第32話 リモート大回り乗車(14)桐生ー栃木

 忍とエビコー総裁の間にどんな別れがあったのか、流山の総裁も計り知れなかった。ただ、二人の鉄道趣味にかける情熱の強さは間違いないものだ。だから相いれなかったのか。とはいえエビコー総裁は過激で破天荒だけどそれだけではないのは彼女も知っている。6人の鉄研水雷戦隊の旗艦として、慎むところ、弁えるところはおさえている。それでも忍と別れたのだ。しかし忍にそれほど落ち度があるとも思えない。ではなぜ? 正直、忍と総裁が一緒ならもっといろんなことができたと思う。忍の模型の腕もまた凡庸なものではないのだから。

 にもかかわらず、その可能性は閉ざされたのだ。

 こういうトラブルについて「趣味だから好きにやればいいのに」というものもいる。だが流山の総裁はその言葉が正直、嫌いだった。趣味を好きだけでできると思ったら大間違いだ。趣味だからこそ好きだけではできないのだ。ではなぜ趣味をやるのか?と問われると、わからない、としか答えようがないのだ。もう人の業の段階まで魂に根を張っているものなので、だから「好きにやればいい」という言い方に「好きだけでやれるならどんなにいいか」と答えたくなる。

 好きだからこそ難しいのだ。それゆえ、嫌いになりたいのになれないなんてこともよくある。素晴らしい模型に心奪われたのに、その作り手が人間としてとんでもない人であったこともある。すぐ怒鳴る、癇癪持ち、卑屈、嫉妬深い、未熟な人格……そんな模型人はいくらでもいる。にもかかわらず、彼らの作った模型は素晴らしいことがある。それで見ていると頭の中でそれがつながらないなんてことになる。

 だが、誰が作ろうと素晴らしい模型が素晴らしいことに変わりはない。素晴らしい模型を作る人間が素晴らしい人格の持ち主だというのは単なる幻想なのだ。そして素晴らしい模型を道具にして人格未熟を受け入れろ、我慢しろ、と迫るものすら時々いる。流山の総裁もそういうことがあった。

 でも。

 エビコー総裁と忍の間にそういうことがあったとは思いにくい。

 なにかの単純なただの間違いがあったのはないか、と思った。それをきっかけに、真っ直ぐな二人は互いと自分を許せずにこうなったのではないか。

 だとしたら、なんと不幸なことだろう。1番の大親友になりうるような二人が、たったそれだけのことでこんなになってしまうなんて。


 流山の総裁は流れる車窓を見ながら、またため息を吐いた。人生とはかくもうまくいかないものだ。まだ高校生の彼女でもそう思う。

 流れる車窓の新緑が少しずつ彩度を落としていくのは、夕方が近づいて日が陰ってきただけではなかった。


 でも彼女は想いを切って、またケータイに向かった。


総裁 高崎ではあまり見られませんでしたが、普段であればイベント用の旧型客車が留置されてるのとか見られたと思います。


ユリ てことは見なかったの?


総裁 正直、お腹空いててよく見てなかった。


恋海 そう。お腹空いてるとそうだよね。


総裁 今になって「見ておけば」と思っちゃう。もう無理なんだけどね。


恋海 そういうのが積もり積もっていくんだろうなあ。


総裁 そうね。普段からの記録大事。


 電車は小山に向けて走っている。


総裁 ここら辺の駅はつい最近まで行き違いや引上げ用の線路があった跡が多いです。線路が剥がされて砂利だけのところが多く、最近のJRさんの合理化に向ける意志を感じさせられます。

 東武佐野線が近づいてきて佐野駅。駅を出ると線路は複線になり、佐野線は上を立体交差して再び離れていきます。

 そして岩舟駅。「秒速5センチメートル」というアニメの舞台になった駅です。確かにアニメはこの駅をしっかり再現しています。雪が降ればまさしくそのままですね。あのアニメの鉄道描写はすごく細かくて感心させられます。

 電車はそれを過ぎ、また単線の直線線路をゆきます。


恋海 アニメの鉄道描写っていうとだいたい鬼門よね。ちょっと鉄道が出てくるとすぐに細かい指摘がネットに乗っちゃう。でもその割にそういう人たちってストーリーに特に興味ない感じ。ひどいのになると、蒸気機関車のはずなのに走り装置がおかしい、なんていうけどそのアニメ、ゾンビものじゃん……ってなったことがある。そもそもゾンビアニメに正確な蒸気機関車描写求めてどうすんだろ、って。

忍  ゾンビが出てきてることに突っ込まないで、え、そこ? ってなっちゃうよね。

ユリ アニメ、だんだん話がスッカスカだけどやたら細かく描き込んでるの増えた気がする。でも絵は細かくてもそれほど動かない口パク多用とか。

静  ……それを私たちが言うのも何だけどね。

ユリ すごい描写! って言ったって相変わらずそれ支えてるのは低賃金労働の人たちなんだもん。正直、アニメはそう言う人たちの買い叩かれた手間の塊と思うと、これ、楽しんでみていいのかな……ってなっちゃう。こんなんじゃ中国資本に流れていくのもわかるけど、中国は絶対にいずれカネだけじゃなくてストーリーとかの内容に口出ししてくる。そうなったら自由なアニメの制作なんてこの地上じゃどこでもできないよなー、って。

恋海 日本の資産は表現の自由とそれで伸び伸びと描けるクリエイターの層の厚さだと思う。でもそれをほんと、フツーにくだらない規制で潰しちゃおうとするのは悲しいわよね。

ユリ そのうち電子書籍やアニメも中古流通させてそこから作者たちが何度も印税を取れるようになるって!

香子 でも電子書籍、コピー簡単にできちゃうし、それが劣化しないじゃないですか。

忍  あ、暗号通貨の技術?

ユリ そうです。NFT Non-Fungible Tokenって言って、デジタルデータを不正コピーできないようにしたことでデジタル資産にしちゃう技術がもうすでにあるんです。

忍  デジタル資産……。それって、あの世界初のツイートに値段がついた、ってニュースの?

ユリ そうです。あの技術を使えば、今やってる電子書籍とかの問題はほぼ解決した上に中古流通からも印税取ることも可能になる。そうなったら、アニメやマンガ、本はとんでもなく儲かるものになりますよ。場合によったら今のGAFAが頭を下げざるを得ないNFT出版社なんてのが登場するかもしれないんです。

忍  GoogleもAppleもFacebookもAmazonも、結局は1アカウント1作品の貸与って形だもんね。それがそのNFT使えばほんとに売買できる。2冊3冊買って知り合いに読ませたりプレゼントしたり積ん読にすることができる、ってわけか。

ユリ そうですよ。単価は安くても、瞬時に大量の注文に対応できるデジタル資産としての作品は、話題になった一夜にして100万部なんてこともできるようになりますよ。サーバさえ持てば、流通コストはほぼゼロですし、増刷にかかる印刷コスト、製本コストもいらないからそうなり得ます。そう言う瞬発力のあるデジタル資産書籍は物凄く利益率が高いし、広告媒体としても可能性がある。今のGAFAはユーザーの不満をかろうじて宥めているだけです。それがそう言うデジタル出版社が有力な著者や読み手を促して別のところ行けば、GAFAでも震撼させるような大きな事件になりますよ。

忍  そうか、でも、その受け皿に今のままだと中国資本がなりかねないよね。

ユリ そうなったら自由は奪われておしまいです。中国はそう言う自由と共存できない国になっている。でも日本はそこで有利。その結果、おそらくクールジャパンなんてものと全く次元の違う戦略的有利をNFT書籍はもたらします。これまで日本の国内で幅利かせてた産業の構造すら変えてしまいますよきっと。それがもしできたら、日本はコンテンツの生産で栄えるコンテンツ立国になります。それは石油や石油化学、半導体やバイオに続く戦略商品として多分時代を築くんじゃないかと。デジタルコンテンツ資産の未来はすごいですよ。多分。

恋海 香子ちゃん、どう思う?

香子 あちこちよくわかりませんけど、日本が電子立国ではなくコンテンツ立国になっていく未来を想像しました。


恋海・忍・ユリ・静

 いい反応だ……。


総裁 何声揃えてるのよ。電車は間も無く栃木駅に着きます。


ユリ あれ? このフォーマット、「世界の車窓から」みたい。


総裁 それが狙いです。キリッ。

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