第137話 最後に託されるもの

 テトラミノの落下が止まっていた。

 周囲の神々の歓声が響き、その眷属も、奉仕種族たちも喜んでいるのが伝わってくる。


「ついに世界を救ったのね」


 背後にいたハスターが声をかけてきた。

 顔は見えないが、喜んでいるような、切ないような不思議な表情をしていることがわかる。


「クトゥルー様、おめでとうございます」


 素直にいろはへのお祝いの言葉を述べたのはフサッグァだ。

 彼は最初から最後までテトラミノの操作を担当してくれていた。


「おかげで、この世界は存続するな。礼を言うぜ」


 ツァトゥグアも戻ってきていた。無数の神々を率い、テトリスの邪魔をする地上、海中の生物を蹴散らした彼は最大級の功労者といえた。


「さすがのお手並み。感服いたしたぞ」


 炎のゆらめきから声が聞こえる。それは、太陽を信仰する大鷹の王から、実際の恒星といえるほどの姿に魂を昇華させた炎の精の首領、クトゥグアであった。遥かなる銀河にありながら、炎の精を遠隔操作し、ホールドを行っていた。彼がいなければ、今回の勝利はなかっただろう。


 美しい黄金に輝くイタカを始めとし、ロイガー、ツァール、アフーム=ザー、イグ、アトラック=ナチャ、ニョグタ、ハン、ナグとイェブ、それにガタノトーアといった錚々そうそうたる神々もいろはの功績を讃えている。


「みんな、ありがとう! でも、勝てたのはみんなのお陰だよ。強くて、速くて、テレパシーも使えるみんなだったから、テトリスがやりやすかった。みんながいなかったら……、私ひとりだったら……、無理だったよ」


 勝利の余韻がそうさせたのか、周囲の温かい態度が琴線に触れたのか、いろはの瞳からは涙が溢れてきていた。


「バカね。前にも言ったけど、それはあなたの力によるものよ。テトリスに順応したから、テトリスのやりやすい世界が生まれたんじゃないかしら」


「そうなのかなぁ。

 それに、以前の世界だとキビツヒコとか特異点アンタッチャブルとかすごく怖い敵がいたけど、この世界だとそこまで怖い敵はいなかったのよ。ヌガー=クトゥンも苦戦するというほどでもなかったし。なんでかな?」


「キビツヒコってのがどういうやつかわからないけど、たぶん、それは恐怖の現れね。テトリスへの恐怖が強いから、内なる敵も強かったんじゃないかしら。あなたは恐怖に打ち勝ったのよ。だから、ヌガー=クトゥンほどの敵しかいなかったんじゃない」


「そうかぁ」


 若干腑に落ちないものがありつつ、いろははハスターの言葉が事実だと感じ始めていた。

 そんないろはの前にハスターが立つ。そして、いろはの両手を握った。


「そろそろ、あなたから借りていたものを返すわ」


 そう言うと、ハスターの両手が輝き始める。その発光は次第に全身を覆い始め、やがて黄衣のすべてが光輝いていた。


「え!? ハスターちゃん、何を!?」


 その光を前に、もはやいろははハスターの姿を観ることもできない。

 ただ、声だけが聞こえてきた。


「私があなたから預かっていた能力は『あなたを疑うこと』よ。自分自身を疑うことで存在は確立する。あなたがあやふやだったのは、私がこの能力を借りていたからかもね。だから、返さなきゃ」


 光は徐々にいろはの身体の中に入っていく。光を吸収するごとに、光は弱くなり、そして、周囲が元の明るさを取り戻した時、ハスターはその姿を消していた。

 見るものによっては、いろはとハスターは言い争いのうちに、いろはによって消されたと思ったかもしれない。しかし、そうでないことは、いろはがよくわかっていた。ハスターはこの世界の全知全能の神を完成させるために自らを犠牲にしたのだ。


 いろはにはハスターへの友情と感謝があり、彼女が消えたことへの一抹の寂しさがあった。

 しかし、それも僅かに残った感情の欠片がまだ残っていたにすぎない。

 すでに、いろはは変わっていた。

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