第40話 リモート大回り乗車(22)大和-友部(2)

 忍の言葉にならない猛烈な剣幕の大声がケータイから漏れているが、他に乗客はいない。それを聞くエビコー総裁は顔を青ざめさせ、力なくロングシートにもたれかかっている。

 流山の総裁は、こうなるのがわかっていたはずなのに、どうしていいかわからなくなった。

「未読無視は辛いものだ。ミエくんがそれをしたのは、ワタクシが下手で彼女にとって役に立たないからであろう。だからもっとうまくて役に立つ人の方にいった。それだけのことだ。長い付き合いでもワタクシの下手さ、魅力の無さに愛想が尽きたのであろう。ワタクシはもういらなくなったのだ。それを止めることはできぬ」

 エビコー総裁はそう言って更に顔を青くしている。


忍「そんなばかなことがあってたまりますか!!」


 忍の言葉の剣幕はますます激しくなる。


流山総裁「忍ちゃん、ちょっとボルテージ上げすぎ……」


忍「これが上がんないわけ無いでしょ!! こんなの私は認められない!!」


 すっかりセルフネグレクトになっている総裁と、激昂している忍の声が無機質なE531系の車内で響いている。ワンマン運転の電車なのでそれを咎める車掌さんもいない。

 まさに万事休す!


 その時だった。

「もー、なにやってんの。大きな声で。他にお客さんいないからマシだけど」

 そこに現れたのは、2つの大きな髪飾りを載せた、整った小顔の女子高校生だった。

「御波さん!!」

 流山総裁はそう気づいた。彼女、葛城かつらぎ御波みなみはエビコー鉄研の副総裁であり、その創立のときの3人のうちの一人だ。総裁とこの彼女と芦塚ツバメの3人でエビコー鉄研を始めたのである。

御波「総裁がどこいったのか、私達で手分けして探したんですよ」

流山総裁「えっ、関東じゅうの鉄道を、ですか」

御波「まあ、総裁の行きそうなとこは推測できたし。見つけられてよかった。総裁、しっかりしてくださいよ」

流山総裁「推測、って」

御波「私、推測とか類推は得意なの。模試の国語偏差値90オーバーだし」

 それ関係あるのかな……。

御波「総裁、あれだけむちゃしてるのに自己肯定力めちゃめちゃ小さいんだよね。鉄研で模型を出展したときも、雑誌に模型ネタ投稿したときも、あとで自分が下手だからだめだったんだ、って変なところでめちゃくちゃ落ち込んでたし。そんなもん相手のあることだから、模型の上手い下手とはまったく別なのにね。ほんと総裁って、総裁なんだから」

流山総裁「私も一応……」

御波「あ、そうか、総裁って今、流山のあなたとうちのエビコー総裁で二人いるんだった。こりゃ失敬」

 御波はそういって微笑んだ。その輝きはまさにアイドル級である。

御波「総裁の模型、オリジナリティはすごいけど詰めが甘い。でもその詰めをやるのは普通の模型の詰めとは段違いに難しい。それでも総裁頑張ってきたのは変わんないの。十分努力してる。でも他人の評価が伴わないのは仕方のないところだし。他人を思うとおりにしようってのは無理だし無謀なことだもの。それにミエさん、自分の闇が深いとか言いながらその闇でやっちゃいけないことしてるのに闇だから仕方ないんだ、ってやってたのは依存症の『否認』みたいなもんだから、総裁がもう自分の手に負えないと思ったのも仕方ない。総裁がいくらがんばっても、医療の関係でも親子や兄弟の関係でもない赤の他人が上下関係なくそれを解決するなんて無理。それにミエさん、そうやってて自分は何も困ってないと思ってるんだもの。総裁が何やっても無駄だったのもそりゃそうよ。だってミエさん、何も困ってないのだもの。総裁の無駄なおせっかいで終わっちゃう」

エビコー総裁「う、うう……」

 エビコー総裁はロングシートの上でさらに体を折って苦しんでいる。

御波「総裁は親愛を捧げる相手を間違えたんですよ。真に対等の関係ってめちゃくちゃ脆いんですから。対等だと生き物はどうやっても小さくマウントし合ってしまうから、結果へとへとになる。せめてサークルの主宰とメンバーとか、学校の先生と生徒、先輩と後輩みたいなはっきりとした上下関係があれば安定するんだけどね。大人になっても『サークルの主宰は友達を作っちゃいけない』っていう鉄則があるけど本当にそう。寂しいものだけどその鉄則は揺るがない」

 そう御波は言うと、エビコー総裁の背中を擦っていたわった。

御波「でも何言ってもここまで弱っちゃうと人間、回復しにくいんだよなあ。詩音ちゃんがいればあの胸で充電させて解決なんだけどなー。今詩音ちゃん、多分川越の方で総裁探してるだろうからなあ」

流山総裁「うちの忍ちゃん、そこでなんで総裁を敵視してたんだろう?」

御波「あー、それ、たぶん忍さん、私みたいに推測して、こんなふにゃふにゃしてる総裁にカツ入れたかったんだと思う。ミエさんと総裁の強い関係に憧れて仲間になったから、それが壊れたことに彼女なりになんとかしたかったんだと思うなー」

流山総裁「忍ちゃん、そうなの?」


忍「ふー! がうるるるる!」


流山総裁「だめだこりゃ……」

御波「忍ちゃん、こうなってからいろんな挑戦して総裁の胸借りるの楽しみにしてたから、ライバルって言ったのにこんな不甲斐ない総裁じゃ全くつまんないってことなのかも」


忍「ふーっ!!」


御波「でもなー。その総裁がこんなじゃ、どうにもならないよね」

流山総裁「御波さん、さっき、なんておっしゃいました?」

御波「総裁が不甲斐ない?」

流山総裁「その前」

御波「ミエさんと総裁の強い関係?」

流山総裁「そのちょっとあと」

御波「総裁の胸を借りる?」


 二人はその時、同じものを見て、思わず声をあげた。 

「あ!!」

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