逃避行の章

第110話 逃げて! 逃げて! 逃げて!

 特異点アンタッチャブルの咆哮によって、開きし者の大群が所狭しと湧き出ていた。それは特異点の下に集まってくるものがあったが、あろうことか、いろはたちのいる場所に迫ってくるものどももあった。


「我々が攻撃してきてることを理解しているようだな」


 ツルギが焦燥したように声を荒げる。

 トラクターはツルギの通った道を進んでいたが、車両一台分の広さしかなく、戻ることもできない。深町の危機に駆けつけるべく、一心不乱に進んでした結果だが、これが最悪の事態に直結してしまった。


「ここで迎え撃つしかないか」


 ツルギが背負っていた段平を抜き、周囲を警戒する。いろはと角松は荷台の中に匿われ、シロウはトレーラーの上に乗って機銃を構えた。

 その時だった。瓦礫の山を駆け抜けて近づいてくるものがある。バイクだった。


「あれは……?」


 ツルギが疑問を口にすると、いろはが叫ぶ。


「榊さん!」


 いろはは飛び出してきていた。ツルギは周囲への警戒は緩めないままだが、いろはの知っている存在だと知り安堵する。

 やがて、モトクロスバイクで四苦八苦しながら瓦礫を越えてきたライダーがトレーラーの元まで到着した。


 そのライダー――榊はバイクから降りてヘルメットを脱ぐと、美しい金色の髪が露わになった。そして、榊はトレーラーの面々を見渡すと、いろはに声をかける。


「奴らの狙いはあなたでしょ? 私と一緒に逃げるよ」


「え? そうなの? なんで、そんなことわかるの?」


 その言葉にいろははきょとんとするが、ツルギは助かったというようにため息を吐いた。


「榊とやら、頼む。いろはこそがこの世界の最期の希望なんだ」


 いろはが事態を把握できないままに物事は進む。いつの間にか榊の後部シートに載せられ、その場を後にすることになった。


「悪いけど、ここで奴らを足止めしてて」


 榊はツルギたちに敬礼のようなポーズを取ると、目元にゴーグルをかける。そして、バイクのエンジンをふかした。


「あ、そうだ! 今落ちてきてるLテトラミノだけど、もう着地しそうだから、奥まで突っ込んでおいて!」


 なりゆきで逃避行に進むことになったいろはは、最後にテトリスの指示だけを残すことにする。そして、榊に手渡されたヘルメットを頭にかぶる。


「いろは、しっかり掴まってて。それに舌噛まないように注意してよ」


 その言葉とともにバイクは発進し、瓦礫の山を突き抜けていく。直後、トレーラーからは発砲音が聞こえてきた。すんでのところで、戦闘から逃れることができたのだ。

 だが、それでも追ってすべてを振り切ったというわけではなかった。四足獣のような開きし者どもがモトクロスバイクにも追いつかんというスピードで駆け抜けてきている。それはまるで首から上のない馬のような奇妙な姿をした獣だった。


 四足獣とのチェイスはしばらく続く。どうにか振り切ろうと榊も必死になるが、それでも奴らはついてくる。「もうちょっと、もうちょっと……」と榊は呪文のように口ずさみつつ、瓦礫をどうにか越えていった。


 だが、まさにいろはの背中にまで、獰猛な獣の一頭が喰らいつこうとしていた。

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