第38話 リモート大回り乗車(20)大和

 E531系5連の列車は、民家が点在する他は灌木とビニールハウスの広がる大地にまっすぐに伸びる線路を走り続けている。

 流山の総裁は考え込んでいた。

 が、思いを切った。


 これからどうしていくべきか。

 鉄研を創部し、こうして実施したリモート大回り乗車も、このまま水戸線を友部まで乗ったらあとは慣れた常磐線で我孫子を通り新松戸に戻るだけだ。

 この旅で部員のキャラもロールもしっかり把握できたと思う。創部したばかりの鉄研の滑り出しとしてはまさに上々といっていい。

 でも……このとおり、オリンピックがどうなるかわからないとはいえ、今年のビッグサイトでの鉄道模型コンベンションはきっぱりとない。一年の活動の集大成のコンベンションがないので、活動がいまいちしまらなくなる。

 その代わりに旅行といっても、コロナ禍でいまいち動きがとれない。

 やっぱりメタい話になるが、だから著者が急遽サンライズ出雲に乗って取材に行ったのかとも思う。


 やはりみんなでサンライズ出雲で旅行することになるだろう。

 まず楽しい旅になるだろう。この6人ならはずれっこない。見込んだだけの部員だ。

 とはいえ、その先の活動はどうしたものか。先手先手とやってこその部長と思うが、なかなか簡単ではない。

 エビコー総裁はこんなことをよくやったものだと思う。こういう集まりを主宰するというのはやはり簡単ではない。


 そう思案しているうちに、列車は大和駅に着いた。


 そういえば神奈川にも同じ名前の大和駅があったはず。海老名からそう離れてないところで、相鉄と小田急江ノ島線の乗り換え駅だった。たしかエビコー総裁が以前駅前のユザワヤに模型用品を買いに訪れたりしていた駅だ。地下の相鉄線ホームと高架の小田急線ホームからなる交通の要衝だ。

 しかしそれに比べればこの大和駅はこじんまりとした田舎の小駅である。


 そのときだった。


「ふむり」

 えええっ! その声は!


 ドアをくぐって車内に入ってきた長い髪に動輪の髪飾りの彼女。


 エビコー鉄研総裁だー!!


 エビコー総裁がこのE531系に乗り込んできていた。


「えええっ、なんでここにいるんですか!!」


 流山の総裁はこの突然の再会に顎をカックンと落としながら聞いた。


「うむ、ワタクシも水戸線探訪をしておったのだ。でも神奈川の大和駅から茨城の大和駅というのはその券面の切符が買えないから、いまいちネタとしてはおいしくないのだな。ここにきてなぜウェブ上で類例が少ないのか、ようやく合点がいった。うむ」

 流山の総裁はあきれた。

「なにが合点ですか。そんなのわざわざいかなくてもわかることじゃないですか」

「確かにこの情報化時代、わざわざいかなくてもわかることもあるが、にもかかわらず、あえて行った方がそれ以上の収穫になることも多いぞよ」

「そうなんでしょうか」

「『行けばわかる! 肌で感じる! 大切なのは言葉じゃない!』とは全駅下車の横見裕彦センセーの言葉であった。マンガ『鉄子の旅』におけるいろいろな奇行で有名な横見せんせーであるが、実際旅してみるとまたその幾多の珍妙なご発言も、また別の味わい深さが出るのだ」

「ホントかなあ」

 相変わらずエビコー総裁はどこか不敵な笑みを浮かべている。

「総裁」

「そういうと『どっちの?』になってしまうのう。ワタクシも君も総裁であるからの」

「そういえばそうですね」

「しかし、君の活躍、拝見しておったぞよ」

「えっ、ホントですか?」

「著者のドキュメントフォルダは全てワタクシの完全な監視のもとにあるのだ」

「ひいいい、キャラにそこまで監視されてる著者って一体……」

「でもよかったぞよ。やはりワタクシがライバルと見込んだだけのことはある」

「えっ、私のどこを見込んだんですか」

「ワタクシの眼力は、秘めた君の野心と意志の強さを見抜いたのだ」

「えっ、そんなに野心あるように、私見えますか?」

「うっ、そう落ち込むでない。そういうイミではないぞ。野心といえば人聞きが悪い。そこを夢みがちといえばいかにも女の子らしくて良いと思うのだ」

「総裁、言葉選ぶの案外下手ですね」

「うぐう、そう言われるとそうかもしれぬ」

 総裁はそういうと、ちょっと目を逸らした。

「総裁……忍ちゃんのこと、気にしてるんですよね」

「うむ。バレておったか」

 エビコー総裁はくちごもっている。

「忍ちゃんと喧嘩したんですね。すごく仲が良かったのに」

 彼女はそう詰めた。

「うむ。話せば長くなる」

 流山の総裁は微笑んだ。

「なんとなく想像してました。いいじゃないですか。ここから友部まで時間があります。ゆっくり聞きますよ」

「うっ、なぜワタクシがそれを自白することになってしまうのだ」

「少なくとも、私は共通の友人である忍ちゃんのこと、聞いてもいいはずです」

「そうなのか」

「忍ちゃん、あれだけ重度のテツですもの。総裁ときっと理想を共鳴していたんじゃないかと思ってました」

「うう」

 エビコー総裁はそれでもまだ話しにくそうにしている。

「正直、ワタクシも心の整理がまだつきかねておるのだ。ゆえ、話が前後したり重複してしまうやもしれぬが」

「かまいませんよ。というか」

 流山の総裁は続けた。

「そんな整理が簡単につくなら、総裁はそもそも忍ちゃんと喧嘩なんてしてないと思います。そんな簡単な関係ではなかったんですよね」

 エビコー総裁はハッとした目を向けた。


 そう、エビコー総裁は小難しいことを言ったりするが、それでもやっぱりまだ女子高校生なんだ。私と同じで。

 私と同じように、いろんなことに迷う、未熟な女の子なんだ……。


 流山の総裁はそう思いながら、流れる車窓を背にして迷っているエビコー総裁の顔を見つめていた。

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