第39話 リモート大回り乗車(21)大和-友部
「忍くんとは、そもそもこれまで『永遠のレール』の向こうまで共にゆこうと誓った仲であった」
エビコー総裁はそう言った。
「それほどに互いを信頼し、尊敬し、深く親交を結んでおった」
流山総裁はそのとき、自分のケータイに恋海や忍たちのチャットの通知が次々と来ていることに気づいた。
「応答しなくてよいのか? 先ほどからそれ、通知が鳴りつつけておるが」
エビコー総裁が気遣う。
「いいんです」
流山総裁はケータイをミュートにした。
「今はこっちの話をしたい。後で彼女たちも理解してくれると思う」
「そうか」
エビコー総裁はうなずいた。
「ワタクシも、ここでいまいちど心の整理をせねばならぬかもしれぬ」
水戸線のE531電車は軽快にジョイント音を刻んで、なおも関東平野を走りつつけている。
「ほかにも何人かそういう、誓った仲のものがおった」
「それは、もう一人は豊岡の田嶋ミエさんですか」
流山総裁の言葉に、さらにエビコー総裁ははっとしている。
「そうだ。このところ、立て続けに2人もの盟友を失って、ワタクシは正直、失意のどん底であった」
エビコー総裁の表情は、これまでで一番つらそうな青色だった。
「ワタクシがきっと悪かったのだろう。いくら彼女たちに看過できぬところがあっても、ずっと我慢すればよかったのかもしれぬ。だが、あの時のワタクシにはそれができなかった。人生とはかくもつまらぬことで大きく変わってしまうものなのかと、正直ワタクシはそれに唖然としたまま、未だに立ち直れておらぬのだ」
「何があったんです?」
「そもそも、ミエ君のかかえた『闇』に関わることなのだ」
「闇?」
「ミエ君は、これまでワタクシは語らなかったのだが、ひどく重い宿命を背負っておる。それをワタクシが具体的に言うことはできぬ。だが彼女がそれ故に、ワタクシの言うことをなかなか聞き入れぬのもむべなるかなと理解できるほどの重い事項なり」
「そういえば総裁がいろんなこと言ってもミエさん、聞かないで工作しくじってることありましたね」
「仕方ないのだ。ワタクシの言葉にそれだけの説得力が全くないのだ」
「そうですか?」
「ワタクシの言葉はどうやっても非力なのだ。そしてミエ君はワタクシなどいなくても十分人気を得て生きていける。そもそもワタクシと誓う必要などなかったのだ。ワタクシには詰まるところ金もない。技量もない。人気もない。なにもないのだ。それにワタクシは全くの暗愚にて気づかなかった。実におめでたい存在であった」
「総裁、そこまで自分で自分を痛めつけなくても」
「ゆえ、ワタクシは全く必要のない存在なのだ。必要とされないことに人生を賭け、全力を尽くしておったのだ。まったく馬鹿馬鹿しいことこの上なし。ゆえ、また天下吾一人に戻るしかなかったのだ。ミエ君と忍君と夢を誓ったとしても、ワタクシにそのための『実』がないのだ。所詮むなしいものに過ぎぬ。ゼロになにをかけてもゼロにしかならぬ。ゆえ夢が実ることはないのだ。それでも何度もコンベンション参加できたから、もう、ワタクシは十分なのだ」
えっ。
「ワタクシの夢もテツ道も、ゆえ、もうすぐ終わるのだ」
まさか。
「終わるのだ。すべて」
そんな。
「ワタクシはワタクシに、深く失望しておる」
えええっ。
「ゆえ、ワタクシはこうしてまた電車に乗った。そして当てもなく、大回り乗車しておった」
まさか!
「総裁?」
「そうふらふらといろいろ漂っていたら、気づくとこの大和まできておった。だが、正直、ここまでどうやってどう電車に乗ったか、じつは記憶がない」
「ひいい、危ないじゃないですか。『乙女のたしなみ・テツ道』志してて鉄道で危険になるなんて、まったくしゃれなんないですよ」
「そうかもしれぬ。だが、ワタクシはそれよりも深く失望した。これでは弟との約束どころではない」
エビコー総裁はそう言うと、沈痛な表情でうつむいた。ええっ、さっきまでの不敵な笑みは? と思ったのだが、それは影も形もなく消え失せている。
そこにいるのは、まちがいなく、心を病んで瀕死の女子高校生だった。それはかつて、流山総裁が遠くから見て夢見てきた、エビコー鉄研総裁として幾多の冒険をくぐり抜けてきたあの勇姿とはかけ離れすぎていた。
そして、どう言葉をかけていいのかも思いつかなかった。正直、ここまで苦しんでいる人を見るのも流山の総裁はそうないことだった。
だがそのとき、流山の総裁のケータイでアイマスの「ミツボシ☆☆★」のメロディが鳴りひびき、それに彼女は反射的に出た。
「なにやってんのー!!」
出ると、聞いた目から火花の散りそうな忍の大音声だった。
「みんなで総裁からぜんぜん応答ないって心配してたんだよ! でもどうしようもないから音声通話したの! 私のパケ代たかいんだから! もー!! なにやってんの?!」
流山の総裁は答えられなかった。
「え、どうしたの?!」
忍はまだ知らない、と思う。
彼女の目の前に、あのエビコー総裁がこんなに弱って、ロングシートに寄りかかっているなんて、想像もつかないと思う。彼女もそれは寸刻前まで想像できなかったのだ。
でも、彼女は答えた。
「大和で、エビコー鉄研の総裁と合流した」
「えええええっ!!」
また忍の大声が響いた。
「電車車内だから通話は遠慮しないと」
彼女はそう言った。
「でもなんで!!」
帰ってくる忍の大声がケータイから響く。
電車はなおも友部へと急いでいる。
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