最終章:オープンキャンパス/裏庭の隠れ姫
第51話 特別な女の子
私が通う大学は、駅の近くという、交通の便利な場所に建っているわけではない――、山奥というわけではないけれど、なんというか、自分一人でどうやって通うにしても、不便な場所に建っている、と言うしかない。
それでもこの大学に通う生徒は多く、それに人気があって、毎年毎年、募集している人数の十倍以上は、応募者がいるという化け物大学である。
ちなみに女子大学なので、男子はこの大学に存在していない――教師だって全員女性で統一されている。教師側は逆に、この職場に就くのは嫌な人が多く、不人気だった……、生徒として通うとなれば人気が高く、教師が勤めるとしたら人気がないというのは、つまり、生徒が一癖二癖もあって、教師よりも力を持っている、ということである。
別に学校内で特別な役職があるわけでも、教師が持つ権利よりも、生徒が持つ権利の方が大きいという、前例と常識を覆すような革新的過ぎるシステムを取り入れているわけではない――、教師よりも生徒の方が強い、というのは周りからの評価であり、実際そう見えてしまっても不思議ではない。
正確に言えば、生徒が強いのではなく、その生徒のバックが強いというわけである。生徒側の、親……、彼、彼女たちが子供に対して過保護過ぎるから、親は少しの不満を漏らした子供の味方をする。
親馬鹿であり馬鹿親である。
学校側にとって最大の客は生徒ではなく生徒の親であるので、そのお客様の意見を無下にすることはできないし、積極的に聞き入れていくしかないわけだ。
何事も、好感度が高い方が良いに決まっている。
悪評が広まれば、伝達は早く、学校の信用に関わってきてしまう。
だから怒らせることなどあり得ない――、親の意見を捨てずに取り入れてくれる学校、として対応したのが、この学校の間違いだったのかもしれない。積極的に親の意見を取り入れていく、その裏にはそうしなければ学校の悪評は広まってしまい、学校側の立場が危うくなってしまい、生命線が途切れてしまうという事実が存在している。
それを知った親は当然のように、
クズ人間のようにそれを利用し、学校をシステム面から改造し出したのだ。
子供にそれを教えて――親子揃って、学校を脅しているような、そんな学校。
元々、そういう面の才能を突出させる素質がある生徒が集まる場であったのだ。なぜならここは、お嬢様学校である。あらゆるお金持ちの一人娘……、いや、二人でもいいけれど、そんな娘である少女たちが、この学校に入学している。
お嬢様学校卒業、という経歴だけでも、社会に出た時に少なくとも有利に働くので、親馬鹿である親たちがこの学校に娘を通わせるのは、当然の思考回路だろう。
今ではお嬢様学校……、
お嬢様が支配する学校、という意味での、お嬢様学校になってしまっているけど。
教師に力はなくなってしまっている。権利が弱いという事実が、動くに動けない枷になってしまっているけれど、それ以前に、教師たちのやる気が完全になくなっている――。
戦意が喪失しているのだ。
学校にいる教師たちは、廊下ですれ違う度に、生徒を見ずに、顔を俯かせている。
……それを見てしまえば、完全にこの学校は終わっている――、
そう言っても仕方ないのではないか。
こんなにもお嬢様学校のことをぼろくそに言っている私も、この学校に通っている一生徒なのである。別に私は、お嬢様と言うほどお嬢様の家系というわけではないのだけど――いや、それは私の勝手な言い分か。
お嬢様という括りで見れば、最下層に存在するような力の弱い家系なのだけど、きっと一般人の視点から見れば、最高位に位置する家系なのだろう。
だとすれば、一般人から見た、お嬢様の最高位に位置する家系はどう見えているのだろうか。神にも等しい存在なのだろうか――、認識するのにも、許可を取らなければいけないような、突き放されている位置関係なのだろうか。
……なんにせよ、違う世界の住人なのだろう。
そういう意味では――あの子も、違う世界の住人か。
比島サナカはお嬢様の家系の子供ではない。至って普通の高校を出て、至って普通の一般人の家系から出てきた、ある程度はなんでもできる、普通で普通の女の子だった。
入学式から数日後、あの時、出会ってから、少ししてからの雑談で、どうやってこの学校に入ってきたのか、と聞いてみたところ、彼女は、
「特別枠、らしいのよ――高校の先生が必死に推薦をしてくれて、それでわたしは入学試験とは別に、簡単な人間測定をしてもらったんだけど、それの結果が、良かったらしくてね……。特別枠として、例年よりも全体で一人多く応募者を取ることによって、入学できたってわけ。
その測定の結果がどうなのかは、答えが返ってきていない今、分からないんだけど――ね」
と、言っていた。
人間測定というのがなんなのか、一つ一つの単語は聞いたことはあるけど、その二つをくっつけたのは聞いたことがありそうで、でも実際に聞いたことはなかった。
なんとなく、想像はできるけど、それは想像でしかなく、現実ではない。
予想をいくら積んでも、答え合わせをしなければ答えは出ないのだ。
結局、なにをしたところで分からず、不明なまま、あの時もそれ以降も、彼女と交わしたその会話の、疑問の部分の答えは、解明されなかったわけだけれど――、
あの会話がきっかけだったのだ。
きっかけ――そんなわけで、彼女は未知な存在であると、彼女のその話で感じていた私はそれから、彼女の傍にいようと決めた。
お嬢様としては最下層にいるからこそ、立場的に近いから、という理由で親近感が持てたのかもしれない。それは自分よりも少し下の位の人間を傍に置いておくことによって、自分を引き立てるという、最悪で最低な思考回路の結末なのだけれど――。
でも実際、彼女と一緒に私が歩くと、逆に私が下に見られてしまう……、それだけ、なにも知らない生徒からすれば、サナカの立ち姿や行動や話し方や接し方は、お嬢様としては最高位に属するようなレベルに達していたのだ。
すぐさまファンをつけている彼女のことが、妬ましく思わなかったと言えば、嘘になる。
嫉妬していた、うざいと思っていた、なんでこんなやつが……と思ったことは何度もあった。
でも、私は実際に彼女に攻撃をしようとは思わなかった。
直接でも、間接でも、しなかった。なぜなら、彼女の近くにいたからこそ感じた、未知以上の不気味を感じてしまったからだ。
一日一日、違う人物が傍にいるような、そんな感覚。
比島サナカという人間は一体、誰なのか――私はそればっかりを考えていた。
一緒にいれば答えが見つかるかもしれない――、様々な人を無意識に呼び寄せてしまう、なのに本人はとても嫌がって、でも外面は良く見せている、あの矛盾している体質。
そして変わる、人格と性格と本質――どれがサナカなのか、サナカなんて本当にいるのか、答えを見つけたかった。
でも、それは結局、見つけられないまま――事件が起きて、彼女は、壊れた。
復讐に憑りつかれたのだ――、そんな自分のことを大事ともなんとも思わないまま、人格が固定されてしまった。外面は良く、周りの生徒も事件を知っている者からすれば、サナカの不気味さは漏れ出てしまって勘付かれてしまっているけれど、それを知らない生徒からすれば、変化を感じることはできていなかったのだろう――。
でも、やはりそれでも出てしまうものは出てしまうもので、事件のことを知らない生徒たちでも、段々とサナカから離れていった。
きっと本能的に、彼女には近づいてはいけないと、分かったのだろう。
みんなが離れていっても、サナカは気にも留めず、元々一人だったかのようになんとも思わず、表にも出さず、ひたすらにぶつぶつと、復讐のことだけを考えて、呟いていた。
近くにいたのは、私だけだ――。
私だけが、味方だったのだ。
彼女のことを放って捨てておくのは簡単だ。離れていればいい――関わらなければいい。
そう思ってはいても、私はいつも通りに彼女の近くにいってしまう。会話をしなくとも、そこにいるというだけで安心するような居心地の良さを、感じてしまっていたのだ。
だから、助けたかった――友達だから。
だから、助けたかった――復讐に憑りつかれている、彼女を。
復讐に憑りつかれているということは、きっと精神になにかあるのだろう――と思った私は、急遽、先生に頼み込んで、精神について勉強を教えてもらった。
先生よりも生徒の方が権利が強い、という理不尽で、先生側のことを考えれば申し訳なくなる、この学校特有のシステムも、あの時だけは感謝しなければいけなかった。
あれがなければ、私は彼女を救うための一手を思いつけなかったのだから。
そして辿り着いた私の策は、彼女の精神に入るということ――けれど、言うのは簡単で、技術的にできるかどうかはまた別の話で、そちらの知識も得なければいけないのだけど……、
それは私の友人に心当たりがあったので、彼に頼んだ。
別の大学にいる、幼馴染である――。
彼と言っているのだから察せるとは思うが、幼馴染は男子である。メガネをかけて、白衣を着ている、研究者らしい彼だ。
私が考えている精神の中に入るための技術を研究しているという、ピンポイント過ぎる内容に私は着目したのだった。
すぐさま、これまでの経緯を話し、彼に頼むと、彼は、嫌々ながらも、けれどそう言いながらも楽しそうな顔を浮かべるのだ。
……手伝う代わりに私が一ヶ月間、彼の助手になり、こき使われるという条件が決断を鈍らせたけど、サナカのためである――それくらいは、いいだろうと思って受け入れた。
そして――今。
復讐に憑りつかれた悪であるサナカ――世界の意思である彼女と、作り出された複製人間であるサナカ……、彼女たちが融合して計画が成功してから、一週間が経っていた。
本当ならば今日の今は授業中なのだけど、急な幼馴染の呼び出しで、私は彼の元へいかなくてはいけなくなってしまったのだ。
単位に響くわけではないから、優秀な私だからいいけど、それにしても彼の大学で、彼にあんなにもこき使われるのは、肉体的に負担は少なくても、精神的に負担が大きい……。
がっくりと全身に疲労を溜めながら、彼の大学を出た私は、重く、長い、溜息を吐いた。
「……残り、二週間以上も、こんな生活をしなくちゃいけないの……? もう嫌よ、嫌……」
と言っても、そういう契約をして協力してもらったのだから、今更、文句を言ってもどうしようもない――もしも言えば、さらに酷い条件や提案をされそうで、だったら今のまま、がまんしていた方がいいというものだ。
あと二週間以上だけど、
もう二週間以上しかないのか、と考えれば、いくらか気分は楽になる。
楽になる、と思い込んでいるだけなんだけど。
とにかく、一旦、彼のことは忘れて自分の大学に戻る私は、今はちょうどお昼前――ということは、私が大学に辿り着く頃には、大学は昼休みだろうという計算をして……、だから途中でなにかを買うことはせずに、学食で食べればいいかと決めて、空腹を放置しておいた。
電車とバスと歩きを使って、長い時間をかけて移動して――遂に大学に到着する。
時刻は十二時を過ぎていて、溜めていた空腹も、もう峠を越していて、逆に満腹な感じだった。これならば別に学食でなにかを食べなくてもいいかな、と思い、良いダイエットになるだろうと、気休めだけれどそう思って、校門を通る。
通り過ぎる生徒たちの会話が耳に入ってくる――断片的だけれど、複数人の会話を繋ぎ合わせれば、会話の内容は見えてくる……。
なにを話しているのかと言えば、隠れ姫が裏庭でティータイムをしているらしい。
私はその隠れ姫に心当たりがあったので、すぐさま、裏庭に向かうことにした。
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