第12話 救出劇と幕引き

 しいかさんという人間を十全に知っているわけではないので――、

 つまり、オリジナルを知らない相手のコピーを見たところで、どれだけ深く観察したところで、比較ができないから、偽りを見破ることは難しい――。


 というか、不可能である。

 どこが基準なのか、そもそもで存在していないのだから。

 どうにかしようにも、自分の中で完結させるだけになってしまう。


 わたしの中の完結として、このしいかさんは――無理やりに基準を設けて、設定をしてしまい、答えを出せば、

 あの時、わたしを助けてくれたしいかさんと、今のしいかさんはまったくの別人……という答えになる。


 偽物だ――疑うに値するしいかさんである。


「――分かった、よ」

 しいかさんになにかを言われる前に、わたしは頷いた、理解をした振りをした。

「それじゃあ、行こう。スイーツエリアはすぐそこだよ」


「……妙に納得するのが早いわね――。

 なんだか、葛藤があったみたいだけど、決着したの?」


「うん――大丈夫だよ。わたしの気持ちは、強いから」


 強く、堅いから。

 頑固だから。


「――そう」

 と言って、しいかさんがわたしの前を歩き、先導する。


 西館へ辿り着き、外に剥き出しになっている階段を上がって、空中通路に辿り着いた。

 ここを真っ直ぐ進めば、東館に行くことができる――ここまでは、しいかさんと一緒に来た。


 ちなみに、虎の赤ちゃんが危険を背負って、今にも落下しそうな鉄骨の場所は、この階――、三階部分と同じ階である。


 ここから空中通路を渡らずに、室内へ入り、想像で作り上げた地図を見ながら進めば、なんとなくの勘で、辿り着くことはできる……。


 道は分かっている――だから、あとはしいかさんに見つからずにこの場を離脱できれば……、

 できれば、向かうことができる。


「…………」

 階段を上がってから、空中通路へ足を踏み出すまでの道中には、

 ちょっとした脇道へ入れる分岐点がある。

 室内へ入るための道だ――、

 なんとも、今のわたしに最も必要だと言える、親切過ぎる分岐点である。


 さり気なく、は、とてもじゃないが言えない大胆な行動で――、と言ってもわたしはただ単純に、真っ直ぐ、と、横に逸れる道の分岐点で、逸れる道を選択し、そっちに進んで行っただけなのだけど――。

 目の前に、ばれたくない人物が近距離でいる場合、

 この行動はやっぱり大胆と言えるものだろう。


 ばれてもいい気持ちで進んだけれど、後ろからしいかさんが追ってくるようなことも、声をかけられるようなこともなかった。

 安心したら状況が悪化するというのは分かり切っている――そう、フラグみたいなものなので、緊張感を途切れさせずに、わたしは進む――。

 途中から、歩きではなく走っていた。

 そして、室内に入り、脳内の地図を思い浮かべて、ショッピングモール内を駆ける。


 中は廃墟と化していたので、店などぼろぼろ、商品がばらばらの、ずたぼろにされていて、こうなってしまっては絶対に無料タダであるだろうけど、だとしても絶対に貰いたくはない商品の状態だった。

 ここまで酷く、店が破壊されていて、仕切りも崩れていて、壁も空いてしまって外の景色が見えてしまう中でも、瓦礫は落ちてこない。

 ちょうど、上手い具合に瓦礫同士が支え合う状態になっているのか。

 それについては安心だった。


 そんなことを考えていると、

「――あ、いた!」と、見つけた。


 柱の鉄骨が倒れて壁を破壊し、目的地がない橋のように、真っ直ぐに伸びて、しなっている。


 その先、先端部分に、虎の赤ちゃんが、さっきと変わらず、そこにいる。


 弱々しく鳴いている――たぶん、怖くて泣いているのだと思う。

 もしもわたしがあの状態だったら、泣いて、気が済むまで泣いても、まだ泣いているだろうから、気持ちは分かる。


 だから待っててね、と呟いて、わたしは鉄骨の橋に、足をかけた。


 ぐらぐら、と揺れた。下を見てしまってから、うっ、となる。


 三階だ――でも、十階みたいに圧倒的に高いとなると現実味がなくて映画の中の世界だろう、と逃避できるけれど、三階というのは、落ちたら死ぬだろうということが、現実逃避することなく、きちんと分かってしまう……、現実に最も近い高さなのだ。

 二階ならばまだ助かる見込みはあったかもしれない――けど、三階となると、致命的だ。

 大人なら分からないけど、わたしの小さな体じゃあ、致命傷だと思うのだ……。


 絶命的――、

 落ちたら、どの部位から着地しても死ぬ、と思う。


 なので恐怖心だけは捨てようと、わたしは下を見ないようにした。

 前だけを見て――、すると前には、東館が見えていた。もうしいかさんは、東館に辿り着いたのだろうか――、それともわたしのことを、探しているのだろうか。


 しいかさんの親切心を踏みにじってしまったから、いま探しにこられても、嬉しいは嬉しいけど、ちょっと困る。だって気まずい。これから先、しいかさんのことを見れない。

 だからと言ってこのままお別れも、嫌だったけれど――。


 そんなことはともかく、あとで考えればいいことで、

 今は、救出に専念しなければいけない――。

 虎の赤ちゃんは、まだ動きがないようで、わたしがここまで頑張っているのだからあなたも頑張ってよ、と思うけど、体力を消費したのか、動く気はないようだ。

 まあ、下手に動かれても、それはそれで困るので、いいんだけど。


 ゆっくり、ゆっくり、一歩ずつ、わたしは鉄骨の橋を渡っていく。


 そして、何歩目か分からないその時、ついに両手が、虎の赤ちゃんへ届いた――それはつまり、橋の先端に辿り着いたということ。

 虎の赤ちゃんを抱き寄せて、助けることができたということ。


 わたしと赤ちゃんの重さが橋の先端へ、一気に全てがかかっているということでもあって――すると不気味な音が、なにか、不安な、不穏な音が、橋の根本から、聞こえてくる。


「――えっ、なに、なになに!? 一体、なんなのっ!?」


 橋の先端に乗っているわたし達の重さが力となり、作用して、橋の根本に触れている西館そのものが、あっけなく、軽々と、浮いた。


 てこの原理で西館が浮いた、ということだけど、そこまでの重さがわたし、加えて虎の赤ちゃんにあったことがショックだったけど……、それでもわたしは軽い方だ。

 だからこんなに軽いわたしでも浮かせてしまう程に、

 西館の廃墟は軽かったということだろう――そこに一番、驚いた。


 実際はそれだけではなく、きっと芋づる式のように、一つのきっかけで全体が、それぞれの部位から力が伝わり、増幅していき、力の連結で廃墟が浮いたのだろう。

 まあ、そんな原理など、あとからでも補足できるので先を進めようと思うけど、とにかく浮いた西館は、そりゃ浮いた方向へ進むわけで。

 わたし達の方へ、降りかかってくる。


 鉄骨は西館が移動した時の衝撃で跳び、わたし達を乗せて、なんと、東館へ向かっていく。

 わたし達の鉄骨よりも先に、西館の跳んだ瓦礫が向かい側の東館、その壁を破壊してくれていたようで、跳んだ鉄骨――そしてわたし達は開いた、壁でない部分をぴったり通り過ぎることができた。なんだかんだで、安全に中に侵入できたわけである。


 結果、オーライ? 

 いやいや、そんなわけがない――しいかさんが今この場に、隣にいれば、絶対に怒っている。

 説教なんて優しいものが展開されるとは思っていない。そう考えると、しいかさんを置いてきたのは正解だった――まあ、置いてこなければ、そもそもでここにこれないんだけど。


 ぎゅっと抱きしめていた虎の赤ちゃんを、あっ、と声を出してから離す。

 安全な場所にきたからの喜びなのか、くるくるとその場を回り、わたしを見上げてから、ぷいっ、と他の方角を見て、遠ざかって行ってしまう。

 ……お礼もなし、まあそんなものだろう、動物なんて。


 そんな態度を取られても、にこにこと、にへらと笑ってしまうわたしは、あの赤ちゃんの思い通りなのだろう。


 操られている、みたいな――そんな悪魔的な計画を、あの赤ちゃんが立てられると思えない、まったくの偶然だろう、と思っていたら、


 嫌な、現実だった。

 悪魔だった――あの虎の赤ちゃんは、現実を叩きつけてきた。


「――え?」


 赤ちゃんよりも数倍もでかい――虎、いや、ライオンか。

 たてがみが特徴的で、血の匂いを口元から発している。


 そもそも、血を口からよだれのように垂らしている――、

 目つきが鋭い、狩人のような、

 野生の本質を見失っていない、

 弱肉強食の役目を全うしている、そんなライオンが、わたしの目の前にいる。



 二足歩行で、立っている。


 まるで人間のように――そこにいる。

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