第11話 救難信号
全ては、スイーツエリアに行くことで、分かること。
実際はそこからスイーツエリアを渡って、先へ行くしかないんだけど、それさえも本当の道なのか疑わしいけど、それしかヒントがない以上、それに縋らない手はない。
やれることを好き嫌いせずにやるべき。
今のわたし達は、それくらいに切羽詰まっている。
とにかく、スイーツエリアを求めて、わたし達は西館へ向かうことにした。
大きな道路を横断するという普段ならば絶対にできない大胆なことをすることになってしまった――、脇のガードレールは歪んでいて、スカートを押さえるまでもなく、跨ぐことができた。
けれどしいかさんは、
「見えたわよ――パンツ」と言う。
「――っ」
歯を食いしばって慌ててスカートを押さえる、わたし。
女同士なのだから、と言われたらそうだけど、と言うしかないけど、相手が男でも女でも、こうしてスカートを押さえるというのは、自然な行動なのかもしれない。
だって無意識だった。
自然と体が動いた感じ。
今までスカートが見えてしまうなんてことがなかったから、いざなってみたら分かったけど、わたしはこういう場合、声は、悲鳴は上げないなんだな、と分かった。
ただ恥ずかしくて、赤面するだけ。今は顔が熱かった。
「……そういうことは、言わないでほしいんだけど」
たとえ見えてもね。
「ごめんねえ。でも、あの絵柄はないわよね――」
「っ、――――っっ!」
言葉にならない悲鳴が上がった。あ、やっぱり出るんだ、声。
と、心の中では冷静に考えていることができているけど、かなり恥ずかしい。
たぶん、子供っぽいんだろうなあ、と、たぶんというか確実にそうだろうという絵柄のパンツを見られた――、なんで今日、これを穿いているのか疑問だけど、そんなのを穿いた記憶はないけど、穿いているということは、当たり前だけど、穿いたということなのだろう。
記憶が曖昧だけど、それを理由にしたところで、はいはい、と言われるだけだ。
それが分かっているので、
「――別に、わたしの勝手だもん」
と、しいかさんには言っておいた。
そのまま、くすくす、と笑うしいかさんを置いて先へ進む。
と――、そこで、見つけた。
「――ん?」
斜め上、前方、わたしの視線の先には、
小さな、猫のような、いやちょっと違う感じの、あれは――虎の、赤ちゃん?
西館から飛び出している、真横に飛び出している鉄骨の先に、虎の赤ちゃんが、降りられなくなったのか、戻れなくなったのか、ともかく命の危険を背負っている虎の赤ちゃんがいた。
助けを求めるように、弱々しく、虎の赤ちゃんは鳴いていた。
―― ――
「ちょっと――どこに行く気よサナカ!?」
と、進むわたしの肩を掴んで引き止めるしいかさん――それに対してわたしは、
「どこって、そりゃ西館に決まってるよ――西館から伸びてる、東館と繋がっている空中通路を使おうと思っている。それが近道ってのもあるし、早く行くには、それしか行く方法がないってのもまた事実だしね」
「そうね、聞き方が悪かったかもしれないわね――私が聞いたのは、西館に行くことじゃなくて、西館に辿り着いた後の、余計なことを聞いているのよ」
わたしの肩を掴むしいかさんの握力が、段々と強くなってくる。
痛くはないけれど、今からわたしが全力疾走の爆発力で駆けたところで、きっと、振りほどけない。わたしは自由には動けないだろう。
なぜそこまで、しいかさんがわたしのことを引き止めようとするのか――、
理由は明白だ。なぜなら、しいかさんも気づいたのだろう……、
ついでにわたしがなにをしようとしているのかも、気づいたのだろう。
自覚しているけど、わたしが実行しようとしている、今まさにしいかさんが止めようとしている行動は、明らかにこれからのためにはいらないことだし、身の危険を感じてしまう程のものを含んでいることから、行かない方が、やらない方がいいに決まっている――、
けど、たとえ相手が今のわたし達にとっての敵という括りの中にいるものなのだとしても、
やっぱり、放ってはおけなかった。
弱々しく鳴く虎の赤ちゃんは、助けを求めている――。
赤ちゃんがいる場所は、鉄骨の先端部分で、自重でいつ落下しても、おかしくはない。
落ちたところで、あの赤ちゃんは、アクシンが化けていただけなのかもしれない――、
かもしれないという疑惑が立っていることが、しいかさんが、この赤ちゃんのことを危険だと認識してしまっている原因だ……。
でも逆に言えば、そのもしかしたらは、アクシンではない、わたしたち以外のきちんとした生存者なのかもしれない、という場合のものも含んでいる。
違うという証明はできない――証拠だってない。
だからわたし達の敵であったり、敵でなく、とは言え味方でもなく、被害者である、ということだってあるのだ。
目の前に生存者がいて困っているというのに、それを無視して先に進み、自分達だけが助かるというのは、こういう事態をいま経験しているのだから、もし助かっても後味が悪過ぎる。
しいかさんには悪いけど、ここは譲れない部分だった。
決して余計なことではない――人助けが余計なことだなんて、そんなことはない。
そんなことを言ってしまったら、親切心が否定されたことになる。
不必要なものだと言ってしまっていることになる。
そんなことはないと、わたしは声を大にして言いたかった。
「余計なことじゃないよ……確かにこれからのことを考えれば、必要なことじゃないかもしれないけど、不必要なことだとは思わない。
目の前にいて、困っていて、わたし達に手があるのならば、助けるべきだよ」
「アクシンよ、きっと――助けたところで襲われるだけ。放っておきましょう」
「……しいかさんは、なにか、証拠でもあって、言っているの?」
少し、攻撃的になってしまったかもしれない――でも、わたしにそう言わせる程に、今のしいかさんの発言は、冷たかった。
「証拠がないのに人を疑ってはダメだよ……あ、人じゃないけど、でも、変わらないよ」
「わがままを言わないで。年上として、年下のサナカを安全にスイーツエリアまで届けるのが、今のわたしのするべきことだから。あんなの、後でもいいじゃない。
とりあえずは、自分達の安全よ――私達に、そこまでの余裕があるわけじゃないんだから」
「……どうして、なの?
まるで、わたしをあそこに近づけさせたくないみたいに聞こえるよ?」
「事実、そう言っているのよ――、アクシンの危険性がある以上、そこにサナカを近づけることに意味はないわ。現状が悪化するだけで、それを避けたところで結局のところ、人間ならばまだしも、あれを助けたところでメリットなんてないじゃない。役に立つとは思えないわ」
役に立つ――立たない。
そういう損得で動いているのか、この人は。
しいかさんは、こういう人、なの……?
せっかく、さっきまで抱いていてしまっていた黒い霧みたいなのが薄まってきたと思っていたのに、ここにきて、この行動と発言によって、霧のようなものが、さらに濃く、濃くなってしまっていた――。
「……なにを、企んでいるの、しいかさん――」
震える声でわたしは言う。
「しいかさんは、本当に、しいかさん……?」
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