第96話 特異点って何ですか?

 特異点アンタッチャブルは夜空に消えていった。

 いろはは満足気にその姿を見送っていたが、反面、加藤は不満そうな表情を隠そうとしない。


「あら、もういなくなってしまったのね。サンプルを取るチャンスだと思ったのに」


「えぇ……、追い払えたんだから、それでいいじゃないの」


 いろはは加藤の発言に不穏なものを感じる。

 そうこうしていると、ツルギが合流し、ほかの面々も集まってきた。加藤との会話はいつの間にか中断されてしまう。


「あ、そうだ! 岩崎さん! 岩崎さんいる!?」


 いろはが大声を出した。すると、ツルギが「それはあいつだ」と親指で指した。

 そこには戦車から降りて犬を撫でている男がいた。赤いツナギに、赤いヘルメットをし、ヘルメットにゴーグルが巻き付いている。思っていたよりも、目立つ風体だった。


「ん? 俺か?」


 犬を触ったまま、岩崎は顔を上げた。


「あ、岩崎さんじゃん! 空から降ってるT字型のブロック見える? あれを回転させながら落としてほしいのよ!」


「なんだ、あんた? 俺を知っているのか?」


「咲菜、照明を頼む」


 パトカーに乗っていた咲菜が照明をブロックに向ける。その光量によって空から降るブロックと積み重ねられたブロックが露わになった。


「なんだってんだ、あれは……」


「ね! 岩崎さん、できるでしょ!!」


 いろはの迫力に押されたのか、それともすでに心が運命を受け入れていたのか、岩崎は言われるままに戦車に乗り込み、その対空砲を駆使してTテロラミノを砲撃した。

 Tテトラミノを立て所のままブロックの隙間に落とすが、落ちた瞬間にさらに砲撃を加え、T字型にできていた隙間に綺麗に嵌め込む。これにより、2列のブロックが消えていった。


「決まったよ! これこそ、Tスピンダブル!! です!!

 これが決まれば、いつもより敵に大きいダメージを与えられるはずなんだよね」


 ○○〇:おお! ついにやったか!

 ◆◆◆:Tスピンできるようになってるんだ

 □□□:やるじゃん

 ●●●:いやいや、やっとかよ

 ◇◇◇:今回もタイトル詐欺じゃない?

 ■■■:特異点の話じゃないのか


「あ、そうだった……。いつもサブタイトルのこと忘れちゃう。

 さっきのあれ、特異点? あれって何なの?」


 いろはの発言で湧き立っていた周囲が静かになった。一斉に視線がいろはに向く。そして、気まずそうに視線が泳ぐ。

 そんな反応の中、加藤がいろはの前に出てきた。


「いろはさん……よね? どこから話したらわかってもらえるかしら」


 歴史上、人類にはふたつの転換点があったといわれる。それはどちらも産業革命だ。


 人類はある時、農業を覚える。これは、ひとつの始まりが世界に伝播していったのか、同時多発的に巻き起こったことなのかはわからない。だが、農業を覚えた人類の集団は群れから社会へと変貌した。階級を生み、原始的な経済を作り、国家を形成していった。


 その後、二度目の産業革命が起きる。世界中で工業化が起こり、機械化が進んだ。これにより個人が大きな力を持つことになり、社会に近代化が起きるのだが、それ以上に大きな変化があった。人がのである。食糧の生産力が上がり、医療が発達し、交通の進歩により人の生きられる範囲が増大した。これらにより人が死ぬ機会は著しく減っていったのだ。


 現在、それと真逆の事象が起きているのである。


 だが、今やその繁栄は過去のことになった。資源は枯渇し、大戦が起こり、文明は崩壊している。しかし、それにしても人類の衰退のスピードは速い。

 人々の間ではまことしやかに「特異点」の存在が語られるようになる。当然、誰も見たことはないのだが、そんな存在がいなければ説明がつかない、そう思われる事象が起きていたのだ。立ち直りつつあった人間の集落が短期間で絶滅したり、生命線というべき道路が破壊されたりといった事件が幾度となく起きている。


 人類に悪意を持ち、巨大な力を持った開きし者が存在するのではないか。そんな噂が集まり、特異点と呼ばれ、恐れられていったのだ。


「人類が滅亡するためのシンギュラリーポイントにして、触れ得ざる者、それが特異点よ」

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