第44話 カエルと令嬢の淡い初恋物語なのかな!?

 アルビダは北方諸王国でも実力のある貴族の家で五女として生まれた。

 人数の多い兄弟姉妹たちの中でも、取り立てた特徴は薄く、勉学、運動のどれもパッとせず、かといって落ちこぼれというほどでもなければ問題児でもない。彼女を特別な存在として扱ってくれる人物は家族の中にはいなかった。


 幼いころのアルビダを唯一特別な存在として見てくれていたのは、庭師の息子だけだった。

 アルビダから見れば庭師は使用人の一人に過ぎなかったが、庭師は技術職である。優れた庭師を迎え入れ、緻密かつ壮大な庭園を形作らせることは王侯貴族にとって大きなステータスだ。そのため、庭師は裕福であり、そのせいか庭師の息子はずんぐりむっくりしていて、どこかカエルを思わせる風貌だった。

 今となっては彼の名前を思い出すことはできない。当時はただカエルと呼んでいた。


 ある日、家庭教師が休みとなり、アルビダは自分の部屋で自習させられていた。

 部屋の窓に、コツンコツンと小石の当たる音がする。窓から外を見ると、カエルが降りて来いよという顔でこちらを見ていた。

 アルビダは悪戯めいた笑顔を返すと、スカートの裾を縛って、自作のズボンを履くと、窓の近くの柱を伝って庭まで降りていった。カエルが呼んでいるということは見つかる心配がないということでもあった。


「大地の果てを見に行かないか?」


 その提案は魅力的だった。屋敷の敷地内からほとんど出たことのないアルビダにとって、外の世界はそれだけでワクワクする場所だ。ましてや、地面が終わり、果てしない空を見渡せる大地の果ては憧れの場所のひとつである。


「うん行く」


 アルビダは一も二もなく賛成していた。カエルはその様子に満足げに頷くと、庭の裏手に案内し、そこに用意しておいた仔馬に乗って屋敷を出ていった。


 仔馬に乗ったまま、街を通り過ぎ、平原や森の中の道を突き進む。カエルの背中に寄り添いながら仔馬に揺られて、アルビダは次第にまどろんでいく。

 何時間が過ぎただろうか。カエルの「着いたよ」という言葉でアルビダは目を覚ました。


 目の前には雄大な天空が広がっていた。上も下もなく、ただひたすら青空が続いていく。吹き抜ける風も、たゆたう雲も、その美しさをただ引き立てていくだけだ。

 なんという華麗で鮮やかな青色なのだろう。

 アルビダはその景色に呑まれるかのように、一歩また一歩と近づいていく。


「それ以上行くと危ないよ」


 カエルの声は聞こえたはずだが、アルビダの歩みは止まらなかった。


「おい!」


 カエルが大声を出しながら、アルビダの腕を掴んだ。

 アルビダの足はあと一歩で崖を踏み外すところだった。そのことに今更ながら気づいたアルビダは腰が抜けたように地面に座り込んだ。

 その様子を見て、カエルも一息つく。


 その時、風が吹いた。

 実体を持って漂う雲が、突風によってアルビダの鼻先を掠めるように通り過ぎる。その雲はカエルを巻き込んで飛び去っていた。


 気がつくと、カエルは雲にさらわれたまま、大地の果てのさらに先へと飛び去っていた。大声で何かを叫んでいるようだが、もはや聞き取ることはできない。

 アルビダは助けようとひたすらに願うが、何をすることもできない。何の装備も持たず、幼い身の彼女に為すすべがあるはずもなく、近くに助けを求めることのできる人は誰もいないのだ。

 アルビダはその日、太陽が落ちるまで、ただ茫然と天空を眺めていた。


 貴族の屋敷ではアルビダとカエルがいなくなったことで大騒ぎになっていた。何日もかけてアルビダの捜索を行ったが、やがて彼女は仔馬に乗って戻ってきた。ただ俯いて馬の背にしがみつくアルビダが帰り道など知る由もなかったが、仔馬にも帰巣本能があり、屋敷への道を覚えていたのであろう。

 何があったのかはアルビダの口から要領を得ない言葉が紡がれるだけだったが、おおよそのことは理解されたらしい。


 それからのことはアルビダもよくは覚えていない。

 特徴のあまりない少女だったアルビダは、俯きがちで、笑うことのない、暗い少女に変わっていた。



○○〇:あ、回想入った

◆◆◆:回想が終わるとどうなる? 回想が始まる

□□□:これ、どんな話なんだ?

●●●:アルビダの幼いころの話みたいね

◇◇◇:幼馴染の男の子を目の前で見殺しにしたってことかな

■■■:それはつらいね


「あー、アルビダさんの回想始まったね。これは初恋の思い出……なのかな?

 それにしては、あまりにつらすぎるんですけど!


 メアリちゃんはアルビダさんと竜の関係がどうとか言ってたけど、そんな話になっていくのかな?」

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