第44話 世界の秘密

 目の前にいるのは、世界の意思である彼女――。

 彼女はふわふわと浮遊していた今までの状態を維持するのをやめたのか、すたっと、地面へ着地する。見て分かるほどに、不機嫌さを出して表情を歪めた彼女は、


「……どうして、見破れたの?」


 ぎりり、と歯ぎしりをさせて、聞いてきた。

 ――幻覚を、どうして見破れたのか。


 それは……、


「見破れる、はずがない……、現にさっき、しいかを使った幻覚を、あなたは見破れていなかったじゃないの。あなたの行動は、今までずっと監視していた……わたしの両手から離れて、しいかを救出するところまでずっと見ていたんだから、それまでの間に、わたしの幻覚を見破るようなアドバイスをされたこともなかった……、のに――。

 もしかして、自力で、気づいたとでも言うの? 

 ――っ、そんなことは、あり得ない! 

 わたしの幻覚を見破れるわけがない! 

 わたしが、見破れないように小細工をしているんだから! なのに、なのに……っ!」


 どうして!? と声を荒げて、世界の意思という支配者にしては珍しく、いや、初めてだろう……感情を爆発させた。

 苛立ちを多分に含めた言葉が飛び出してきた。


「……もう、ネタバラシをするんだね……、誤魔化す気は、ないってことなんだね……」


 呟いたわたしの言葉は、彼女には届いていなかったらしく、彼女は、……なに? と敵意だけで聞いてくる。


「幻覚を見せたのが、あなただって、あなた自身は、もう誤魔化す気はないってことなんだね、って――思って。一度はわたしのことを騙したんだから、そのお得意の話術でどうにかすると思ったんだけど、しないんだ、ね――」


「……一度ならば簡単だけど、二度目を騙すのは容易じゃないでしょうに。それに、あなたはもう決めているでしょう? しいかが味方であり、わたしが敵だと、もう既に認識しているのでしょう。……自力でその答えに辿り着くとは思えないけど、ね――。

 わたしの監視外で、アドバイスを受けられることもないでしょう……に……」


 彼女はそこで一度、言葉を区切り、片方の手を顎に添えて、いや、と――、


「いや、わたしの監視外でなら、あいつが動けるわね……でも、徹底的に、潰したはず……ちょくちょく邪魔してくるあいつは、粉々に砕いて、消滅させたはずなんだけど――」


「それって、スイーツエリアの、彼女のこと?」


 わたしの問いかけに彼女の表情が変わる――そして顔を上げる……、しいかさんには分かることがない、意味不明な会話であるはずだけど……、

 けれどしいかさんは真剣な顔で、わたしたち、両者を見ている。


「潰した、って、どういうこと……? 

 もしかして、だから、スイーツエリアが極端に少なくなっていたの……?」


「そっか……」

 彼女はわたしの問いかけなど完全に無視して、一人、納得している。

「あいつがアドバイスしているのなら、そうね、確かに、わたしを敵視しているのは当たり前、幻覚を見破られても、当たり前、当然でしょうね。

 わたしの全てを理解している半身であるのだから……。

 でも疑問なのは、タイミングよ――いつ、どこで、サナカと接触したのかしらね……」


「――夢の中」

 と言ったのはわたしではなく、しいかさんだった――。

 しいかさんはわたしの隣まで歩を進めて、世界の意思と視線をぶつける。


「勢力が弱いからこそ、あなたみたいに外的な動作ではなく、

 心の――内的な動作ができる力があるのよ、あの子にはね――」


「わたしの見えないところで、

 ちまちまと行動をするところはあなたと似ているわね――しいか」


 この会話には、わたしはきょとんとするしかないけど、だからと言って、ぼーっとしているのも、違うだろう……。この会話はきっと、核心的な、エリアであるはず――。


「動きはちまちまとしているくせに、言い分には大胆にも、無茶苦茶な感情論を乗っけてさ……引き下がらずに、ただ力があるだけ――。わがままの塊よね、あなたたち――『善』はさ」


「世界があなたにほぼ支配されているのだから、仕方ないでしょうに。力がある者が住む要塞の目の前を、なんの策も装備もなく、ぶらぶらしている方が、どうかしているでしょう――。弱い者には弱いからこその戦い方というものがあるのよ……、あの子は良くやっているわ。あそこであんたに消されたのは、いや、完全に消されてはいないのか……。

 でも、力はほぼ失っている……。

 その事態は、予想していなかったわ。

 あそこでスイーツエリアが消えたのは、予定外だったわよ」


「……なら、予定外まで、上手く利用しているあなたは、弱者ではないわね――。

 今、こんな状況でも、活路を見出しているのでしょう? 

 自分たちの勝ちだと、答えを出しているのでしょう?」


 しいかさんはそれより先へ、答えを返すことはなく――わたしを、見てきた。


 どうして、わたしを見たのか――なにかを、期待されているのか。

 もしかしてこの状況を覆す一手など、彼女が言うように活路を見出しているわけではなく、実はまったくの、ノープランなのではないか。

 だから、わたしに目線で、助けを求めてきたのではないか――。そんな、わたしには荷が重過ぎる期待をされていたのかと勝手に思って、勝手にプレッシャーに溺れていたわたしだけど、どうやらそうではなかったらしく、しいかさんは、


「……気づいてる?」

 と、問いかけてくる――、


 気づいている? 


 いや、その一言の意味は分かるけど、今の状況で言えば、どれなのか分からなかった……、気づいていることはある、けど、この世界のことで、気づいていることと言えば、複数個あるけれど――、それはとっても些細なことで、絶対にしいかさんが望んでいることではないものだと分かってしまっているから、どう答えていいのか分からずに、わたしは、固まってしまう……。


「……サナカも、勘が良くなくても、もう分かっているとは、思う。

 この世界、と、世界の意思である、彼女のこと――。

 そしてサナカの夢の中に出てきた、あの子のこと……それから、私の、こと……」


 世界の核心。

 物語の核心。


 わたしを揺らす、根本的な解決の火種。


 気づいている? 理解している? 

 しいかさんが聞いたのは、そういうことだ。


 わたしは――恐る恐る、頷いた。


「……なんとなく、は――」

 分かっている――でも、分からないことが、一つ、以上は確実にあるけど、

 ここは絞って、一つだけと言っておく……。


 それは、


「どうして、わたしの夢のことを、しいかさんは、知っているの……?」


「教えてもらったからね――彼女に」


 それはきっと、というか確実に、あの子のことである――たぶんしいかさんもわたしと同じように夢の中で、彼女と出会ったのだろう……。


 見えない彼女、姿を現さない彼女。

 声だけが聞こえる彼女、味方をしてくれる彼女。


 善と言える、彼女。


「あの子は笑顔で教えてくれたよ――夢の中で交わしたサナカとの会話を。

 あの子、楽しかったって、言ってた。さすが、わたし――だって」


 さすがは、わたし――それを彼女が言った。そう言えばわたしと話している時も、わたしがあなたは誰なの、と聞いても、彼女は『わたしはあなた』としか答えなかった。

 わたしはあなたで、あなたはわたしで。ということは、わたしと彼女は同一人物になるのだけど、そんなことを言われても信じることはできないだろう――できるわけがない。

 異世界で大体のあり得ないことが信じられるようになっているとしても、こればっかりは信じられない。だって彼女の姿は、見えないのだから――。

 見えないものはどうしても、信じられない。


 いや――、

 でも、待って――しいかさんは、今、言っていた。


 笑顔で言ってくれたよ、と、言っていた。


 笑顔だと、どうして、表現したのだろう。

 比喩ならば分かるけど、だったら笑顔のように、とか、そこまで徹底していなくとも、それに寄せる言い方はあるはずなのに。

 なのにしいかさんは、断定していた。

 笑顔の彼女を見たような言い方で話していた。


「……しいかさんは、あの子の姿を、見ているの……?」


 弱々しく聞くと、しいかさんはわりと大きな声で――えっ!? と驚いて、

 次に、あちゃー、と手をおでこに当てる。


「え、な、なに!? もしかしてなにか、まずかった、とか……?」


「いや、サナカに悪い要素はないわよ――あるのは、あの子よ。

 あの子、私に、サナカとは姿を隠して会ったとは言わなかったのよ。

 そりゃ、私も聞かなかったし、だから言うことも、報告する義務だってないんだけど、さ――それでも一応、言うでしょうよ……、大事なことでしょうよ。

 こうやって私が勘違いしているんだから、さ――」


 勘違い……、しいかさんとの話の食い違いは、あまりないはずだけど……、いや、ごっそりバケツで水をすくったように、一部分の会話の意味不明さは、際立つほどにあるのは、その勘違いがなかったところで、変わらなかっただろうから、影響は少ないように思える――。

 じゃあ、一体、しいかさんはなにを勘違いしたのだろうか……。



「私はサナカがあの子と会っているからこそ、大体の秘密を知っているのだと思っていた。計画は知らないにしても、分かるはずはないにしても、世界の秘密くらいは、気づいていると思っていた。だって、あの子を見ていれば、気づいているはずなんだから――」



 気づいている――はず。

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