第43話 リモート大回り乗車(25)我孫子

 常磐線の電車が、その130キロ運転の駿足でかけぬける。

 そして、我孫子につこうとしていた。

御波「総裁、もう着きますよ」

エビコー・流山総裁「え。どっち?」

 御波は呆れた。

御波「二人ともです。でも」

流山総裁「え」

 二人はエビコー総裁の表情を見た。

 物憂げに、夕闇迫る窓の外を見つめていた総裁。

流山総裁「あ」

 彼女の姿が、普段の姿からかけ離れて、独特に美しく見えた。

エビコー「うぬ、どうしたのだ?」

御波「いや」

流山「なんでもないです! もう降りましょう!」

エビコー「うむ、そうであるな」


 3人は半分らせん階段になっているダブルデッカーグリーン車の二階席からの階段を降り、デッキで待機した。

 列車が停車し、ドアが開きそのままおりると、おりた4・5番ホームにそば屋さんの弥生軒8号店があった。

流山「放浪作家山下清画伯がここに勤めてたってのは有名ですね。食券買わないと。唐揚げいくつにします?」

御波「1コにするかなー」

エビコー「うむ、ここは思い切って2コ蕎麦を行くのだ」

流山「ええっ、唐揚げ大きいですよ!? 2コ、食べきれます?」

エビコー「む。ちょっと不安があるが、ワタクシ思わぬ彷徨のあとで激しくオナカスイタなのであるのだ」

御波「もー。でもそれだけたべても総裁太らないんだよなー。うらやましい」

エビコー「恐縮であるのだ」

流山「へんなところで恐縮してる。もう平常運転回復ですね」

エビコー「さふかもしれぬ。うむ。おねいさん、ワタクシは蕎麦を所望するぞよ」

御波「私も!」

流山「わたしも蕎麦で!」


 おばちゃんが慣れた様子で作っていく。


おばちゃん「はい唐揚げ蕎麦3つ!」


エビコー「うっ」

 出された唐揚げ蕎麦に一同眼を丸くする。

 唐揚げがあまりにもでかい。大きめの蕎麦のどんぶりにはみ出しそうな唐揚げ。

 10センチ以上はあるその姿に、彼女たちは一瞬震えた。

御波「いやっ、大きい……こんなおおきいなんて! はいらない……」

流山「御波さん可愛いのに……口調がド変態ですよ。だから大きいからって警告したのに」

エビコー「さふであった……しかし頼んでおいて食べ残すなど失礼千万。ここはなんとしても完食するのが作法であろうと心得る」

御波「おくち、入るかなあ……私、ちっちゃいから」

流山「御波さん、KENZENがすっかり行方不明ですよ」

 流山総裁がすっかりあきれる。

エビコー「うぐぐ、これはワタクシ一転窮地なのだ。どう食べたら良いかわからぬ!」

御波「ああん、こんなの初めて!」

流山「もー!」

エビコー「しかし、かくなる上は覚悟を決めて」

御波「……そうですね」

流山「はい!」


エビコー・御波・流山「いただきます!!」


 3人は唐揚げ蕎麦に挑む。


 そして3人それぞれの奮闘の末。


流山「ふー。なんとか完食」

御波「……いっぱい食べた」

流山「どうして最後まで御波さん変態なビデオみたいな口調なんですか」

御波「いえ、男性読者さんに声でサービスを」

流山「しなくていいです。総裁は」

エビコー「うぬう。唐揚げの片方を最後に食べる木久蔵ラーメン戦術を選択したのだが、こ、これは厳しい」

流山「だから2コはヤバいですよって警告したんです」

 そのとき、一瞬エビコー総裁の口が笑みでゆがんだ。

エビコー「先行情報を聴いていたのに楽観主義が現実に取って代わる。そして唐揚げ蕎麦注文決定の場では、現実なるものはしばしば存在しない。空腹で思考力が弱っているときはとくにそうだ」

御波「なんの話だ。少なくとももう空腹などすぎさっておるが」

 御波もうけて続ける。

エビコー「過ぎ去ってますよとっくに! 気づくのが遅すぎた。柘植がこの弥生軒で蕎麦を注文する前、いやその遙か以前から空腹ではなかったのだ。突然ですがあなたがたには愛想が尽き果てました、自分も流山警部とともに行動を共にいたします」

御波「総裁、君はもう少し利口な女だと思っていたがな。二人とも連れて行け」

流山「たった今、自衛隊機の爆撃により、東京ゲートウェイブリッジが!」

エビコー「だから! 過ぎ去ったと言っているんだ!」

 満員の店内が一瞬静寂になったが、この3人の息のあったアドリブのパロディ寸劇に、店内のお客とおばちゃんから拍手がわいた。

流山「みんなほんと、『パトレイバー』好きなんですね」

御波「でもKATOから出るはずのNゲージパトレイバー、どうなっちゃったんだろう」

エビコー「うむ、道は違ってしまったが、かつての仲間がきっとものにすべく今も尽力しておるのだ」

御波「そのために総裁、KATO本社に出入りしてましたもんね。一時期」

エビコー「さふなり。でも、遠い昔になってしもうた」

流山「あれっ、総裁、いつの間に!」

エビコー「うむ、美味であった。完食であるのだ」

御波「総裁完全に平常運転復帰ですね」

 エビコー総裁はうなずいた。

 彼女はコップの冷水を飲むと、しばらく考え込んでいた。

 そして、口を開いた。

エビコー「僚艦諸君には無用な心配をかけた。すまない」

 静寂のあと、御波が言った。

御波「無用ではなかったです。これも総裁の理解に資することでした」

流山「そうですね。尊敬するエビコー総裁のまたちがった一面をみて、また目標にすべきだなと改めて思いました」

エビコー「……そうか。恐縮なり」

 御波と流山はうなずいた。


御波「じゃあ、私たちはこのまま上りの常磐快速に乗って帰ります」

流山「そうですか。ありがとうございました!」

御波「いいええ! お付き合いしてもらっちゃって!」

エビコー「うむ、我がライバルにすっかり助けられてしもうた」

流山「いいんですよ! あ、電車きた!」

 E531系の常磐快速がホームに滑り込んでくる。

 ドア口で。

御波「じゃあ、流山総裁も、大回り完遂までもうすこし、頑張ってください!」

エビコー「来年夏のビッグサイト展示まで、達者でな」

流山「またまたー。海老名と新松戸、それほどめちゃくちゃ離れてないんですから、また何かでお会いしましょうよ」

エビコー「そうかもしれぬ」

 乗車促進音が鳴っている。

エビコー「では」

流山「ええ」


 合図とともに、E531の銀色のドアが閉まった。


 動き出す遮熱ガラスの窓の車内とホームで手をふりあいながら、エビコー鉄研の二人と流山総裁は別れを惜しんだ。

 でも、常磐快速電車はその俊足で、みるみるうちに上野方面へ走り去っていった。

 そのテールランプを、流山総裁はぼうっとしながら見送った。

「……いっちゃった」

 一人そういった彼女は、胸を去来する気持ちに、しばし立ったまま震えた。


 だが、それを思い切って、ホームを常磐緩行線の発着する6・7番ホームへの乗り換えコンコースの階段へ向かった。


 このリモート大回りの旅の終点、新松戸まであともう少し。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る