第134話 狂える山脈へ
「じゃあ、適当にぶちかましちゃってー」
息を巻くツァトゥグアに対して、ハスターは冷めた様子で言い放った。その物言いにツァトゥグアは鼻白んだように気圧されるが、すぐに調子を取り戻して怒鳴り上げる。
「おうよ、行ってくるぜ」
ツァトゥグアは助走をつけると、跳躍し、海底に沈む南極大陸の巨大な海底山脈“狂える山脈”に向けて跳び立った。
狂える山脈こそ古きものどもの最大の拠点であり、同盟を結んだ忌まわしきミ=ゴどもの飛来した地点であることを知っていたのだ。
一見粗暴で暴れ回るだけに見えるツァトゥグアであるが、その裏には知性を隠しており、眷属や信奉者たちを駆使した情報戦にも長けている。
また、魔術とも呼べる秘術も多く有し、自身の信者である魔導士エイボンを惑星サイクラノーシュに転移させ、この惑星本来の神であるイホウンデーの教団から救い出した逸話は有名であろう。
狂える山脈に突撃したツァトゥグアは、その一撃で南極大陸全土に地震を起こした。本来は火山でなかったはずの狂気山脈の山々が次々に噴火し、海水に隠されていた南極大陸は海上へと浮上していく。
これには古のものもミ=ゴも泡を食い、狂気山脈に隠れた拠点から一斉に逃げ出してきた。そうして、ようやくツァトゥグアという悪夢の根源に気づいた。
二種族も何の対策もなかったわけではなかった。両者間で共同開発していた恐るべき生物兵器があったのだ。
ショゴスと呼ばれる生物兵器が繰り出される。それは巨大な黒い塊であり、不定形にその姿を変えることができる奇怪な生物だった。無数のショゴスはツァトゥグアに纏わりつく。ツァトゥグアは振りほどこうとするが、ショゴスは切り裂くこともできず、叩き潰すことも叶わない。不定形の肉体はいくら切ってもすぐに元に戻り、どれだけ叩いてもゴムまりを叩いているようなものだ。ツァトゥグアはあっという間ショゴスに囲まれ、もはや身動きすらできない。
ツァトゥグアに従う神々が救援に向かうが、やはりショゴスに傷をつけることはできない。
「あーあ、なに遊んでるのよ、あいつら」
ハスターがいつものように見えない顔に飽きれた表情を浮かべてため息を吐く。
その様子を眺めながら、
「えっ、えっ、助けに行かなくていいの!?
ツァトゥグアくん、ピンチみたいだけど」
「あのねぇ、生物に負けるようだったら、神なんてやっていられないの」
ハスターのピシャリとした声が響く頃、事体はまた変わっていた。
ナグとイェブの二柱の小神はショゴスの体内に入り込むと、その肉体を爆散させ、瞬く間に殺害した。
ハンはその蛇のような本性を開放すると、ショゴスを瞬く間に飲み込み、あっという間に消化していく。
そして、ニョグタは黒い不定形の塊のような姿をしていた。それはまるでショゴスと似たよう姿である。実際にショゴスは古のものがニョグタの姿を似せて、ニョグタの指導のもとに生み出したものであった。
故に、ニョグタにはショゴスがどうすれば壊れるか熟知している。狂ったような笑いを響かせつつ、数々のショゴスを瞬く間に分解していった。
「うふふ、お母様、安心していただけましたか」
いろはのそばで急に笑い出したのはガタノトーアであった。この神性だけは戦いに参加せず、いろはやハスターと同じく、この戦いを眺めているだけだった。
「ええ!? なに? この物言いは、もしかして加藤さん?
あなたは戦いに参加しなくていいの? それにお母さんって何なの?」
急に現れたガタノトーアにいろはは不信感を抱いた。ただ、その話し方から加藤、ハウエルクローンを思い浮かべ、少しだけ安心する。
「戦いは私などいなくても、結果は決まっているようなものですよ。
クトゥルーお母様、世界も神々もあなたが創られたのです。ならば、私はあなたの子供にも等しいでしょう。それだけですよ」
いろはとガタノトーアが話しているうちに、また局面が変わった。
ショゴスによって身動きを封じていたツァトゥグアが動いたのである。
「おどれらぁ、いつまで纏わりついておるかぁ!」
そう怒鳴ると、ツァトゥグアはショゴスもろとも地中に潜っていく。その勢いのまま、地殻を貫き、マントルを打ち抜き、惑星の核へと突入した。核の温度に耐え切れずショゴスは次々に力尽きていく。
纏わりつくショゴスがいなくなると、ツァトゥグアは南極大陸に戻ってきた。
しかし、ついにミ=ゴと古のものが共同開発した巨大生物兵器が姿を見せ始めていた。
忌まわしきミ=ゴの黒い甲虫のような外殻が組み合わさり、巨大な生物の姿を取る。そこにショゴスが被さり、外殻を覆っていく。ミ=ゴの外殻は星間飛行を可能にする極めて運動性の高いものであり、ショゴスは言うまでもなく神々でさえ傷をつけられない強靭な肉体だ。
両種族による最強の融合兵器ヌガー=クトゥンが完成していた。
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