第35話 隣にいたアクシン殺し
「ボス級のアクシンと戦う時――そう、ドクマルと、サカザサの時――理由はあったけど、『あれ』はあなたと別行動をしていたわよね……もちろん、偶然なことだとは思うわ。
だって、ドクマルの時はサナカさんの独断専行――サカザサの時は、溜まった水を抜くための別行動だったわけだから……でも、本当にそれが、偶然だと、言い切れるのかしらね?」
わたしは、段々と、彼女の言葉に飲み込まれていく――それに加えて、本当に全て、一部始終見られていたのか、と、彼女の監視力に絶大な力を感じた……。その支配力が、わたしに手を伸ばしてくる。
「もしもその偶然を、意図的に起こしているとしたら? 偶然だと思っていたことが、あれの手の平の上の操作であったとしたら? ……いいように、転がされていたとしたら?
思い通りに、利用されているとしたら――。
あれの目的、やりたいことというのも、見えてくるというものね」
「しいかさんが、やりたいこと――その、目的……」
「あれと別行動をしている時、サナカさん――あなたは、傷を負ったでしょう……? 肉体的なことではなく、心の傷よ――、簡単には治らない、厄介なもの」
言われて胸を押さえる……、無い胸とか、出会ってからすぐのしいかさんとの会話を思い出した……ともかくそれは置いておき、確かに、心に傷を負った。
それは今でも確認できることである。
「自分が動いたことで事態を悪化させてしまった……、相手の本質が善人だと見破っても、助けることはできなかった。自分が動かないことで、事態を悪化させてしまった……。
せっかくできた友達を、救うことができなかった。……ドクマルにしてもサカザサにしても、サナカさんにとっては、話し合えば分かり合えると思っていた友達だったのよね――」
「…………うん」
「殴って、蹴って、相手を倒して勝つ、それだけが戦いじゃない。言葉で、話し合ってもそれはそれで、しっかりとした戦いのはずよ――。
彼らアクシンとの戦いの時、殴る蹴るの武力行使で戦うのは、まあ仕方ないにしても、サナカさんは、最後まで、殺そうとはしなかった……。
スイーツエリアを使って、アクシンを消滅させようとはしなかった。なのに……」
なのに――、と彼女は言う……。
その続きを、わたしは分かってしまった。
「なのに、あれは積極的に彼らアクシンを殺そうとした。スイーツエリアの出現パターンを読み、上手いことを彼らを誘導し、サナカさんを使って誘導して、最終的に殺した――。
サカザサの時なんて明らかだったはずよ――助けることはできたはず。やり方は、そりゃ大変な方法しか思い浮かばないけど、あれは、すぐに諦めた。サカザサの死を、促した」
「…………」
「あれは、悪魔よ――アクシン殺し。そして――」
ぞくりと、わたしは、しいかさんに向けて初めて、恐怖を覚えた。
「――サナカさんに傷を負わせることを目的としている、対サナカ迎撃生命体。
あなたと共に行動してあなたを攻撃することだけを目的としている、歩く、生きている、あなたにとってただ一人の、最強最悪の、敵よ!」
声が、出ない。
しいかさんが、わたしの、敵――。
あの声もあの笑顔も、あの言葉もあの光景も、あのやり取りもあの共感も、あの共有もあの話も、あの会話もあの慰めも、あの拠り所もあの居場所も――。
全部が全部、嘘で、偽りで、演技で仮面で……敵。
敵。
絶対の味方が、
絶対の敵になった。
わたしのHPは、もうゼロに等しかった。
―― ――
しいかさんは敵である――たとえば、長々と世界の意思である彼女の話を聞いていない内だったならば……、加えて彼女から、しいかさんとは手を切りなさいと言われたばかりの時だったのならば、わたしはきっと、そんなことはないと、言い切っただろう。
しいかさんを味方と信じて、信じ切って、疑わなかったはずだ――逆にしいかさんと手を切れとわたしたちの仲を引き裂こうとしている彼女を、敵として見ていたはずだ。
けれど長々と説明されてしまった後では、しいかさんを信じ切ることは難しかった。正直に言ってしまえば、しいかさんへの信用と信頼はがた落ちで、わたしの支えは現在、無くなっている。……今、目の前にしいかさんが現れて、しいかさんが弁明したとしても、それの全てを受け入れることができるかと問われたら、無理、かもしれない……。
信じたところで、でも極少数ではあるけれど、きっと疑心が生まれてしまう。
最初に逆戻りだった。
いや、逆戻りして、さらに突出している。
わたしの中でしいかさんは、敵として認識してしまっている。
「…………でも」
でも、とは言うものの、世界の意思である彼女が徹底的に調べて、わたしにそう説明しているのだ……そこにミスなど、間違いなど、ないと思う――。
それに彼女の言うことに反対意見を出せるような点が、見当たらないのだ……。しいかさんのことを庇うことはできる――わたしの頭で考えることができる――味方をすることができる言葉を向けることはできるけど、結局それは、作り物でしかなく、都合の良い、現実……を、事実を歪めたものでしかなく、彼女が言うような、決定的な、相手を納得させるような威力の言葉は、わたしでは到底、出すことはできなかった。
「しいかさんは――でも」
でも。
わたしはさっきから、それしか言っていなかった。
言っている間にも、わたしの頭の中では、しいかさんを庇うための、彼女が言う説を打ち砕くための言葉を練っているけど、どうしようにも、生み出せない。
そもそもで情報量が違うのだから、神に値する世界の意思である彼女の俯瞰できる能力を使っての情報量に勝てる情報を、わたしが持っているわけがない。
……でも、それでもあるにはある、けど……、
わたしはしいかさんと共に行動していた。
客観的なことではなく、感情に絡んだ、データでは読み取れないことも、わたしは体験しているはずだけど、わたし自身が、しいかさんとのあの会話、あのやり取り、しいかさんの表情、言葉、気持ちを、信じることができなくなっていた。
わたしの優位点は、無いも同然なのだった。
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