第111話 できることはあまりないけど

 飛び立った綾瀬を見送った後、春日と榊もまたブロックの落下地点に向かうべく、迂回しつつもバイクを走らせていた。

 やがて、遠巻きながら綾瀬が特異点アンタッチャブルに突撃し、その巨体に土をつける場面を目撃する。そして、特異点がその遠吠えによって、開きし者の大群を呼ぶことも。


 バイクを走らせながらも、春日はひとつのことに気づいた。榊に合図を送るとスクーターを止め、双眼鏡に目を通す。

 思った通り、開きし者の群れにはふたつの行動があった。ひとつは特異点との合流だが、もうひとつは別場面に向かっている。その先を見ると、トレーラーが停車しているのがわかった。


「どうしたの?」


 尋ねてくる榊に双眼鏡を手渡す。彼女は春日の示す方向を眺めるが、やがて奇妙なことを口走った。


「あれは、い……ろは……」


 その言葉は誰かの名前なのだろうか。春日は知人かときくが、榊は言葉に詰まる。


「知らない人、というか、なんでそんな名前が口に出たのかわからない。

 でも、胸騒ぎがする。あの場所まで行かなくちゃ」


 榊は思い出せない記憶に苦しみながらも、切実にトレーラーの元まで行かなくてはならないと訴えた。

 その態度に春日は圧倒され、押し切られるままに彼女を見送ることになる。


「俺のスクーターじゃ、あの場所まで行けそうにない。けど、いろはさんと合流したら、すぐに逃げてくれよ。

 俺はこれから瓦礫に沿って進んで罠を仕掛ける。そこまで向かってきてくれ」


 そう言って春日は地図の地点を指し示した。それはかつてツルミと呼ばれた場所だ。

 榊は頷くと、モトクロスバイクに乗り、トレーラーに向かって走り始めた。


 残された春日は自分の言葉通りに瓦礫に沿って移動し、ツルミを目指す。そうしている間にも、特異点に呼応して湧き出るように現れた開きし者たちはそれぞれの目的に応じて蠢いていた。


 春日はツルミに到着すると罠を張る。

 そして、双眼鏡でトレーラーの様子を眺めると、すでに榊は合流し、こちらに向かってきていた。春日は時折ライトで合図を送り、榊の進む場所を誘導する。


 やがて、いろはを乗せた榊のバイクが春日の下まで走ってきた。春日はライトを光らせて、罠を踏まないように合図を送る。榊はそれに従って罠を避けて進み、春日の下を走り抜けた。それに対し、四足獣のような開きし者はことごとくが罠にかかり、その歩を止める。それはロープで作られた単純な罠であったが、足に頼る開きし者にとっては有効だった。

 それを確認すると、春日は機銃を乱射する。動きの止まった開きし者たちは避けることもできず、次々に息絶えていく。


「春日、逃げるよ!」


 Uターンして戻ってきていた榊が叫ぶ。だが、そのことに春日は絶望的な感情を抱いた。


「バカ! なんで戻ってきたんだ! そのまま逃げろよ」


 春日の殺した開きし者など、全体の僅かなものに過ぎない。少しの時間を稼げただけだったのだが、榊が戻ってきたためにそれも無駄になってしまった。


「え、でも……」


 榊は何かを言いかけたが、春日はできる限りの迫力を持って怒声を上げる。


「いいから進め! 俺はどうとでもなる!」


 その迫力に押されたのか、春日の気持ちが伝わったのか、榊はバイクを走らせて逃げ去っていった。

 そのことに春日は安堵するようにため息をつくと、擲弾発射機に手を取り、辺り構わずぶっ放す。


「こっちだ、こっちに来い!」


 弾丸が尽きても大声を上げる。果たして、大量の開きし者が春日に向かって押し寄せてきた。それを擲弾で吹き飛ばし、弾が尽きると、機銃を放ち、開きし者に浴びせかける。

 だが、開きし者とてただやられるはずもない。ある者は跳躍して弾丸を避け、ある者は固い皮膚で弾丸をはじき、ある者は地中を抜け、春日に辿り着いた。開きし者どもは春日に群がり、皮膚を剝ぎ、肉を喰らい、臓器を貪った。


 春日はすぐに息も絶え絶えとなり、銃を握る力もなくなった。

 意識が薄れ、その場に倒れ込む。


「囮にはなれたかな。あいつらが逃げ切れれば……いいんだけど……」


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