第21話 役割分担

「水族館だけど、水槽の中に水は、ほとんどなかった。だから流れ込んできている水は、別に水槽が割れて流れてきたものではないと思う――、

 もしもそうだった場合は止めようがないけど、違うのならば、まだ可能性はあるわ」

 

 いや、水槽の水も少しは混じっているだろうけど、言っても少しだ――しいかさんが言うには、この水の大半が、ポンプによって流れ込んできているのだと言う。


「うん――だからね、そのポンプを止めてしまえば、水が減ることはないけど、増えることもないってわけ。減らす方法は、どこか、壁に穴でも空ければいいんじゃないかしら――、

 呼吸が苦しくなれば、スイーツエリアもあるわけだしね。

 あそこに水は侵入していないわけだし――」


 言いながら、さっきまでいた場所であるスイーツエリアを見てみると、


「――もう、ない……!?」


 スイーツエリアは、もう、既に、そこになかった。


「え、嘘――じゃあ、ここから探さなくちゃいけないってことなの!?」


「新しい課題が出来た、ってわけね――ほんと、忙しい忙しい」


 しいかさんは、わたしの手を引っ張り、進む――。

 そして高い位置、水がまだ侵入できていない、一つ上の階へ辿り着いた。


「――役割分担をしましょう。

 私はスイーツエリアを探すわ。サナカは、水を止める方法を探して」


「…………」

 わたしは、黙った――黙ったまま、顔は、俯かせたまま。


「……サナカ、どうしたのよ?」


「もしも……」


 もしも――もしも。


「――もしも、わたしが、動いたことによって、また、状況が、悪化してしまったら……」


 ――して、しまったら。


 また、わたしのせいで――、

 今度は敵ではなく、味方が、倒れてしまったら。


 ――しいかさんが、倒れてしまったら。

 そういうことを、考えてしまったら、


「……できないよ――」

 わたしは、そんなことは、

「できないよ――わたしには……」


「絶対に、とは言い切れないけど、大丈夫よ。

 あんなこと、一度、起きてから二度、起きるはずがないんだから」


「起きてからじゃ遅いんだよ!」


 わたしは怒鳴る――ここまで怒ったのは、久しぶりだったかもしれない。


「さっき経験してしまった、だって、ついさきっきのことだもん。

 それを、『大丈夫だから』の一言で、済ませられるわけ、ないじゃん……!」


「でも、サナカが動かなくちゃ、展開は改善されないよ?」


 しいかさんは、優しい口調だった、けど――でも、


「サナカが止まっているだけじゃ、なにも変化はしないんだよ!」


「なんでわたしなの!? なんでわたしに、そんなことを命令するの!? 

 わたしが動いて、悪化するかもしれない――だったら、しいかさんがやればいいじゃん!」


 完全に、八つ当たりだった。


 しいかさんは、わたしを助けようとしてくれている、だけなのに。


 それだけなのに、わたしは――しいかさんに当たってしまって。


「……そうね」


 しいかさんは、小さな声で言う。


「サナカがやる必要はないわよね――でもね、本音を言えばね、さっきのことがあったからこそ、サナカがやるべきだと思った……やって、越えてほしいと思った……。

 だからこそ、サナカに任せてみたんだけど――」


 やっぱり無理、か――、

 しいかさんのその声を聞くのは、胸が、ずきずきした。


 でも、それでも――、


「……わたしは、やらないよ」


「いいわよ、私が水を止める――だからサナカは、スイーツエリアを探してて。見つけたら、そこで待っててくれればいいから。

 今、なによりも大切なのは、サナカが、生き残ることだからね」


 そう言って、しいかさんが、わたしの手の届く範囲から、消えていく。

 俯かせていたから、しいかさんが一階、下に行ったのか、上に行ったのか、分からなかった。

 しいかさんへの道が、完全に、断たれたのだ。


 もしかしたら、これで会うのは、最後かもしれない――。

 そんな、嫌なイメージが、生まれてくる。


「――そんな、ことはない!」


 大丈夫! と言い聞かせて、わたしは、立ち上がり――まずは。


 まずは――スイーツエリアを探そうと、足を動かした。


 ―― ――


 ここまでくるまでに受けたダメージ、傷のことは、忘れているわけではない――、

 傷はいつの間にか無くなり、消えていた……。


 それが当たり前であるかのように効果を発揮しているので、

 わたしも、直接、言葉に出されるまでは気づくことができなかった。


 きっかけはしいかさんだった――、しいかさんの、

「サナカ、怪我は大丈夫なの?」という言葉だった。


 言われてみればさっきまで痛みがあったのに、今はない――今はないけど、絶対にあっただろうと確信を持って言える傷の場所を、擦ってみると、やはり怪我は無くなっている……、

 治癒されていた。


 わたしよりも知っているからこそ、なんでも知っている、まるでルールブックのような人だと勝手に思ってしまっているけど、しいかさんだってわたしと同じなのだ。

 巻き込まれて現地で情報を調達したに過ぎない――、だからさすがのしいかさんも、これに関しては曖昧で、なんとなくの予想での言葉でしか、説明できていなかった。


「うーん……、――分からないけど、どうせ、スイーツエリアじゃない? あそこにいたから怪我が治癒されたとか、あり得そうじゃないの」


 と、テキトーなことを言われた――でも、これでもしっかりと考えてくれて、言葉を選んでいるのだろう……。もしもわたしがしいかさんの立場でも、同じことを言っただろうし。


「不明要素だけど別に、不安要素ではないし――いいんじゃないの? 

 そこまで深刻に考えなくても。

 ダメージを受けるのなら考えるけど、そうじゃないんだし……、

 治癒されるのならば、全然良いことだしね――」


 そうかも、とその時は不明要素を解明しないままに、そうだろうという勝手な決めつけで処理していた。その時はそれで良かったけど、だからこそ今もこうして前に進めているわけだけど、でも――、そこできちんと解明していれば、わたしはこれからの戦いで、確証のない命懸けの戦いをすることには、ならなかったのに――。


 賭けのような戦いだ。


 確率に頼るような戦いだ。



 わたしの目の前にいる、ドクマルの次に立ち塞がるアクシンは――、

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