第75話 アルビダさんとカエルさん、何年ぶりの再会ですか!?

 デュナミスの金属製の通路をアルビダは行く。

 通路は飛竜ワイバーンの炎が回ってきていたようで、さすがのデュナミスの超金属でも焼け焦げた痕が残っている。時折、デュナミスの乗組員と思われる空賊の死体が転がっていた。


 バンッ


 勢いよく扉を開けると、そこは操舵室だった。バスコと数人の空賊がその場にいる。


「アルビダか……。まさか、船長自ら来るとはね」


 バスコは憎々し気にアルビダを見た。

 しかし、アルビダはバスコの顔を見て、確信を持った。


「カエル!」


 自分でもどういう感情なのか理解できなかったが、アルビダの目からは大粒の涙が溢れ出ていた。そして、無防備な姿勢のまま、バスコに近づいていく。


「な! 寄るな」


 バスコはアルビダのその姿に困惑し、剣を抜いて威嚇する。それでも、アルビダの歩みは止まらない。バスコはその不可解な姿に恐怖し、思わずアルビダの胸を突いた。

 そして、バスコは思い出す。アルビダと自分が何者であったかを。


 バスコがかつてカエルと呼ばれていた頃、アルビダは憧れの姫であった。彼女が一人でいる時に思い切って声をかけ、思いのほか、仲良くなったのだ。城勤めの父と二人で暮らすバスコにとって、アルビダは城の暮らしの中で、唯一、気安く話せる友達になった。

 しかし、それも長くは続かない。バスコはアルビダを空の境界に誘い、そしてその場で雲に攫われることになった。


 それからの数日間、いや数週間だろうか。飢餓と渇き、そして高所による酸欠状態にさらされ続けた。

 たまたま通りがかった空賊によって命は救われるが、その時には、すでにすべての記憶と感情を失っていた。記憶はなくとも、感情がないという違和感はあった。助けられた喜びもなく、理不尽な目に遭ったという怒りもなく、独りぼっちになったという哀しみもなく、何をしても楽しくなかった。


 彼を助けた空賊たちはバスコに利用価値がないと思うと、奴隷として彼を売り払った。奴隷として過酷な労働を強いられたが、つらいとは感じない。しかし、その場で大規模な奴隷の反抗があり、その巻き添えを喰らうのを避けているうちに、逃げ出したことになっていた。

 そのまま逃亡生活を送ろうとしていたが、山賊たちにバッタリ出くわしたせいで、今度は山賊の奴隷のような、玩具のような立場となった。山賊たちはバスコがかつて雲に攫われたことを知ると、面白がって同じように雲で流した。

 再び死にかけることになったバスコだが、今度はアンの空賊団によって助け出されるのである。


 そのまま、アンの空賊団の世話になることになったバスコだが、仲間や友達というものを避けていた。何をしても感情が動かないのだ。仲間とつるんでも、何もいいことはない。

 そんなバスコに執拗に付きまとってきたのが、オロチである。ついに、バスコは彼に対してぼやく。


「いい加減、俺に構わないでくれ」


 それは、ぼそりとした一言だったが、オロチの心に響いたようだった。そして、意外な言葉を返してくる。


「構わないでほしいなら構わないさ。そんなこと最初から言ってくれればいい。

 お前はどうしたいんだ、どうしてほしいんだ? もっと主張してくれ」


 この一言でバスコの目は啓かれた。失っていた感情の一つが甦ってくるのを感じた。それは憎悪だった。

 それ以来、バスコはオロチを憎むようになった。憎しみという感情に依存し、オロチを憎むことだけが生きがいであった。そのために、オロチが独立した空賊になった時には、彼の部下として付いていったほどだ。


 やがて、その憎しみを持て余すようになった時、彼に近づいてくるものがあった。ハウエルクローンである。彼女はオロチ殺害の計画と、新たな依存先の提案を持っていた。

 憎悪を向けた相手を裏切り、そして殺す。それは、バスコにとってこの上ない計画のように思えた。

 バスコはオロチを殺した。その後、ミルドランドの王に取り入り、そして憎んだ。憎しみはエスカレートしていくが、その持て余した憎悪をどうすればいいかは、すでに知っていた。

 その次にバスコが憎んだのはキビツヒコである。憎むに足るだけの才覚と実力、地位を持つ男であった。


 そして、今、バスコは新しい感情を抱きつつあった。

 それは、懐かしい、であった。憎しみではないので、アルビダを殺すことはなかった。だが、愛しさや優しさでもないので、アルビダを救おうとすることもない。

 ただ、懐かしい相手を前に、何をすればいいかわからなかった。


 飛竜のいななきが聞こえる。

 銀の飛空艇デュナミスは飛竜の腕にがっちりと包まれていた。

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