第115話 綾瀬さんは死を望みます

 綾瀬あやせさかきといろはを救うため、カワサキの空を滑空していた。

 その向かう先から、逃げるように鳥のような姿をした開きし者がこちらに飛んでくる。綾瀬はその正確な航行で飛行する開きし者を正確に捉え、その拳で、その蹴りで飛行者たちを次々に落としていった。

 榊といろはを守りたい。そんな気分が高まっているからだろうか。感情が高揚するとともに、力が満ち溢れてくるかのようだった。


「ワハハハハハハッ」


 思わず笑いが込み上げていた。

 そのことに気づくと、綾瀬は恐怖する。自分が開きし者としての本能に呑まれているのではないか。そんな考えがよぎる。


 綾瀬はその複眼で榊の姿を捉えると、羽を必死で動かし、その場所まで急いだ。空を飛び、真っ直ぐに向かっていても、それでも自分のスピードが意のままに上がらないのがもどかしい。

 やがて、榊たちは橋を通るが、その場で待ち伏せていた水棲の開きし者どもに襲われる。榊は機銃を用い、開きし者どもに抵抗するが、多勢に無勢だ。


 どうにか間に合った。

 綾瀬はそう思いつつ、その場に着地する。自分が言葉を話せるかはわからなかったが、懸命に叫んだ。


「榊、逃げるんだ。人類の未来を救えるのはお前たちだけだ!」


 この時、本当に自分が人類の未来のことなんて考えていたかはわからない。だが、そう言えば、榊は自分の責任を感じ、逃げてくれると思った。

 そして、その言葉を実現させるために、橋を塞ぐ魚類どもを殴り倒し、道を作っていく。そうしてできた道を走り、榊は先へと進んでいった。


 残された開きし者には、榊を追おうとする者もいたが、そんな奴は綾瀬が追いかけて撲殺した。

 どんどん力が溢れてくる。その力に溺れるように、綾瀬は力を奮い、次々に水棲の深き者どもを殺していった。


――俺が次の世界の覇者になるんだ。お前たちなんか目じゃないぜ!


 咆哮とともに深き者どもを蹴散らしていく。その力は圧倒的で、もはや深き者どもでは相手にもならなかった。

 だが、綾瀬は自分の放った咆哮に気づき、自分自身に怯えた。自分の感情が本能に呑まれそうになっていることに気づいたのだ。


 それからの綾瀬の戦いは悲痛なものとなった。深き者どもの攻撃を敢えて受け、それに何倍もの力で返していく。

 殴り合い、そのたびに傷ついていく。綾瀬の身体は見る見るうちにズタズタになっていくが、そのことに綾瀬は満足していた。


 ドドンドンドドンドン


 爆音が響いた。戦車隊が現れ、開きし者どもを一掃していったのだ。

 その爆撃には綾瀬も巻き込まれていた。爆発により内臓が剥き出しになり、その内臓も爆撃の余波によって焼かれた。

 もう自分は助からないだろう。そう実感する。


 ハンターたちの足音が聞こえ、息のある深き者どもを次々に銃殺していく。

 やがて、綾瀬の下にもハンターが近づいてくる。だが、榊の声がした。


「その人は味方よ! 攻撃しないで!」


 その言葉と共に、柔らかく、温かなものに綾瀬は包まれていた。


――ああ、よかった。こんどは、さかきのみかたのまま、しねる……


 今度は? 自分の言葉に疑問を抱きながらも、綾瀬の意識は失われていった。


「やっぱり、綾瀬さんは間に合わなかったね。こんなお別れ、哀しいよ……」


○○〇:やっぱり?

◆◆◆:いろはも間に合わないと思ってたのかー

□□□:だからだね

●●●:いろはがそう思ったんなら、しょうがない

◇◇◇:綾瀬、いい奴だったね

■■■:彼女と敵対したまま死ぬよりは幸せだったのかもね


「ちょっとちょっと! 気になること、言ってくれるじゃない!

 私が思ってたから仕方ないって、どういうこと!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る