第47話 サナカの救い方

「そん、な――。

 それじゃあもう、スイーツエリアを使っても、アクシンを倒せないってことじゃ――」


 絶望するわたしの肩を、ぽん、と叩くのは、しいかさんだった――。

 しいかさんは、なにを言っているの? というような顔で、わたしを見てくる。


「……しいかさんは、アクシンにどう対抗すればいいか、分かっているの……?」


「いや、分からないけど――、アクシンにはどうしたって勝てないとは思うけどね……。でも、アクシンではなくて、今の私たちの敵は、あのサナカでしょう? 

 目の前にラスボスがいるのに、なぜ今になってボス戦をしなければいけないの? ってことよ。だから大丈夫。スイーツエリアがなくなっても、私たちで、すぐにでもあのサナカと融合してしまえば――」


「え……、ちょ――ちょっと待って!? 融合ってなに!? 融合って感じからすれば、圧倒的にしいかさんじゃなくて、わたしの役目だよね!? 融合って――なんで融合なんて……?」


 戸惑うわたしはあたふたと、パニックなってしまう。

 しいかさんは落ち着かせようとしてくれているけど、原因はあなたなのだ。

 しいかさんが動けば動くほど、わたしは、混乱してしまう。

 悪循環に飲まれて、不気味なサイクルに巻き込まれてしまっている。


 あわわわわ、と心理状態が表に出てしまっているわたしに――それに、しいかさんに向かって、ぼそりと、わたしたちに聞こえるような声で呟いたのは、世界の意思だった。

 彼女は呆れたような言い方で、


「……なによ、理解していなかったの? というか、まだ、教えてあげていなかったの? ここまでくると、さすがに指導者としてどうかと思うけどね、しいか――。

 対象であるわたしが言うのも、変な話だけどね……、もっとちゃんとした方がいいわよ。がばがばよ、あなたたちの作戦は」


「う、うるさいわね。こっちは、それどころじゃなかったっての!」


 あんたのせいよ――サナカの妨害のせいでね! としいかさんが強く文句を言う。けど、なんだか情けない……、それを直接、しいかさんに言うことは、さすがにできなかった。


「なんだっていいけど――ほら、その子、作られたその子が困っているから、きちんと、言ってあげなさいよ。……なんのために作られ、なんのために送り込まれて、なんのためにここまでやってきて、なんのために今ここにいて、なんのために融合するのか――。

 その全てを打ち明けて、ぶちまけなさいよ」


「…………」


 しいかさんは数秒、沈黙していたけど、しばらくしてから、一度深呼吸をして、心を落ち着かせている――とても、言いにくいことなのか……。

 わたしはごくりと唾を飲み込み、ひたすらしいかさんを待つ……。

 すると、彼女の唇が、動く。


「サナカ――ここが、どこなのか、分かる?」


 ……現実世界ではないことは、分かっているけど――、でもここがどこなのかまでは、認知しているわけではないから、ううん、と首を左右に振って、知らないことを、示す。


「そう――じゃあ、言うけど……ここは、夢の世界よ」


 夢の世界――夢のような世界ではなく、夢の世界。


 幸せな世界ではなく、

 意識の、世界――しいかさんは、そう捕捉した。


 つまり、


「ここは、本体である、大学一年生、比島サナカの精神の世界。

 そしてあなた、高校一年であるサナカ、あなたは、大学生のサナカの過去記憶と過去人格を元にして作られた、精神世界で活動する専門の――


 しいかさんはそう告げてくる――言いにくそうに、それは、わたしのことを、偽物だ、と言っているわけだから、気分がいいものではないのだろう……、でも、こうでもしないと、わたしは自分の立場が分からない……。

 だから、じっとしいかさんを見つめて、その言葉を一字一句、聞き逃さぬまいと、必死に言葉にすがりつく。


「現実世界で、大学生のサナカは、スイーツエリアで見た石版に書いてあった体験談、それを実際に体験して、今は、復讐に心を、憑りつかれている。

 病んでいるように身を削り、恥じもなく相手のことを考えず、絶望を自分だけでなく世界に散らかしている。だから、私はどうにかしようと、あのサナカを救いたいと思って、今回、サナカの『意識の世界からの上書き』を思いついた」


 上書き――する。

 手遅れな精神を、手遅れでない精神で、上書きして塗り潰す。


 それは諦めの一種だとも思うけど、でも、後退でも停滞でもない――確かに前進している。

 だからわたしがそれについて、しいかさんを非難することはない。

 非難してはいけないことだと思った。


 しいかさんは考えに考えて、わたしを救う道を、必死に探してくれていた。今のわたしからすれば、まったく知らない身に覚えのないことで、これから先、本当に同じ道を辿るのか疑問と不安ばかりだけど、でも、未来だろうが善だろう悪だろうが、わたしである。

 わたし自身である。

 今のわたしには関係ないなんて――そんなわけがない。


 わたしである時点で、無関係ではないのだから。


「…………」


 なにも言わず、わたしは、しいかさんよりも一歩、前に出て――、

 そして口を開き、聞いた。


「――わたしは、どうすればいいの?」


 どうすれば――悪のサナカを、救えるのか。

 どうすれば――上書きできるのか。


 上書きをすれば、わたしは、もしかしたら用済みで、消されてしまうかもしれない……それは仕方のない、作られたものの末路なのだ。

 けど、だからと言って、その恐怖を言い訳にして逃げていいわけではない。わたしのことなのだから、これ以上、しいかさんに迷惑はかけられない。

 これはわたしが解決するべき、ことなのだ。


 しいかさんは、友達だ。

 大学生のわたしからしても――友達だ。


 なんだ……いるじゃん。傷を負って復讐に憑りつかれてしまっていても、きちんと見捨てずに、助けようとしてくれる、かけがえのない友達が。

 しいかさんという親友が、いるじゃない。

 なのに、なんであなたは復讐に憑りつかれて、

 しかも、自分は死ぬべきだ、とか、言っているのだろうか。


 死ぬなんて言うな。

 勝手なことを言うな。


 死ぬべき人間なんて、この世に存在しない。

 どんな悪人だろうと――どんな犯罪者だろうと。


 死ぬべき人間なんていない。


 ――わたしが、叩き直す。


 サナカ――あなたのその腐敗し切った心を、上書きしてやる。


 消滅ではなく取り囲むように。


 あなたが抱いてきた失敗を、無かったことにはさせない。


「しいかさん――どうすればいいの?」


 待っていた答えが、わたしの中のものと一致した。



「……世界の意思である――あのサナカと、キスをして融合しなさい」



 結果だけ見れば予想通り、けれどそこまでの過程は、一致していなかった。


「うん………………、は?」

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