第37話 リモート大回り乗車(19)下館

 総裁は夢中になってケータイのカメラをそれにむけた。


恋海 あ!!

忍  SLだ!!

ユリ SLもおか号!

静  ……ここにいつもいるわけじゃないのに!

香子 そうなんですか!?

静  ……真岡鐵道のSLは今は1両しかいない。ダイヤもSLもおか号は土日祝日の1日1往復しかない。

忍  そうよね!

恋海 でもまさかこれ、偶然、じゃないわよね!?


 総裁はコーフンしながら答えた。


総裁 この大回り乗車のプラン立てるとき、真岡鐵道のこと何も考えてなかった!


忍  ええっ、マジ!?

恋海 こんなことって!


 SL、蒸気機関車C12 66と50系客車3両、そしてディーゼル機関車DE10 1535が連なったのSLもおか号は、下館駅のホームを挟んで、総裁の乗ったE531系5両編成と並んだ。


忍  総裁、動くSLって実際に見たことある!?


総裁 ずっと昔に梅小路で見たことあるけど、ほとんど覚えてない。


恋海 私も北海道で見たことあるけど、小さいとき過ぎてほとんど覚えてない。

ユリ 総裁、しっかり写真撮ってください! いい資料になる!


総裁 そうね!!


忍  それと後ろの50系客車も! もう数少ない原型の50系客車だもの!


総裁 そうよね!!


 E531は興奮している総裁にかまわず、普通に停車し、1分の所定停車時間でまた発車しようとする。発車の合図の車内放送が鳴っている。


総裁 ああ……もう離れちゃう……!


 C12は薄い蒸気と石炭の独特の香りを身にまとい、SL独特の青みがかって乾いた黒のボイラー胴とタンクと車体の姿を、ここまで乗ってきた親子連れや鉄道ファンにみせながら、薄い煙を煙突からたなびかせている。

 ここまでの行路で客車を引いてきて、運転してきた機関士も機関助手も相好を崩して休んでいる。


 だが、E531がドアを閉め、発車し動き出すとき。


総裁 !!


 もおか号のC12蒸気機関車がスチームを吐き、鋭く強く汽笛を吹鳴した。

 その汽笛は、E531と総裁に、別れと言うよりも、「活」を入れようとする小柄なC12機関車の魂の声のごとく、心を震わせて響いた。


総裁 すごい迫力……!


 総裁は座っていた席を立ち、列車の最後尾に行って、見送るかのように汽笛を鳴らしたC12を追いかけた。

 だが、それもすぐに終わってしまった。


 E531は何事もなかったかのように下館をあとにして水戸線をぐいぐいと走っている。

 総裁は車内で呼吸を整えていた。興奮で胸が高鳴っていた。


総裁 すごかった……。


忍  そうね……。


 リモートで二人は離れていたが、思いは同じだった。

 C12の汽笛が、二人の心に深くしみていた。


 特に総裁はこのとき、忍とエビコー鉄研総裁の間の別れのことに思いが及んでいた。

 忍とエビコー総裁も別れて仲違いしているようだが、恋海の話への忍の感じ入り方をみていて、忍も思い当たる節があったのだろうと思う。

 エビコー総裁はああいう破天荒なキャラだが、面倒見は悪くない。エビコー鉄研をよくまとめる力を持っている。それでも忍と仲違いしたのは何か理由があるのだ。そしておそらく忍はああやっていながら、実はその理由が自分にあると察して苦しんでいるのだ。

 世の中というものは本当にうまくいかない。もしエビコー総裁と忍が仲違いしなければ、かつてエビコー総裁とさまざまな冒険と工作を繰り広げてきた彼女の盟友と同じかそれ以上の大きな成果を上げられると思う。

 だがそれはもう無理なのだ。エビコー総裁はその無理を承知で頭を下げてでも何かをなそうとする覚悟を持っているだろうが、今度は忍がそれを受け止めることができない。

 なにが不可逆なものか、ええいめんどくさい、くそったれ、と思う気持ちもこの流山の総裁にはある。生きる上で達成したい大きな目標、乙女のたしなみ・テツ道とその具現化であるコンベンションでの模型展示の成功にくらべれば、そんな不可逆なんてものは、ほんとどうでもいい軽いものに過ぎない。

 だがそれは流山総裁という第三者からの話なのだ。直接仲違いした二人にとってはそれは大きな壁となってしまっているのだ。そしてその壁の存在はその周りも巻き込んでさらに不可逆な決裂を大きくしてしまう。

 どんな理由でエビコー総裁と忍が決裂したのか、具体的には流山の総裁は知らない。でもそれが致命的に大きな齟齬であったとは思えない。それが大きく相容れないものであったらそもそも関係を深くすることができないわけで。きっとつまらない小さな齟齬が連鎖し蓄積していったのだろう、と流山の総裁は想像していた。

 忍はけっして暗愚ではない。でもまだ人格は成長の途中なのだ。だからこそ、この鉄研のなかでそれを完成させていく必要がある。

 とはいえそう思う流山の総裁もそれをはっきり言葉にできるわけではない、だが彼女はそれを察する能力はある。そして、忍のその傷と未熟さを解決するためにも、恋海のあの力を借りなければいけないのだ。


 難しいマネジメントになるのは確実だった。でも忍の力の解放は、きっと恋海とユリと静、そして香子とともに取り組まなければならない課題だ。


 ――-エビコー総裁は私のことをライバルと言ってくれた。


 流山の総裁はその言葉を頭の中でかみしめた。その含んだ本当の意味が何であったのか、今はわからない。

 でも、この鉄研を成功させることは、十分その言葉を実証することになるだろう。


 この流山鉄研初めてのイベント・リモート大回り乗車で、ここまで各自のキャラと課題、目標がはっきりできたのは大きな収穫だった。


忍  総裁?

香子 総裁、どうしたんですか?


総裁 ……なんでもない。それより友部まであともう少しだね。


 総裁にとって、あのC12の鋭い魂の汽笛は、この鉄研をマネジメントしていく、彼女のこれからの冒険のスタートの号砲のように思えた。


 もうすぐこの旅は終わる。

 だが、これは始まりなのだ。

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