第46話 スイーツ・デッド

「あーあ、言っちゃった……」


 ぼそりと言ったのは世界の意思である彼女――いや、わたし……、三年後のわたしである、比島サナカだった。


「今まで必死に隠して、しかも勘付かれないように行動にも気を遣っていたのに、これで、全部がぱあになるわけだけど、後悔があるんじゃないの――しいか」


「ないわよ――別に。討伐対象であるあなたは知りもしないことだとは思うけどね、元々、サナカには伝えるつもりだったのよ――そういう計画だった。

 まあ、でも、いま明かすのは、展開的にも状況的にも仕方ないにしても、まだ早いとは思っていたわよ……、これは仕方のないネタバラシだけどね。けど、必要なタイミングではあった。

 ここでネタバラシをしなければ、きっとサナカは、あなた側に落ちていたはずだからね」


 そう言って、しいかさんは呆然と立ったままのわたしを、

 自分の背中に、すうっと、庇うように、位置を取ってくれた。


 わたしの脳は、まったく、処理が追いついていない――、機能停止とまでは追い込まれていないけれど、ずっと、読み込んでいるような感じだ。

 情報が一気に押し寄せてきて、一つ一つを順番に整理していけば、全然、捌ける量なのだけど、一つ一つの質が重く、とてもじゃないけど、今のわたしでは捌けない。


 世界の意思が――わたし。


 なら――わたしは?


 どちらが、わたしで――本物なのだろう?


 最初に出会った時から、世界の意思は誰かに似ている、とは思っていた――答えだって、今のわたしではないけど、パラレルでもなんでもいいけれど、とにかく今のわたしではない別のわたしだということは分かってはいた。

 それからずっと目を逸らして、顔だってあまりじっとは見ないようにして、あらゆるわたしと相似な要素を、違うものと認識をずらして誤認させていた。

 けれど言葉として、こうして事実を突きつけられてしまえば、覚悟をしていても固まってしまうのは仕方ないだろう。


 固まった後の、復帰は――いつになるか分からない。

 このまま永久に固まってしまうのも、あり得ることである。


 それだけ――やっぱり衝撃は大きかった。


 そんなわたしに構わずに、しいかさんと、そしてわたしではないサナカの会話は続く。


「それにしても、遠回しな方法を使うわよね――自分の子供同然であるアクシンを使って、今までの自分の生い立ちをこのサナカに味わわせるなんてね。レベルで言えば嫌がらせと同じよ――まあ、自分という前例がいるからこそ、落ちることに確信を持てるのは分かるけどね……。

 あのアクシンたちも、意思を持っていて自由も持っているのに、結局、あなたの操り人形だったわけか……」


「操り人形とまで、徹底しているわけではないわ。別に、糸で吊って操っているわけではないしね――わたしがやっていたのは心の中に囁くだけよ。

 命令して、その命令の最中に、新たな命令を、上書きではなく並列で出しただけ。サナカを捕らえろ、から、自発的な行動が、事態を悪化させる結果を招くように動け、とね。

 ドクマルは、最初は拒否していたけど、わたしが囁き続けていたら、実行してくれたわ……ほら、ね。自由を与えているでしょう? 

 反抗の自由を与えているでしょう? 

 最終的には従ってくれた――それも、あの子の自由になるわけだからね」


「なにが自由よ――囁きが結局、命令なわけでしょう? 強制していないだけで脅しはしているのよ、あなたのやり口はね。

 でも、だとしたら、シャチのあの子の行動には、驚かされたんじゃないの? 確か、サカザサ……だったかしらね? あなたの命令に背いて、サナカの仲間になろうとしていた。

 ――結局、スイーツエリアの餌食になってしまったわけだけど。あれだって、あなたは知っていたんでしょう? あそこにスイーツエリアが出現することを――。だからこそ、それとなく、悪意なく、命令とは判断されない程度の囁きで、拒否しようという気持ちを出させないで、サカザサをあそこに誘導させた。

 結果、サカザサは消滅し――サナカは、大事な友達を救えなかった、という傷を負った」


 あなたも、体験していることでしょう?

 と、しいかさんは世界の意思に言う。


「――楽しい? 自分の失敗をもう一人の無邪気な自分に味わわせて。あなたとは同じ失敗をしないように、と努力している子に向かって、同じ失敗を促して、心を傷つけて、楽しいの? 

 いい加減にしなさいよ、サナカ。

 これ以上、人の迷惑になることをしないで、戻ってきなさい。あなたのやっていることと、やろうとしていることは、もう終わっているのよ。

 誰も得なんてしないわ――あなた自身だって、得なんてしないのよ!」


「……偉そうに」


 静かな、声だった――。

 怒りが、憤怒が、怒気が、ぐつぐつと、噴火前のように、唸っている。


「なに様のつもり? 大学で出会っただけで、ちょこちょことついてきて、誰も友達になってくれとも頼んだわけでもないのに。わたしの味方だって言っておきながら、結局いま、こうして敵になっているじゃないのよ! 

 嘘だったじゃない――しいかだって、わたしの敵なんじゃないの! あの時の言葉は嘘で、偽善で、騙しの言葉でしかなかった――はっ、あれを一瞬でも信じたわたしが馬鹿だったわね……わたしは、生きているだけで全員を不幸にするのよ、だからわたしは、死んだ方がいい――」


 死んだ方がいい――それは、本気の言葉だった。


「死んだ方がいいけど、最後に、やることがあるのよ。だから、邪魔、しないでよね」

「復讐なんて、やめておきなさい――得することなんてなにもないのよ」


「あなたが決めるな。得するかどうかは、わたしが決める。――それに、得しても、しなくとも、復讐はするわよ――。それが、わたしのやるべきことだから。

 じゃないと、あの子に悪い。わたしのせいで死んでしまったあの子に悪いから」


 あ、れ――?


 なんだか、既視感が、ある。


 デジャヴが、ある――。


「あれはあなたのせいではないわ――サナカのせいではない。

 だって、サナカは、なに一つとして、なにもしていないんだから」


 その時、わたしの中でかちりと、なにかがはまった。


 歯車が、噛み合った――。思い出そうとして思い出せなかった一つのワードを、ピンポイントに、思い出すことができた。あの時の感動とイコールだった。

 わたしは、思わず、頭で考えるよりも早く、しいかさんの後ろから、問いかける。


「あの、石版――しいかさん、あの石版の内容と、世界の意思が言っていることって――」


 しいかさんは振り向いて、ええ、と頷いた。しいかさんはどうやら最初から知っていたようで――知っているのは、当たり前か。

 全てを知った上で、正確に把握した上で、

 世界の意思を討伐しに、わたしと共にきているわけだから。


 ええ、と頷いたしいかさんを見て、わたしは確信する――確信をさらに確信へ。

 わたしの質問は完全ではないけれど、しいかさんには全て伝わっているのだろう。

 しいかさんの答えも、わたしからすれば、満足のいくものだった。


 わたしが考えていることは、一致していた。


 あの石版――スイーツエリアに存在していた、石に刻まれた文字……、誰かの日記みたいなものは、そう……、目の前にいる世界の意思、比島サナカの、日記だったのだ。

 日記でもあり体験談もあり、ならばなぜ、スイーツエリアの中にあったのか、彼女の体験談ならば、それは、デッドエリアにあるべきで――いや。


 いや、誰も本人が書いたとは一言も言っていない。彼女はわたしに、同じ人生を歩ませようとして、色々と試行錯誤をして策を練り、わたしを攻撃してきた。

 媒体は違えど、この石版と目的としては同じことをしているわけで、わたしに、伝えようとしていたのだ――今までのことを。


 世界の意思がなぜこうなってしまったのか――その過程と、原因を。

 ならば、スイーツエリアの、あの石版は、一体……、誰が、書いたのだろう?


 誰が――置いたのだろうか。


「あの石版は、スイーツエリアの、彼女のメッセージだったのよ――石版に書かれていることは、サナカ……世界の意思が今まで味わってきた、負ってきた傷なのよ。

 世界の意思が自分の人生を、この世界にやってきたサナカ……あなたに味わわせることは確定だった。だからこそ、直接的に絡むことができないスイーツエリアのあの子は、間接的に伝えた。これを読んでおけば、もしも同じ状況になった時に、対抗できると思って」


 そう願って、作り出されたものだった。

 それを――受け取ったわたしだったけど。


「そう、だったんだ――でも、結局、わたしは、同じ失敗をして――」


「でも、乗り越えた。あそこにいるサナカみたいに、悪に落ちてはいないわよね――」


 しいかさんは、わたしの頭の上に手を、ぽん、と乗せて、それから撫で撫で、と乱暴に頭を揺らしてくる。


「失敗してもいいのよ。その失敗から未来を作ろうと頑張ることができれば、その失敗は意味を持つことができる。この失敗がなければ、自分は成長できていなかったな――そういう必要不可欠な失敗だった、と意味ができるのだから。

 そうやって消化できる人が、悪に落ちるわけがないのよ。そういう悪とは対極にいる、対になる悪の反対勢力である善のサナカも、いたにはいたんだけどね、やっぱり悪のサナカの方が、強かった――だからこそ、勢力は弱まり、小さくなってしまった――。

 善のサナカは、スイーツエリアでしか、この世界では生きられなくなってしまった。

 そんな彼女も、もうそろそろ、消滅してしまいそうだけどね――」


「どう、して――」


「わたしが潰したから」


 世界の意思が、横から言い切ってくる。


「邪魔だと思ったから、わたしが、わたしの力でねじ伏せてみた。時間が経てば経つほど、悪の心というのは、強くなってくる。

 現実世界とここの世界の時間がリンクしていないわけではないからね、言ってしまえばまったくの同じ――、だからわたし自身、悪も善も関係ない一つの個体としてのわたしが、復讐に心を燃やしていれば、悪の心は強く育ってくる。

 そして悪が強くなれば当然、善は弱くなる――。

 比率がわたしに偏っていけば、スイーツエリアも、無に近づいていくのよね」


 だからこそ、潰せた。

 攻撃ができた――絶対の、スイーツエリアに。


 あのアクシンで。

 このアクシンで。


 アクシンで――悪心で。

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