第49話 揺れるサナカ
「ええ、変化は、あるわよね――ガードが、緩過ぎるもの」
もしかしたら、今なら――と考え込むしいかさんは、わたしの背中を、強くもなく弱くもなく、ぽん、と気合を入れるのには充分な強さで、叩いた……。
それから、
「しいか、今なら、いけるかもしれない。ガードが緩い、それなら今のあのサナカには、キスでなくとも、融合できる可能性があるということよ。
あのサナカの体に触れるだけで、受け入れてくれる可能性もある。そのまま融合してしまう可能性だって――とにかく、チャンスは今しかない。
今を逃せば次はいつか分からない。サナカ――キスをしたくないのならばそれでもいい……あの子の近くまでいって、どうにかして、融合してきて」
――キスでなくてもいい。
――でも、キスすることも考えておいて。
――これが最後よ……今、あなた自身を、救ってきなさい。
そう背中を押されて、わたしは――うん、と頷き、走り出す。
今の彼女だったら、心を開きかけている彼女だったら――以前のような圧迫感を外界に出していない今の彼女ならば、禍々しい雰囲気を出していない、今の彼女ならば――。
わたしの一撃が、通るかもしれない。
今しかない。
一直線に、彼女の元へ向かうために全速力で走るわたしは、彼女を見つめる。
――すると、わたしと目が合った彼女は目を細めて、わたしを敵と認識した瞳へ変えて、片手を振り上げる。
手と連動して地面が揺れ動き、地面が、四角いブロック状になり、真上に飛び出してきて、それが連続して連結し、壁へ、用途を変える。
立ち塞がる壁を認識してから、わたしは勢いを弱めて、真後ろ、しいかさんの方へ、一旦戻ろうとしたら……、壁が、真後ろにも存在しており――閉じ込められた。
前、後、右――でも左だけは、塞がれていなかった。ここから先は左へと進め、という意味が浮き出て、目で見えるようだった。明らかに罠であると分かる、罠でなければ、一体なんなんだ、ということだけれど、でも、罠だとしてもそれしか道がないのならば、いくしかない。
残された道——左へ進もうとしたところで、見えない場所にいる……恐らくは道の通りに進んでいくと辿り着くだろう位置に、女王のように、のんびりと待っているだろう彼女の声が、壁越しに聞こえてくる。
「なにを勘違いしているのよ――わたしは誰にも心を許していないし、あなたと融合する気なんてこれっぽっちもないわ。わたしは、あなた、作られたあなたを、わたし側へ引き込もうとしていたのよ? わたしの味方にさせようと、この世界を長続きさせようとしていたのよ。今更、この世界を終わらせようとするわけ、ないじゃないのよ。
世界が終わる原因となり得るわたしのガードを、緩めるわけ、ないじゃないのよ!」
その言葉にわたしは返すことなく、迷路のように入り組んでいる道を、勘だけで、なんとなく進んでいく。左右右左左、メートルで言えば、百メートル以上は進んでいる感覚があるけど、実際に測ってみたら、それほどまでにはいかないんだろうなあ、とは思う。
だって元々の、わたしと彼女の距離は遠くはなかったのだ。
走ればすぐに辿り着いてしまうような、距離。たったそれだけの距離を、壁で作った迷路で距離を稼いだところで、距離が大幅に伸びるとは思えない。
だから――もうすぐ、着くはずである。
自分の勘を信じて――進む。わたしは彼女であり、彼女はわたしである。作られたとは言っても、関連性が皆無だとは思えない。見えない奥のところで、細くて薄くても、繋がっているものは繋がっている。今の迷路だって、わたしならばこう作るだろうなあ、という、そういう思考回路の同一からの予測で進んでいるわけであって、わたしが彼女で彼女がわたしであるからこそ、ゴールまでの道順は、分かるものだった。
勘であっても――確実性は高かった。
ホストである自分を考えることによって、
ゲストである自分がどう動けばいいか、分かるというものだ。
そして、わたしは――辿り着く。
世界の意思――彼女、比島サナカの元へ、辿り着く。
周りが壁に囲まれている、円のような地面の真ん中に、彼女はいた。
距離は、五メートル、あるか、ないか。
迷路を抜けてきたわたしを見て、彼女は、「嘘……、」と呟いた。
「――嘘じゃないよ。幻想でも幻覚でもないよ。あなたの誤認識でもない。わたしはここにいる、迷路を抜けてきて、わたしはここにいる――あなたの課題を、クリアしてきたんだから」
そう言っても、まだ信じることができていないのか、彼女は、段々と後退していく――最終的に、後ろの壁にまでいってしまい、とすん、と、背中を壁につけていた。
……動転でもしているのか、空間把握能力が、一時的に欠如しているのかもしれない。
「……そのままでいいよ、一つ、気になることがあるんだよ。あなたはわたしと融合する気が、なかったんでしょ? この世界に居続けたかったんでしょ?
だったら、どうして――迷路なんて作ったの?」
きょとんする世界の意思に、わたしは、ごめん、と言って、補足する。
「言葉が足らなかったね――迷路を作るのは、まだ、いいよ。
気になったのはね、どうして、ゴールまで作った、ってことなんだよ――」
ゴールまで作ってしまえば、わたしは、そこに、いけてしまう……時間がどれだけかかってもいい、行き止まりでも道を間違えたでも、迷路に必ずある失敗は、引き返すことでなかったことすることができ、もう一度、再チャレンジすることができる――。
時間は多大にかかるけど、諦めずにやっていれば、いつかはゴールに辿り着けてしまう。
「この世界を続けたいのならば、わたしと融合したくないのであれば、わたしを遠ざければいいし、わたしを倒したいのならば、ゴールは作らずに閉じ込めて、壁によって、圧迫させればそれで目的を達成させることができるのに、あなたは、それをしなかった――。
もしかして、無自覚? なにか、意図でもあるの?
可能性は無限大にあるけど、あなたの今の行動は、さ――、
わたしに、救われたいと思っているように見えるよ?」
ゴールをつけたのは、ここまできてほしいと思っているから。
自分を見つけてほしいと思っているから。
救ってほしいと、思っているから。
「……違う、わよ」
壁に背中を預けて、世界の意思は、暗く、低く、わたしではないような声を出す……、
今のわたしでは決して出せないような、
それはもう、精神的な問題の末路のせいで、生み出された声だった。
「――救ってほしい? ふざけないで! そんなこと、望んでいない! わたしは、救われてはいけないのよ。……わたしにはやることがある――善は潰した、あなたも潰して、あわよくば味方にして、それができなければ潰して、しいかも潰して、邪魔者は全部潰して……。
わたしは、復讐者なのよ。
現実世界に戻ったら、わたしは、あの子の仇を討つために、動いて、あの子を殺したやつ、全員を殺して、わたしも、死んでやる!
それだけが生きがいだ。
それを達成するまでは、誰にも、わたしの邪魔はさせないっっ!!」
宣言して、世界の意思である彼女が、だらんと下げている力無き腕に力を込めて、振り上げる――、すると地面が、揺れて、地面が飛び出て、さっきと同じように壁として、わたしの目の前に建つ。固く、拳を握り、ぶつけても、決して砕けないような、壁――。
どんなものでも、たとえば兵器を使っても決して壊せないような、壁……、それだけの強度を持っているということは、見ただけで分かった。
現実世界ではあり得ない、存在していない物質でできていたとしても、もう驚かない――ここは、デッドエリア――異世界であり、夢の世界であり、
この世界の支配者は、彼女――世界の意思なのだから。
それでも――絶対はない。
だって、デッドエリアの、対になっているものは。
天敵とも言えるものは、存在、しているのだから。
「……やっぱり、救われたいと、思ってるんじゃん」
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