

「バッジ?!」

 そう、エビコー鉄研総裁が最初に渡した、名前が空欄の「鉄研総裁」の職名入りのバッジである。

 しかし空欄だった名前のところには、『篠原 歩』と国鉄書体で記されている。

 それを忍は総裁の胸に取り付けた。

「ありがとう」

 総裁はちょっと涙ぐんだ。

「あー」

 忍がそれをちょっと茶化す。

「だってこれ、感動のエンディングじゃない。そうなっちゃうわよ」

 総裁はそう言い訳する。

「そりゃそうだけどね」

 忍はそう言うと続けた。

「次はみんなでそろって旅がしたいなあ」

「そうね……秋にはコロナ、落ち着いてくれないかなあ」

「ワクチンがうまくいけばいいんだけど、コロナだもんなあ。くそー」

 忍はそういうと、またアヒル口になった。


 電車は野田線の下をくぐって南西方向に走り続けている。時折常磐快速電車とすれ違ったり併走する。忙しい常磐線複々線区間の日常の姿だ。

 南柏に停車し、まばらに人が乗り降りしてまた発車。

 すこし建物のスカイラインが低くなって北小金停車。

「次だね」

 ぼそりと忍が言った。

「ええ」

 総裁もうなずいた。

 北小金を発車すると、列車は右に向かう貨物短絡線の北小金支線とわかれてぐっと左にカーブしていく。そしてその左カーブの途中に、いつもの武蔵野線との立体交差に作られた新松戸駅がある。駅前には流鉄幸谷駅がある、いつものホームタウン。

 そこに、電車が到着する。なぜか二人はそれなのに言葉が少なくなってしまっていた。疲れていたのかもしれないが、それ以上に気持ちがいっぱいだった。

 今回の旅のシーンが走馬灯のようにフラッシュバックしている。

 いろんなことがあった……。


 電車はそれにかまわず、静かに停車した。

 ドアが開いて、二人はホームに降りた。

「ゴール!」

 忍がそう言う。

「そうね」

 総裁はそう答えた。


 馬橋を5:08に出発してから、13時間39分の長い旅が終わったのだった。


恋海 おつかれさま!

静  ……楽しかった。

香子 いろいろな発見があってよかったです!

ユリ でもテツじゃないとタダの苦行なんだけどね。

恋海 私たちみんなテツなんだから問題なし!


 メッセージに総裁も微笑む。

「あ、忍ちゃんSuicaね。私、出場するのに駅員さんにちょい説明しなきゃいけないから」

「ええ。待ってる」


 そして総裁は駅改札から出てきた。

「あ」

「そう。無効印も押してもらった」

「良い記念になる!」

「そうね。今日一日、この切符1枚ですごく楽しかった」

「おつかれさま」

 その忍はあの緑色の自転車、フライングエドガワマンを押している。

「エビコーさんたちの帰宅はもうちょっと後ね」

「そうだね」

「あれ、がうるるる、って、もういわないの?」

 総裁が気づく。

「うん」

 忍はこくんと頷く。

「エビコーさんと一緒にいろいろやってきた。それが思いが、言葉が通じなくなった。とてもつらかった。信じてきた相手の気持ちがもう信じられなくなるって、こんなつらいことはない。でも今はちがう。

 エビコー総裁たちとはライバルだけど、この旅でまた、ライバルとして信じられるようになったから」

 忍はそう言って微笑んでいる。総裁が「で、柏で買ったのは何?」と聞くと、「TNカプラー。密連と自連まちがえて買ってて足りなくなったから」と忍はエコバッグを見せて答える。

「ライバル、ね。そうね。ほんと、私たち、彼女たちと良いライバルになりたいね」

 総裁はそう言いながら、新松戸の空を見上げた。

 薄く月が見えていた。


「そうね!」

 忍がそう答えた。


 こうして、流山鉄研創部初のイベント、リモート大回り乗車は、終わった。

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