第22話 水中の出会い
スイーツエリアを探そうとしたわたしは、一階、下へ向かうことにした。
スイーツエリアの出現位置はランダムに見えて、しいかさんが言うには規則的、らしい。
その規則、ヒントを見つけるまでは、ランダムとなにも変わりないけど――、
手がかりのない状態からスイーツエリアを偶然、見つけようとするのは、当たれば大きいけど、効率が悪い。
だからわたしは唯一の手がかりと言える、さっきまでスイーツエリアだった場所まで、戻ってきていた。
「……なにも、ない、ね」
当然だ――、なにもないところにわざわざきたのは、米粒ほどでもいいから、ヒントが転がっているかもしれないという、これもまた、米粒程度の可能性に頼っただけなのだ。
「ないなら、すぐに移動しなくちゃ――足が、取られる……!」
さっきよりも、流れる水の勢いが強い――それに、水位も上がっている。
さっきまでは、わたしを定規にして腰までの高さだったのに、今では胸のところまで到達している――、このままじゃ、数分と経てば、顔を全部沈めるほどの水位になってしまう。
「わ、――わぷっ」
すると、いきなり、小さな津波がわたしを飲み込んだ――、
でもまだまだ小さなものなので、わたしも復帰が簡単にできる……けど、
「ぷ、――はあ!」
水面から顔を上げたわたしは、さっきの位置から大きく移動させられていたことに気づいた。
なんとか、足をばたばたさせて、体勢を保ちながら周りを見る――、そこはまるで、檻のような、囲われている、誰かに見られているような空間だった。
上と下に広がる円筒のような形の檻――、これは、水槽、と言うべきか。
水位は変化ないので、わたしの全身を覆うことはなかったけど、でも、予想に反してわたしの体は水に、全身を包み込まれた。
頭まで、すっぽりと。
水の中に、閉じ込められた。
「(……なん――!)」
慌ててわたしは足をじたばたさせるけど、いくらやっても全然、地面に届かない――すぐそこにあるはずなのに……あるはず、なのに……、
「(あるはず、なんて、ない――あるはずないよ! 足をじたばたさせる、そんなの……!)」
そんなの――無意識に、浮こうとしている証拠じゃないか。
わたしはじたばたをきちんとしたバタ足に変えてから、冷静に真上を目指す。
焦りと混乱で呼吸が乱れてしまったので、早いけどもう酸欠状態だった。
だからすぐにでも呼吸をしなくてはならない。
一度、顔を水面よりも上に出して一気に酸素を吸う――、そして充分に、肺に空気を溜めてから、潜った。
荒れている波、水面よりも上に顔を出して移動するよりは、水面下で移動した方が楽だろう。
水上とは逆で、水中は恐ろしいほどに静かだった――。
「(呼吸も、そうそう長く続くわけじゃない――だからさっさとスイーツエリアを探し出さなくちゃ……、じゃないと、いちいち水面までいかなくちゃならない)」
その往復は、思っているよりも、見えているよりも困難である――息継ぎ程度、簡単にできるクロールの息継ぎのようなものだろうと、同じものとして考えられていても驚きはしないけど、難易度はまったく違う。
雲泥の差、とだけはきちんと理解していてほしいと思う。
「(あの荒波の中で息継ぎなんて、毎回毎回、できるわけがない――)」
でも、しなくちゃ生きることはできない。
これが何回も続くなんて、わたし自身、最後までやり遂げられる、と言える自信はなかった。
少しの酸素も逃がさず、口の中に含んで絶対に離さない。
一瞬も無駄にしないで、わたしは目を凝らし、桃色の、限りなくゼロに近い一未満の粒子を、この目できちんと見つけ出そうと意識する。
「(……ん? あれ、は――)」
わたしの視線の先には、微かな桃色の粒子――、それはまるで、遠くに咲いている桜の花が風に乗ってここまでやってきたかのような儚さがあった。
その通り、粒子はすぐに消えてしまい、水に溶けていく――、つまりスイーツエリア特有の粒子を見つけることはできたけど、その場所までは遠い、ということになる。
ここから息継ぎなしで行くことができないほどに、遠い場所なのだろう。
でも、あると分かったことが大きい――。確実な前進を体感できているのだ、次へ進むためのエネルギーになるし、強気にもなれる。これからの行動に、勢いだって乗せることができる。
乗りに乗っている今、勢いを止めるのはもったいない。このまま、勢いのまま、壁に当たるかのような強さで、わたしは遠く離れているところに存在しているであろうスイーツエリアを探す――探そうと泳いだ、ところで、
『――んん……、あ、れ?』
と、わたしではない誰かの声。
水中なのだから、声は聞き取りにくいはずなのに――、そのはずなのに、今の声はしっかりと、鮮明に聞こえた。まるで、やんちゃな子供のような声――、
高い声……きっと水は、細かく見えないように振動しているだろう。
わたしは、声の方へ意識を向けた。
相手は――思ったよりも近くにいた。
真横。
顔を真横に向けただけで、相手がどういう存在なのか分かってしまう――どういう種類のアクシンなのか分かってしまう。
それほどまでに強烈なキャラクター……キャラクター性。
黒と白が混合している海の生物――、暴れん坊の、シャチ……。
大きなその口の中には、沈んでいた死体、一桁を越える数の死体が、収まっていた。
肉が主食になり――血液が飲み物になり。
このアクシンはちょうど今、食事中だったのだろう。
ばきばきと骨を砕き、ばりばりと骨を砕き、ぐちゅぐちゅと内臓を破き、ぐちゅぐちゅと咀嚼して、ごくりと飲み干す頃には、わたしの周りは、わたしを含めても、真っ赤になっていた。
赤のカーテン、血のカーテン。
マントのように纏うことができるほどの物質量――重い、沈む血液が、わたしの肩を押す。
「(ひっ――)」
ごぽっ、と少しの酸素を逃してしまった――、
それは、後々のことを考えれば、致命的な、ものだろう。
「(アク、シン……シャチの、アクシン――!)」
『ふ、ふあ、あ――きつ、いっ、眠、いっ。……寝起きで、寝ぼけて、口にテキトーに放り込んで喰ったけど……喰ったけど、うん、当たり前だけど、喰い足りない、喰い足りない……しゃ、しゃしゃ、うーん、目の前にいるってことは、次のごちそうは、そこのお姉さんなのかな――』
ふわりと、シャチが動きを見せる――その動きによって水中も影響され、水が流れを作り出し、わたしも例外なく押される。
『ああ、でも、えっと――お姉さんの、その顔は、きっと、喰っちゃダメな奴なんだって、そう言われたような――』
どうだったかなー、とヒレを顔の真横に当てながら考えるシャチは、すぐに、
『うーん、いや、知らない……。でも、きっと大丈夫。もしも喰ってそれでダメだった場合は、知らなかったで済ませばいいんだから――しゃしゃしゃ』
しゃしゃしゃ、と笑う。
シャチのアクシンは、そう笑う。
笑っている彼(?)に向かってわたしは、一言、言いたかった――。
「(…………)」
――きっと、大丈夫じゃないよ、それ。
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