第34話 世界からの警告
ツルバミを、処刑した――彼女は簡単に、笑顔で言うけれど、それがどれだけ常軌を逸しているかなんて、冷静に考えなくとも分かってしまう。
直接、脳に叩き込まれたかのように理解している――、恐怖が、恐ろしさが、ガクガクとわたしの体を、全身を、震わせてしまっている。
逃げようにも背中には死体となっているツルバミ――。逃げようと思えばツルバミを大回りして避ければ、全然、逃げることはできるけど、世界の意思……、
彼女の監視の中では、逃げることなんてできないだろう。
それに――動けない。恐怖も、そうだけど、それ以外にも――彼女が、きっとなにかしている。ガクガクブルブルと震えることはできるけど、それ以外、喋ること以外の行動権を、わたしから奪い取ったかのように、わたしは動けず――、世界の意思である彼女が、ふふっと笑う。
「怯えないでくださいな――わたしは別に、あなたの敵ではないですよ? 信じられないかもしれないですけど、わたしは、あなたをわたしの味方にしようとしているのですから――」
それは、なんだかふわふわしている言い方だった――本質を隠しているような、そんな言い方だった……。彼女は、わたしを、彼女の味方にしようとしている、なんて……、
なんだか味方にするのが強制的であるような、そんな感じに思えてしまって、わたしは今よりもさらに体を丸く縮める。
「うーん、なんだか、さらに警戒させちゃったみたい、ですね――」
完全な愛想笑いが飛び出した――すると彼女は、どうしましょうか、と、くるくると指を回して、最終的に自分のこめかみに持っていき、とんとん、と。
思考している時の癖なのか、繰り返し、とんとん、とこめかみを叩き続ける。
「わたしがあなたを味方にしたいのは、本当のことなんですけどね――」
「あ、あの――っ」
わたしはそう叫ぶ――体は動かなくとも、口は動くのだ……。
ここは話し、会話をすることがメインになっている……ならば、優先的に口を動かすべきだ。
「どうして、わたしの、名前……知っている、んですか……?」
ん? と彼女は問い返してくるけど、すぐに理解したのか、ああ、と頷く。というか、聞きたいことはこれではない。これの答えなんて、予測で分かってしまっている――。それに分かっていなくとも、別に気にするようなことじゃない……。
焦っていたとは言え、選択を間違えた、とわたしは顔を伏せる。
「なぜ知っているか――そんなのは、わたしが世界の意思だから」
それは、答えになっていないのではないか、と思ったけど、そうだろうなとは思っていたので、不満はない。その答えには興味がない――わたしは焦りを消して、聞きたいことを聞くことにした。魔神のランプのように質問できる回数が制限されているわけではないだろうから(魔神のランプは質問ではなく願いごとのはず……)、今の質問も、決して無駄ではない。
わたしの緊張を解くのと、
遥か上の存在へ質問をする練習だと思えば、ためにはなっている。
はあ、と深呼吸をしてから口を開く。
「わたしと一緒にいた、しいかさん――、
あの、わたしよりも年上のお姉さんは、どこですか……?」
もしかしたら、わたしだけがここに運び込まれたのかもしれない――だとすれば、しいかさんのことなど、彼女は知らないだろうけど、でも、彼女は世界の意思……。この世界の支配者である。だったら、今からお願いすれば、世界に散ってしまっているかもしれないしいかさんの行方を、最新版で提供してくれるかもしれない。
当然、代償を求められるかもしれないけど、ある程度、多少、大きな代償でも、わたしは払うつもりだ。それだけ、しいかさんの存在というのは大きい。
わたしの味方。
わたしの、親友である。
彼女がいたからこそ、これまで生き延びることができた――生きようと思えた。
彼女がいなければ、わたしは最初のところで躓き、立ち上がろうとしなかっただろう。
そのまま、世界にたった一人しかないという決めつけで――絶望感で、死を選んでいたかもしれない。だから全部――しいかさんのおかげなのだ。
ここにわたしがいるのも――全部。
そんなしいかさんの行方を、わたしは彼女に問う。
世界の意思がしいかさんのことを良く思わなかったとしても、彼女はわたしの存在を、なぜだかは分からないけど、欲しがっている――。
だからわたしが、わたしを盾にして頼めば――言い方は悪いけど脅迫でもすれば、たとえ乗り気でなかったとしても、探してくれるのではないか――。
そんな風に、楽観視していたのだろう、わたしは。
まさか――、
まさか、あんなことを言われるとは、思ってもみなかった。
「サナカさん――あれはやめておきなさい。もう、手を切るべきよ」
わたしが警戒しないようにと、彼女はずっと、笑顔を貫き通してきたのだろう――、結果、それが、わたしの中では逆に不気味に映ってしまって、まったくの逆効果になってしまっているけど、わたしが言わない限り、彼女はそれを知ることができない――。
そんな彼女が今、初めて笑顔を崩した。わたしが警戒しないようにと、味方になるための妨げを作ってしまうことになっても、それでも笑顔を消して警告するほどに、彼女の言い分は、優先されたのだろう。
あれ――とは、しいかさん、のことだろう。
彼女と、手を切れ――交友を、やめろ。世界の意思はわたしにそう警告してくる。
「嫉妬心ではないわ――あなたを手に入れるために邪魔だから、なんて、そんなレベルが低い程度のことで、言っているわけではないのよ、サナカさん――」
彼女は笑顔ではない――冷たい目と、表情……でもそれは、真剣な目と表情である……。冗談だと断定することはできない、勝手なことを言うなと弾くこともできない。拒否することだって、拒絶することだって、できない――それくらいの、レベルの、話。
「……気分が悪いかもしれないけど、わたしは、『あれ』を、人としての名称で呼ぶのは、嫌よ――嫌なのよ。『あれ』は『あれ』としか呼べない……別の世界の、住人」
別の世界の、住人――スイーツエリアでも、デッドエリアでもない、別世界の……別空間の、住人。彼女はそう言った。わたしと似ていて一緒だと思っていたけど、しいかさんは、違う――人間。いや、人間だと言い切ることはできない……、目の前の『世界の意思』である彼女だって、人間のような姿をしているけど、人間ではない……。
超常的な力を持っているし、だから人間として、しいかさんが振る舞い、実は人間ではありませんでした、という可能性だってあるのだ。
でも、そんなの――、
「信じられない、かしら。そうね、そうよね――それが普通よ。それが人間よ、サナカさん。――おかしいことはなかったかしら。あれと共に行動していて、おかしいと感じたことは。あなたがしているのに、あれはしていなかった、感情の起伏が、あったんじゃないかしら?」
言われて、わたしはしいかさんと出会った時のことを思い出す――最初はわたしよりもこの世界に詳しい、ベテランプレイヤーだと思っていた……、だから違和感がなかったけど、でも、思い返してみると、おかしい、と思う。
「覚えがあるのかしら、ね――そうよね、だってあれは、明らかに、サナカさんよりも驚いている回数が少ないわ。驚愕し、戸惑い、恐怖している頻度が少ない。それに対応も的確。
サナカさん風に言うならば、ボスキャラ、かしら――彼らアクシンと、すぐに対応して戦えていたのも不思議よね。まるで、知っていたみたいな、そんな感じがするんじゃないかしら――」
知って、いた――。
しいかさんはこの世界のことを、知っていた……?
でもそれは、わたしよりも早く、現地を調査して、分かったことだと言っていた――はず。
いや、証明はできない。それが本当のことであるかなど、証明できない。
しいかさんが自分一人で勝手に言っていることなのだから。
だとしたら、知ったのではなく、知っていた。元々からこの世界のことを知っていた上で、わたしに接触し、わたしに嘘をつき、わたしと行動を、共にした……。
そこに、なんの意図があるのか――。
しいかさんはわたしと共に行動をして、なにをしたかったのか――。
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