第43話 脱出開始
階段を上って数階……地下から脱したところで、でも足を休ませることはしない。ゴールはここではなく、外――お城の外なのである。
お城の中と言えば、世界の意思である彼女のステージであり、あらゆる要素が彼女に有利に働いてしまうだろう――、けど、世界の意思……世界、と言っているのだから、それはどこでも変わらないのではないか。
地球全体、どこに逃げたって、それはまったく変わらないのではないかとは思うけど……気持ちの問題だ。意味のない抵抗かもしれないけど……無駄な足掻きかもしれないけど、しないよりはマシだ――。そもそもお城の中という、狭く密閉されている空間にいること自体、わたしたちにとっては毒なのだから。
だから世界の意思である彼女との合流よりも、まずはお城の外に出ることにした――、手を引っ張られながら、しいかさんと共に地下から出たわたしだけど、今ではもう、しいかさんの隣に並んで走っている。
わたしもそうだけど、しいかさんも道に詳しくはないようで、不安なまま足早に進んでいる。行き止まりがある構造ではないお城だったのは安心したけど、ぐるぐると同じところを通り、回っている感じが強く、拭い切れない不安が、脳にしつこく粘ついている感覚だった……。
けれどなんとか、何度か不気味な部屋に入ってしまうこともあったけど、すぐに引き返すことで、それは解決……、そして、外に出ることができた。
光――、出口の扉を開けたわたしの視界を埋めたのは、外の光だった。デッドエリアにしては珍しい、眩しい光を浴びて、直接、見てしまって、わたしは目を瞑ってしまう――、
「う、」と漏れた声から数秒。
硬直してしまった体が動くようになるよりも前に、
……やがて、目を開けることができるようになる。
「う、ううん――」
お城の外に出たわたしたちを出迎えてくれたのは、動かない――役目を果たすことができない――生命なく、たとえ生命があったとしても、動けないゆえに使命を果たすことができない、つまりは死んでいる――アトラクションの数々だった。
瓦礫の山だった。
「ここは……そっか、遊園地、なんだ――」
お城――、お城ということは分かっていたけど、それが遊園地の中にあるということまでは、頭が回っていなかった。よく考えれば分かることで、推測できることで、探偵を目指していなくとも、冷静になれば分かることであったのだ。
それが分からなかった……いま、初めて気づいたということは、わたしは冷静ではなかった――自分で思っているよりも冷静ではなかったということだろう。
――って、だって冷静になんて、いられないのはわたしじゃなくてもそうだとは思うけど、こればっかりは、実際に体験してくれないことには、証明のしようがない。
証言も証拠もあったところで、判断材料としては弱い。
自分自身しか信じない体験でしか、信じないだろう。
お城があるということは……、と考えたわたしはなんとか搾り出し、遊園地、俯瞰した地図を脳内に思い浮かべる。お城が一体、どこに設置されているのか、考えてみたところ、やっぱり子供が好きそうな、おもちゃの世界だと思う。
男の子は、お城なんてただ建っているだけの背景に興味がないと思うけど、女の子は違うだろう――同性だからこそ、気持ちの共有ができ、理解できるというものだ。
わたしも小さい頃は、お城に憧れた。
お城で王子様を待つ、お姫様になりたいと思ったものだった。
まあ、ファンタジーなど、年を重ねるごとに信用できなくなっていく、安直な世界観設定だ――興味がなくなればいくところまでいき、底まで落ちる。
ファンタジーに向けた憧れなんて、とうに捨てている、だから憧れなんて、極少数ですらないけど、今回のこのお城は、わたしにとってのトラウマになりそうだった。
地上に、処刑された死体で、地下に虐待された死体――、
ブラック過ぎる世界で見えるレッドは、刺激が強過ぎる。
お城の中にいようが外にいようが、見えるものに大差はない――というかデッドエリアにいる限り終わりはなく、見える景色に違いはない。
どれもこれも終始それで完結している。連続はしていないけど、連発はしているその光景に、いちいちリアクションなどしていられない。人間として麻痺していることに自覚はあるけど、見えているゴールを目指す過程にある最中、矯正している時間をもったいないと感じてしまう。
今は、世界の意思と合流するだけ。
わたしもしいかさんも、そのつもりで外に出てきたのだ――、世界の意思ならば、わたしたちの考えなんてお見通しで、すぐにでも現れてくれると思ったけど、彼女は、まったく、姿を現してはくれなかった。
外に出たのは極小の不利を、多少、ゼロに戻しただけで、わたしたちの不利には違いない。
だから彼女が渋る理由なんてないはずだけど……。
しいかさんもそれには疑問に思ったらしく、うーん、と首を傾げている。
わたしも考えてみる――出てきてほしい、と言って、出てきてくれれば苦労はしない。
ダメ元で言ったところで、出てきてはくれないだろうけど――。
だって、きっと彼女は怒っているのだから。
――と、なると、彼女は怒っていて、裏切ったわたしのことを、良くは思っていない。
そんなわたしのことを、彼女は自分のテリトリー(……たぶん)であるこの遊園地から、簡単に逃そうとするのだろうか。わたしが逃げようとすれば、彼女は逃がさないようにわたしたちの前に現れるのではないか。
きっと、こんな思考でさえも彼女には筒抜けなのかもしれないけど――、ならば好都合。
思考を先読みされても、先読みされずに行動を俯瞰で見られて知られても、どちらにしても彼女はわたしたちの前に姿を現さなければいけなくなる。
ここで彼女が現れなかったら――、
「それはそれで、好都合よ」
しいかさんが言うには、そういうことらしい。
どちらに転んでも好都合。わたしたちに有利過ぎる条件で、相手を追い詰めていく。それが勝利に繋がるとは言えないし、責任も取れないけど、今は勝利したいわけではない。
しいかさんの答え合わせのために、登場人物を揃えているだけなのだから。
だから――、
「……サナカ、出口までの道、分かってる?」
「うん、なんとなくだけど――それに、地面に出口までの案内があちこちに書かれているから、覚えてなくても、分かっていなくても、出口には辿りつけるよ」
「これを信じるのも、どうかと思うけどね――」
まあいいわ、じゃあ、行きましょうか――と言って、しいかさんがわたしの背中を押してくる。どうやら、先導しろ、ということらしい。
不満はなかったし、そもそも、そんな感情や疑問を、しいかさんに向けることが頭の中には――それに深く潜った人格にもなかったので、自然と、それが当たり前のように、わたしはしいかさんを先導するように、前を小走りした。
その時――胸に違和感。
――痛みはない。
「――――え?」
声と同時に、視線を下ろす。
わたしの胸から、手が突き出ていた。
わたしのではなく、
わたし以外の人の、手――。
真後ろから。
しいかさんが、わたしの体を貫いた――手。
「……しい、か、さん――どう、し……て……?」
わたしは震える声でなんとか声を出して、問いかける。
「しいか、さん……しい、か、さん…………?」
「――サナカ」
しいかさんが耳元でそう囁きながら、貫いた自分の手を勢い良く引き抜いて、わたしの体を押して、倒す――ばたりと前から力無く、受け身も取れずに、わたしは地面に頭突きするように倒れた……でも、胸の痛みが優先されて、転倒の痛みなど、無に等しかった。
「サナカは、人を信じ過ぎ――最低最悪の裏切り者の、悪人だって、いるんだよ? この世界には、何十と、何百と、何千と、何万と――存在しているんだよ?
サナカみたいに素直な人ほど、少なく、貴重――そして、生き残れない。
ふふっ、そうねえ、サナカ、あなたの心に、侵入させてもらうわね――」
そう言って、しいかさんはその手をわたしの頭に、沈み込ませてくる――。
「な、に――これ……」
しいかさんの指が、脳内で蠢き、わたしの頭の中をかき混ぜてくるような、感覚――。
「だ、め……こんなの、狂って、狂っちゃうっ、て……っ!」
「心は、ここじゃないのかな……どこにあるんだろうね、心って――。
頭じゃないのなら、胸――? お腹? それとも――」
しいかさんの左手が、すーっ、と、わたしの上半身から下半身まで、体型をなぞりながら、下りていき――、
「……ここ、かもね」
ぺろりと舌を出して唇を舐めるしいかさん。
ぞくっとしたわたしは、
「――違う!」
と、大声で拒絶する。
「違うって? じゃあ――心ってのは、一体……」
「そういうことじゃない」
首を傾げるしいかさん……いや、しいかさんに似た、現実ではない幻のなにかに向かって、わたしは、言い放つ。
「しいかさんでも、ここは現実世界でもない……デッドエリアでもないし、でも、お城のすぐ前ってところは変わらないけどね――。
なんだ……もう、わたしたちの前に現れてくれていたんだね、世界の意思――」
倒れたまま、わたしは、背後で構えているしいかさんの方をまったく見ずに、目の前だけをただ見つめる。
「――二度目はさすがに分かるよ……幻覚には幻覚らしい、嘘があるんだからね」
幻覚――そう言い放つと、視界が、ぶれて……、ゆらゆらと、ぶれて――。
やがて、鮮明になってくる。
場所は変わらず、景色も変わらず。
周りの登場人物が変わっただけで――これは元に戻っただけなのか。
「サナカ――!」
と、幻覚世界にいた時のわたしとは体勢が違い、
立ったままのわたしの肩を揺さぶってくれたのは、しいかさん――、
「大丈夫!? 急に、動かなくなって――」
「だ、大丈夫。少し、悪戯されただけだから――」
ほんとに? はあ、良かったぁ、心配したんだからっ!
と、本気で心配してくれるしいかさん――。
その対応に嬉しくて抱き着きたかったけど、その衝動を抑えて、まずは、前を見る……。
するとしいかさんも、気づいたようだった。
「――世界の、意思……」
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