第10話 向かう場所

 わたしとしいかさんは、手を繋ぎ合って走る――。

 今のところアクシンは襲ってきていないし、そもそも、姿さえ現さない。


 それは単純にこの近くにいないのか、

 個人的にはその方がいいけど、そうそう上手く自分の願い通りに現実は進まない。


 恐らくは、隙でも窺っているのだろう――、

 壁際でひょっこりと顔だけ出してこっちを覗いているのだろう。


 もしもそうでなかったとして、そう考えておくことがこれから先の展開、なんでも対応できるというものである。


 目的地はなく、ランダムで走っている――と言えるものだけど、でもそう言い切れる程にそれに徹しているわけではない。確かに目的地なく進んではいるけど、たまにしいかさんがなんとなくなのか確信があるのか分からないが――、道をちょくちょくと変える。

 ついでに方向も大げさに変えることもある。


 女の勘よ、としいかさんが言うので、確信に近いものかもしれない。いやまあ、曖昧なものだったけど、先導しているのはしいかさんなので、わたしはそれに従うまでだった。


 走っている最中に見つけた、何度も見つけた死体――、血だらけの人間たち。

 大人のみなさん、わたしと同じような年齢、それ以下――。


 もちろんしいかさんと似たような年齢の人もいて、

 誰も彼もが例外なく、アクシンの被害に遭っているらしい。


 スイーツエリアという救済措置が生まれたのは、

 襲われ始めてからしばらくして、だったのかもしれない。


 もしも最初からスイーツエリアがあれば、

 そこに逃げればいいだけで、誰も死なないはずなのだから。


 ただしそれは、スイーツエリアを見つけることができればの話――、

 見つけることができなければ、デッドエリアを彷徨うことになり、逃げ続けなければいけなくなり、緊張感を背負い続けることになってしまう。

 体力は大幅に減る、精神力だって、削られる……。

 だからこそ、殺されやすくなってしまう。

 まさにその状態に向かっていっているのが、今のわたし達である。


「――こっちね」

 と、しいかさんがまたもや道を変えた。


 付き合う気はあり、文句はないし対立する気もないけど、だからこそ、少し休ませてほしかった。なんだかんだで数十分も休むことなく走りっぱなしである――。

 もう走れない、足が棒のまま、折れてしまう……ということになるわけではないけど、これからに影響が出る。


 これからのことを考えて、


「しい、か、さん――少し、休ませて……っ!」


 はぁ、はぁ、と荒い息を吐きながら、わたしは繋がれた手を一方的に振りほどきながら、四つん這いになる。汗が、つー、と垂れて、おでこから頬にかけて、くすぐったかったけれど、全力疾走でマラソンをしていた後の今の状況では、そんなことを気にしている余裕などなかった。


「休むのはいいけど、ここは、少しまずいかもね……」


 なぜならデッドエリアのど真ん中。


 どんな素人でも、この世界の知識とさっきの体験があれば、絶対に今、この場にいることがどれだけ危険なのか分かる。だからすぐに移動をするとは思うのだけど、今のわたしは危険よりも休憩を、休息を優先させた。


 たぶんわたし一人ならば動いただろうけど、しいかさんがいることによって、もしも襲われたとしてもしいかさんに任せられる、と頼ってしまっているからこその、この素人もびっくりの対応なのだった。


 だけれど、いや――、


「…………」

 まだ完全にしいかさんを信用できていないわたしは、もしも襲われた時、しいかさんが守ってくれるということを、頼りにすることはできなかった。


 良いのか悪いのか、その疑心があったからこそ、わたしは休息を中断させて動く気になった。

 本当に、良いのか悪いのか分からないところだ。

 疑うならば中途半端で終わらせずに、いくところまでいって、そこで晴らすのが一番良い――そう思ったわたしは、疑えるところまで疑うことにした。


 メインとしてどうするかどうかは、これからの成り行きに任せるとして、とにかく今のところできることは、しいかさんに任せることはできないということ。


 つまりしいかさんに行先を決めさせるのではなく、ここから先は、わたしが先導することになる。そうすればしいかさんだけの干渉ではなくなるし、自由意思がわたしの分も入るので、イレギュラーが起こりやすくなる。


 わたしだって好んでしいかさんを疑っているわけではなく、環境が生んだ必然に流されているだけ。そこに自分の意思がないと言えば嘘になるけれど、少ないものなのだ。


 疑いたくないけど、後々の大事なところで迷いが出ないために、今のこの行動が、伏線が、布石が、後々の迷いをかき消してくれる――はず。


 そう信じて、わたしは立ち上がり、しいかさんが向かおうとしていた道からはずれて、とは言え、ただ途中で曲がっただけなんだけど、そっちに進んだ。


 商店街みたいなところを走っていたわたし達は、わたしの先導で商店街からはずれた。

 向かった先は駅――、駅前のショッピングモールだった。


 けれど外観は見たことあるもので、中の構造も同じなのだろうけど、圧倒的な人の気配のなさと、ぼろぼろの、今にも崩れそうな廃墟感で、知っている場所ではないことが分かった。


 そこに向かうことに理由があるわけではないし、順当通りを消したくての行動なので、別にあのショッピングモールに行かなくてもいいのだけど――と思っていると、理由ができた。

 わたしも声に出したけど、後ろから、遅くついてきたしいかさんもまた、声を出した。


「あ、――あれ!」


 二人して指を差した。

 視線と指の先には見たことがある、望んだ区域があった。


 スイーツエリア。

 どうやらスイーツエリアが存在していることを示す桃色の、粒子のような、きらきらと光るそれが、ショッピングモールの壁を越えて溢れ出ているらしい。


 粒子は、ここから見える遠い方の建物――東館から出ていて、そこに行くには、通路が繋がっている、近い方の建物――西館からの空中通路を使うのが、一番の近道らしい――。


 ここで近道を使うのは、罠にも見えたけど、下を通って向かうのは、障害物の関係で大回りになってしまい、そこでアクシンに襲われてしまえば、そっちもそっちで、洒落にならない。

 ので、ここは危険が充満している近道でも、構わずに行くしかなかった。


「他にも、もしかしたら――」


 ああいう風に粒子として姿を見せてくれるのならば、他にも存在しているかもしれないと思ったが、この近くにはなかったようだ。


 ガッカリしながらも、

 けど一つは確実に見えているので、そのガッカリもすぐに消えることになる。


「まあ、あるのならば行かない手はないわよ――、

 辿り着ければ、他の道が開かれるかもしれないし」


「なんか、アクションゲームみたい……」


 この、誘導されている感が――。


 プレイヤーの気持ちになっている感じが、ゲームをしているみたいに感じる。


 でも、違うと思う。現実的過ぎるから。


 画面の中に入り込んだ、って感じではない。

 そう感じてしまうきっかけは、だから偶然でしかない。


 でも、ゲームであってほしいと願うのはよくないことなのだろうか――、

 だってゲームにはゲームオーバーがあるけど、それは現実世界でも同じことで、けれど現実にはなくゲームにあるのは、ゲームのクリア。


 ゲームをクリアすれば、この世界から、逃げ出せるのだろうか。


 本当の現実世界へ――みんなが生きている世界へ、帰れるのだろうか。

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