第9話 デッドエリアに棲むアクシン
「……死んでるわ」
しいかさんはわたしの質問に、そう答える。
この訳が分からない世界で知り合いに出会えたというのは、それだけ充分に幸運で、ついていると思えるものだけど、でも、会えた人物が死んでいるというのは、幸運なのか不運なのか、いまいち分からなかった。だからなんて声をかけたらいいのか、分からなかった。
「別に気にしないでいいわよ――。
あのデッドエリアで生き残れている私達の方が、異常なんだから」
まるで、死ぬことが必然、とでも言うかのように。
「デッドエリアでは生き残れない――だからこそ、救済措置として、このスイーツエリアがあるのかもしれないわね。でも、ここを見れば分かるように、スイーツエリアは、狭いし、どこにでもあるわけじゃない。圧倒的に数が少ないのよ」
今、わたし達がいるスイーツエリアの大きさは、大きいとは言えない――、かと言って小さいと言うのも、違うような大きさだった。
教室くらいの大きさ――だった。
さっきまでは。いま気づいたけれど、さっきまでは教室くらいの大きさがあったのに、今は、その半分くらいになっていた。
小さくなってきている――それはつまり、このままじゃあ、
いずれこのスイーツエリアは消えてしまうということになる。
「そろそろ、時間切れ、ってことね」
「……しいかさんは、なにをどこまで知っているの……?」
「なにも、と言うほど、調べていないわけではないけど、サナカと大して変わらないわ。さっき目が覚めて、どこだどこだと探索していたら、デッドエリアに出てしまった。
そこで、見た、死体、友人達、家族達の死体――。
殺され方は、私の知らない赤の他人よりは優しかったけど、まあ、関係ないわよね……」
少ないながらも思っていたのかしらね、としいかさんはぼそりと言う。
「し、しいかさん?」
「ううん、なんでもないわ。それでね、デッドエリアで見た死体……、申し訳なかったけど、どうしようもできないから、そこに捨て置いたわ。
そして私も同じように襲われたわ、あの、黒い生物にね――」
黒い生物。
わたしたち二人を除けば、現時点で生存者として判明している生物――、
生きている、生き物。
「ああ、そうそう、サナカは見たかしら、スイーツエリアの壁に刻まれていた、あの文字」
「文字……――あ!」
心当たりがあったので思わず声が出た。
「私もあれを見たわ――と言っても、スイーツエリアではなくデッドエリアで見たんだけどね。
スイーツエリアにもあったけど、どういうことか、よく分からなかったから……、
ひとまずはスルーしておいたわ」
それを言うならわたしもよく分からず、ただぞっとしただけで、ぜんぜん内容なんて、理解できなかった――なので特に、それについては言わなかった。
「でも、デッドエリアの方には、分かることが書いてあった。
あの黒い生物は、『アクシン』と言うらしい。
なんでも、もう分かっていることを繰り返して言うことになるけど、
スイーツエリアには入ってこれない、それが弱点の、デッドエリアの住人」
「スイーツエリアがなくなれば――」
「私たちは絶対絶命ね」
しいかさんが笑う。笑うところではないと思うけど、ゲームオーバーが目に見えてしまえば、なんだか笑えてきてしまう。
別に、もうだめだって感じで、諦めた渇いた笑いではなくて、未知の時よりも相手が分かったからこそ――どうすれば生き残れるのか分かったからこそ、自然と出た笑みだった。
暗闇を明かりなしで進んでいる状態が、さっきまでだった――。
でも今は、明かりを得ることができた。
安心しただけで危険ということは大して変わっていないのだけど、
でも、少しでも安心できたのは、心の余裕的に、大きい。
「じゃあ、スイーツエリアを移動していけば、そのアクシンには狙われない、襲われない、もしかしたら倒せるかもしれない――」
「それに、スイーツエリアを辿っていけば、なにか分かる気がするのよね――」
なぜか、確信があるかのようにしいかさんが言う。
「この世界が、私達に有利になるようにこのスイーツエリアを用意したのならば、そこを通っていくことに、意味があるのかもしれない」
意味――目的が、あるかもしれない。
「この世界から出ることができるかもしれない。でも、まだ根拠があるわけじゃない……。
プラス的な予想をしてしまうと、逆にマイナスの予想も立ってしまうわけで、
このスイーツエリアが罠っていう可能性もあるけど、どうする、サナカ?」
「え、わたしに振るの? そういうのはしいかさんが決めた方が……」
「じゃあデッドエリアを彷徨う方が、私としてはいいんだけど――」
「絶対こっち!」
あり得ないことを言い出したしいかさんに、わたしは力強く言う。
あの、アクシンが多数いる場所をなんで好んで歩かなければいけないのか。
さすが、と言うべきか、デッドエリアにいながらもアクシンを蹴飛ばしたしいかさんである。
強い人からすればデッドエリアに居ても安全と変わらないのだろうか――、
そんなこと、わたしにはできないから迷う余地なく、スイーツエリアに行くに決まっている。
「――よし、それでよろしい」
しいかさんがわたしの頭をぽんぽん、と叩く。
あれ、なんだか、誘導されたような――、決め切れないわたしの優柔不断さを、あと押ししてくれたのか……。荒っぽいなあ、と思いながらも、あの一言がなければうんうんと考えてしまっていただろうから、しいかさんに感謝しなければいけない。
「あ、時間切れも本格的になってきたわね――」
うだうだと話していると、教室の半分くらいまで小さくなっていたスイーツエリアが、今度はさらに半分になってきていた。
まだ、わたしとしいかさんだけならば余裕はあるけど、二人で寝転ぶことはできるだろうけど、たぶん次の範囲減少が起これば、きっと二人で寝転がることはできないだろう。
そう思っていたら、
「――え?」
範囲減少していたスイーツエリア、その面積が、一気に減っていく。
二、三個の工程を飛ばして、いきなりわたし達がいる場所の範囲を、減少させていき、つまり、わたし達はスイーツエリアに立っていたのに、強制的に、デッドエリアに叩き出された。
周りにアクシンは、目に見える範囲にはいないけど、
「気配は、する、よね……?」
「まずいわね――ここの近くに、スイーツエリアはなかったはずよ――」
しいかさんのそういう焦るような声は、一気に不安になるからやめてほしかった――、
勝手な言い分だけれど、これは年下が抱く勝手な想像だけど、年上のお姉さんには余裕を持っていてほしかった。
「仕方ないわ、ゆっくりと、恐る恐る歩いても、見つかる可能性は少なくても、移動に時間がかかる――だったら、走って距離を稼いだ方が良いに決まっているわ」
しいかさんはわたしの手を掴む――、
まるでわたしを助けてくれた時のように。
しいかさんはわたしを引っ張りながら、
「――走るわよ、サナカ!」
「え、ええっ!? 待って、待ってよしいかさん、速いってば!」
足が絡んで転びそうになったけど、しいかさんが上手いこと支えてくれて、助けてくれた。
ここで疑問に思うのは、なんだか失礼な気もするけど、この世界での危険を、さっきのも含めて、どうしてしいかさんはわたしを助けてくれるのだろうか……?
こんな状況だからこそ助け合いなんだとは思うけど、でも、それができる人は少ない。
しいかさんはできる人、ってことなんだろうけど――。
わたしでも分かる、見て分かる程に足手まといであるわたしを、わざわざ助けるのは、なんでだろう? ……正義感、見捨てられないから、年が近いから、年下だから……、
理由は色々あれど、ただそれだけなのか――、他にわたしが必要な、いや、わたしでなくてもいいのかもしれない。誰でもいいから、自分以外の人間が必要みたいな、そういうなにかを企んでいるのかもしれない。
「どうかした、サナカ?」
「いや、なんでも、ないよ――」
疑心暗鬼が止まらない。
こういう世界だからこそ――そういう心理が誘われる。
本当に――、三百六十度、安心できなかった。
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