第8話 スイーツエリアでご乱心
うぐぐ、と唸るわたしを見て、しいかさんが、ふふん、と体を逸らして胸を強調する。
――そこで、わたしは気が付いた。
しいかさん本人の言い分と遠目から、雰囲気で決定づけてしまっていたけれど、
でもこうして強調しているのを見てみると、あれ、案外――、
「……しいかさんって、別に、巨乳と言う程に巨乳なわけではないような……」
びくりと、しいかさんが反応したような気がした。
自覚でもあったのだろうか、確かに大きいは大きい――、わたしがしいかさんの胸に突撃すれば、跳ね返されるだろう。
けど、顔を埋めることはできないと思う……加えて、たぶん物足りないと感じてしまう。
中途半端な胸を、この人は、巨乳と言った――しかも自分で。
自分で言うことではないと思う。
でも、いや、人から言われても、それはそれでその評価も嫌ではないけど、
なんだか納得できない、みたいな?
宙をふわふわと浮かぶ、感情のやり場に困るよく分からない感じになるけど。
「――ねえ、サナカ、貧乳のあなたに言われても負け惜しみにしか聞こえないわよ?」
ぴくぴくと引きつっている顔でそうだろうなと思う事を言われた。
わたしも自覚はあった――こんなことを言えば、嫉妬しているから、いちゃもんをつけているようにしか見えないだろう、聞こえないだろう。
それでも、分かってはいても言ってしまったのは、やっぱり、わたしが気にしていることだったから。女子ならば絶対に話題に出ることで、言い争いになれば絶対に出てくる項目で、女子としての優劣を決めるためにも、よく利用されるものでもある。
いつも思うけど、巨乳の人が強いって、おかしいと思う。
大きいからなんなんだ、大きいから偉いのかっ。
大きいって、男が群がってくるだけじゃないか!
自分の胸しか見るところがなく、
たったそれだけで寄ってくる男を脇に置いて、なにが王女さま気取りだこの馬鹿っ!
ふー、ふー、と息が荒くなる。
胸の大きいクラスメイトを思い出して、そして言われたことを思い出して、怒りが込み上げてきた。彼女としいかさんを重ねたわけじゃない――、重ねたとしても胸の大きさがしいかさんの方が圧倒的に負けているから、重ねることはできないんだけど――。
だからここで怒りを表に出してしまうのは、しいかさんに失礼だったので、なんとか抑える。
「サナカの気持ちは、まあ分かるわ――、
私も、同じ気持ちを味わったし、現在進行形でね」
え? とわたしは顔を上げる。
どうやら、今の頭の中での文句が、口から外に無意識に出てしまっていたらしい――、
つまりわたしが劣等に感じていることが、漏れ出てしまっていたということで、
それにしいかさんが同調してきた。
「分かる、の……?」
「分かるわよ。だって、私だって分かるわよ――大きいとは言えない、大きさだって」
しいかさんは両手で自分の胸を少し、持ち上げた――、うん、確信した、大きくはない。
つまりしいかさんは、最初は別世界の住人だと思っていたけど、やはりこっち側だ。
「ようこそ、
「そこまで堕ちたつもりはないんだけどね!」
私は普通よ、普通! 正常なだけなのよ――ノーマルよ、と、しいかさんは必死になってわたしにそう言い聞かせてくる。自分よりも年上の女の人がここまで必死になっているのを見ると、まあ見苦しい。まあ鬱陶しい。でも頑張っているから、最後まで見守ることにした。
はあ、はあ、と呼吸を荒くさせながら、しいかさんはやっと言葉を出すのをやめた。言いたいことは全部、言ったのだろう――。
なんだかんだと言いながらも結局は、しいかさんはわたし達の世界の住人だ。
ただし、それは世界を二つに括った時の場合であり、どれだけわたしが引き込んでも、しいかさんは途中の所にいるのだと思う。
極と極で分ければわたしの方に来るけど、そうでなければ、どっちつかずにいる。
良くも悪くも普通で、ノーマルで、正常で、中途半端で、ありきたり。
万人受けなタイプなんだから全然、極振りされている人よりも全然良い立場いるとは思うのだけど、たぶん、そういうことじゃないんだろうなあ。
しいかさんが求めているのは、そういうことではなくて、やっぱり、女子の世界にいれば登ってみたくなるのだろう、大きい方に、極振りをしたくなるのだろう。
あの負けず嫌いの性格はきっとそうだ。
これ以上の言い合いは、終わらなくなるところまで突き進みそうだったので、そして現時点からの逃避になってしまい、話の本題からうんと逸れてしまっているので、
そろそろ、戻ろうと思った――、
だから必然、話の雰囲気が、急にがらりと変わる。
わたしは言う。
「しいかさん、ここは、どこなんですか?」
うーん、としいかさんは指を顎に添えて、
「まあ、東京じゃないわよね……」
「東京というか、世界が違う気がするんですけど……」
しいかさんの驚きの発言に、わたしは溜息を吐いた。
別にしいかさんのその答えにガッカリだった、というわけではない。
それでもやはり少なからずのガッカリはあるけど、目に見える程に態度を変えるようなガッカリな態度はしなかった。
わたしが溜息を吐いたのは、しいかさんという頼れる仲間ができたのはいいけど、依然、変わらずこの世界の謎は解けないのか、ということについての溜息だった。
謎は深まるばかり。
謎を解きたければ、分からないことを消化したければ、
実際に動いて自分自身で探索するのが一番だけれど……。
しかしさっきの黒い生物がうじゃうじゃといるのならば、
不用意の出歩いて、大胆に探索するのも、どうかと思う。
今はこのお菓子の世界にいるからこそ、安全だけれど――。
「ふーん、サナカはここを異世界と解釈するのね――うん、まあ、私もそっち派だけど」
「そっち派――ってことは、他にも人がいたってこと?」
「いないわよ?」
と、疑問符をつけて言い放つしいかさん。
「死体は見たけど、生きている人は見ていない。
というか、生きている人なんているのかしら。
生存しているのはサナカと私くらいなものだと思っていたけど――」
「え、でも、さっき――」
そこにかろうじて生きている人がいて、と続けようとしたけど、そう言えばそのかろうじて生きていた男性は、あの黒い生物が変形した姿だったのだと思い出して、そこで言葉を止める。
「いつの間にか、異世界に飛ばされていた――私も最初は、この『スイーツエリア』にいたから、本当に絵本の中にでも迷い込んだのかと思ったわよ」
「スイーツエリア?」
「スイーツエリア。見て分かる、当たり前のお菓子が漂って存在しているから、私が勝手にそう名付けてみただけ――で、外側の黒の世界は、『デッドエリア』と呼んでる」
へえ、と相槌を打ちながら、
分かりやすくていいなと思い、これからわたしもそう呼ぼうと決めた。
しいかさんの言うことを信じるのならば――ちなみに、疑う気はない――しいかさんもわたしも、二人共スイーツエリアで目覚めたということで、デッドエリアに出会ったのは、後になってから、ということになる。
スイーツエリアが絵本の中のようで、低年齢向けのようで、だからおとぎの国にでも迷い込んでしまったような――異世界にでも迷い込んでしまったかのように思ってしまうけど、でもデッドエリアは、現実世界と光景があまり変わらない――、
そのため、異世界へ迷い込んだ、という予想が、揺らいでしまう。
現実世界の延長線上――、まるで目が覚めたら世界滅亡の途中だった、みたいな。
現実と異世界が入り混じっている世界は、でもやはり、異世界なんだろうな、と思う。
似ていても、似ているだけで本当ではない。
見たことある風景でも、現実世界の風景を引っ張り出せば、確かに違うという確信もある。
でも、だから結局どうなんだ、と聞かれても、答えは出せない。
勝手に異世界に来たと言っているけど、言い張っているけど、
もしかしたら本当に現実世界の延長線上にいるだけかもしれないのだから。
でも、もしもそうだとして――。
みんなは? お母さん、お父さん。
クラスメイトの、みんなは、友達は?
しいかさんの――知り合いは?
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