第41話 リモート大回り乗車(23)大和ー友部(3)

 断末魔のように苦しむエビコー総裁を前に、流山の総裁と御波は同じものを見ていた。


「あ!!」


 二人が見たのは……流山総裁の、胸。


流山総裁「でも、自信はないですよ!」

御波「いえ! そんなことないですよ! 私のに比べたらほんと、立派なもんです! ふわふわで、ジューシイで、幸せのかおりで」

流山総裁「御波さん、なにゲスいポエマーになってるんですか……」

御波「こりゃ失敬」

流山総裁「でもこれ、自信はないけど、重くて肩こるんですよね」

御波「いえいえ、なかなかご立派ですよ! というわけで、これで総裁を強制充電しちゃいましょう!」

流山総裁「というわけ、って。でもうまくいくでしょうか」

御波「やって見る価値、あると思います!」

流山総裁「それもなんか変な詩吟の芸人さんじゃないんだから」

御波「こりゃ失敬。はい、総裁ー」

エビコー総裁「う、うう……」

 弱った総裁の体を抱え、顔を流山総裁の胸に寄せていく。

御波「はいマシュマロマシュマロー」

流山総裁「なんですかそれは」

 そう呆れる流山総裁の胸に、エビコー総裁が抱きとめられ沈んでいく。

流山総裁「これ、誰かに見られたら、ただの変態ですよ」

御波「誰も見てないからいいんです、って、あ! 読者さんがいた!」

流山総裁「うっ、そう思ったら、ものすごく恥ずかしくなった」

御波「ごめん、つい、いつもみたいにメタいことを!」

流山総裁「もう手遅れですよ」

御波「総裁、はやく私達のいつもの総裁に戻って!」

流山総裁「総裁の息が胸の谷間にかかって、ちょっとくすぐったい……」

御波「もう! 流山さんも変態なこと言わないでください! でも一部方面にはウケそうだけど」

流山総裁「一部方面言っちゃだめです!」


忍 「ふーっ!!」

恋海「でもなんか、百合百合してて楽しそうに思えてきた」

ユリ「えっ、私?」

静 「……そっちじゃないし……」

香子「エビコー総裁、立ち直ってください!」


エビコー総裁「う、うう、ううう」

流山総裁「充電、時間かかりますね」

御波「かなり弱ってたし、いつもの詩音ちゃんとは違うから」

流山総裁「詩音さんと違う……違いますよね」

御波「うっ、いやそういう意味ではなくて」

流山総裁「じゃあどういう意味なんですか」

御波「い、いえ、なんでもないです! 比較禁止!」

 御波は慌てる。

エビコー総裁「うう、うう」


 そのとき、車内アナウンスが流れた。


御波「えっ、次の駅、笠間? 人が乗ってきちゃう!」

流山総裁「ちょっと恥ずかしい……」

御波「もう時間が! 総裁、しっかりしてください!」

流山総裁「電車が減速始めた」

御波「ああ、もうダメだ!!」


エビコー総裁「うう、う」


御波「ああ、もう着いちゃう!」


エビコー総裁「……ブートオーケー。システム・ノーマル。タイプ74,スタンバイ」


 総裁がそう言って顔を上げた。

御波・流山総裁「総裁!!」


エビコー総裁「うぬ。はて、先程までの記憶がない……」


 その彼女に、御波と流山総裁は思わず抱きついていた。


「総裁!! 私達の総裁!!」

「復活してくれた!!」


 その感涙して抱き合う3人を、笠間駅で乗ってきた人々が不審げにチラチラと見ていた。



 電車は笠間駅を出発した。


エビコー総裁「記憶が切れ切れで、なにか長い悪夢を見ていたような感じであるのだ」

流山総裁「無理しちゃだめですよ」

エビコー総裁「ワタクシにはなんの力もない。何をやっても虚しく無駄であったのだ」

御波「あんなビッグサイト出展を何度も完遂しといて何言ってるんですか。私達、あれで楽しかったけど消耗もしたんです。それが虚しいわけ無いですよ」

流山総裁「そうですよ。すごく私はあれ、羨ましかった」

エビコー総裁「ミエくんの力も大きく借りた。もう彼女が一緒になることはなかろう。ワタクシは翼をもがれた鳥のようなものだ。もう飛ぶことはできぬ」

御波「私達がいるじゃないですか。ほかにも総裁の模型、『あまつかぜ』が好きな子たちもいる。彼らはどんどん成長して戦力にもなるかもしれない。すでに『あまつかぜ』のためにテーマソング『ラヴァンディーア』の車内放送チャイムを作ってくれたりもしている。ミエさんがいなくなったのはたしかにすごい痛手ですけど、まったくその後私達が何もできないわけじゃない。それに私たちがなにもできなくなるのはミエさんにとってもいいことではないと思う」

エビコー総裁「ミエくんにとって……」

御波「私はミエさんが裏切ったとか見捨てたとは思わない。道はこうして別になったけれど、ここまでの冒険はそれはそれで私達とミエさんの大事な、記憶の宝物なんです。それを否定したくないのはミエさんもきっとそうだと思う。だから、私達はここまでのミエさんとの冒険をやめちゃうんではなくて、『卒業』しないといけないんです。そのための試練として、今度のビッグサイト展示を私達は乗り越えなくちゃいけない」

流山総裁「今度のビッグサイト、って?」

御波「今年オリンピックやったら、きっと来年2022年はまたビッグサイトの展示、国際鉄道模型コンベンションがあると思います。今から準備をすすめないと、十分な展示には間に合わなくなる。もたもたこうしている時間はないです」

エビコー総裁「……うむ、さふであるのだ」

流山総裁「総裁……」

エビコー総裁「もう、過去を振り返って足踏みはしておられぬ。そのことを忍くんも思うておるのであろう。ワタクシもしっかりせねばならぬ。我がエビコー鉄研水雷戦隊の旗艦として、そして流山鉄研の諸君のライバルとして」

 エビコー総裁の瞳に、力が戻っていく。


 そして、車内放送が水戸線の終点、友部到着を告げ、電車は減速を始めた。

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