第15話 狩り、開始 その2

 予想は正解そのものだと思う――、分かってしまえば、簡単だ。もう『避けられる』ということができないのが、この攻撃の恐ろしいところだった。

 ドクマルからすれば、計算され尽くされていて、どこに当たってどこで反射するかなどが分かる――規則的な、型にはまったイレギュラーを許さない攻撃だ。


 でもわたしからすれば、その規則的な攻撃も、様々なパターンを時間差でランダムに使われてしまえば、特定することは困難で、難易度が高い。

 わたしからすれば不規則に、どう転んでもおかしくはないその弾道を、わたしは予測することができない。


「――い、いけない!」


 わたしは痛む体を無理やりに動かして、寝転ぶように真横にずれた。

 わたしが今の今まで居た場所を、飛爪が抉る。

 地面が凹み、もしもわたしがそこにいれば、骨まで斬られてそうな威力だった。


 ――って、殺す気はないって、さっきドクマルは言ってたのにっ!


 今の、当たってたらアウトだったよ!?


「…………っ!」


 どうやって、避けたわたしの位置を特定しているのか分からないけど、動いたわたしのことを、飛爪は正確に狙ってきた――、常に動いていないと、攻撃に当たってしまう。


 既に二発も喰らっているわたしの体は、もうぼろぼろだ。


 走ることもできずに足を引きずっている――、

 これは主に、太ももの怪我が原因だけど、肩の痛みも、少なからず影響している。


 なんとか移動するわたしを、飛爪が狙う――でも、動いているために飛爪は当たらず、周りを破壊するだけだった。

 元々、廃墟だったために分かりにくいけど、飛爪によって破壊された場所が多い……。

 いつ、倒壊してもおかしくない傷痕を残している。


「う、わあっ!?」

 ぐらり、と建物が揺れた――瞬間。


 足場が、無くなった――、脆くなった地面が崩れたのだ。

 飛爪の影響が、他の場所から伝ってきて、

 廃墟のただでさえ不安定な状態に、とどめを刺してしまったのだろう。


 蓄積ダメージに耐え切れなくなった地面は、崩れて、

 三階にいたわたしは、そのまま二階へ――いや。


 いや、二階は既に無く、そのまま一階まで一直線のコースだった。

 高い――これは致命的な高さだった。


 怪我をしているわたしが受け身など取れるはずもなく、途中の出っ張りに手をかけることも、できるはずもなく――傷口を押さえることしかできずに頭から、一階まで落下した。


 音もなく長時間の落下の後、ふっと、浮遊感が消えた。

 痛みとか、臓器が浮いたその体験で、悲鳴なんて忘れていた。

 きゃああああっっ、なんて言えずに、無意識に呼吸を止めていただけだった。


 そんなわたしは、今は、落下して、でも、地面には、叩きつけられて、いない……?


 優しい、温かい、柔らかな――落ち着く、そんな囲われた世界の中に、わたしはいた。

 目を瞑っていたわたしはゆっくりと目を開ける。

 目の前には「不機嫌です」と言わんばかりに眉を寄せて、怒りマークをおでこに貼り付けている、そう言えばいたなあ、とわたし自身、失礼にも忘れていた、頼れる存在、お姉さん――、


 扉井しいかさんがそこにいた。


「――さて、説明してもらいましょうか、サナカちゃん?」


 笑顔でちゃん付された。

 腹の底から、怒りで煮えくり返っていることが一瞬で分かってしまって、わたしは開けた目と開いた口が塞がらない。震える体と一緒に、震えている口をなんとかまともに開閉させて、


「……あは、はは――」


 そんな、無理やり出した笑いしか返せなかった……。


 ―― ――


 お姫さま抱っこをされている状態のわたしは、怒りが最高の状態であるしいかさんから、逃げることができなかった。

 もぞもぞ、と動いても、しいかさんの固定が強く、すぐに抑え込まれる。

 それに、

 お姫さま抱っこから解放されることができたとしても、この怪我ではなにもできないだろう。


 だから身を任せる――、

 体で、好きにしていいよ、と言っているようなものだった。


 すると、お姫さま抱っこをされている――つまり、しいかさんと触れ合っているわたしだからこそ分かったものだけど、

 しいかさんが、明らかに怯えとは違う理由でぶるぶると震えていることに気が付いた。


「……あ、の、ね、あはは――じゃないっ! 

 あれから、あの空中通路を渡ってから、後ろを見てみればっ、どこにもサナカはいないし、探してみようと動こうとしたら、今度は西館が倒れてくるし! 

 それによって空中通路も壊れて、東館も崩壊してきちゃうし! 

 せっかく三階まで行ったのに、一気に一階まで戻されちゃうで――散々だったんだから!」


「……探そうと、してくれたの……?」


 素直に驚いたわたしのその言葉がイラッときたらしく、


「な、ん、で、助けた人間を中途半端に見捨てなくちゃいけないのよ。

 見捨てる気だったのなら最初から助けていないわ。

 助けたのなら、相手がどんな人格を持っていようが、最後まで助ける――、

 私から裏切ることはないのよ」


 もしも両手が塞がっていなければ、間違いなく自分の指を、びしっ! とわたしに向けていただろう――、しいかさんの言葉には、それだけの強さと格好良さがあった。


「サナカなら助けるに決まってんでしょうが――で、そんなあんたは、一体なにに巻き込まれているのかしら? お姉さんに、言ってみなさい?」


 最後の一言には、口を塞ぐことができない強制力があった。

 それは、一体なにに巻き込まれているのか、ということは、もちろん含めて。


 他に、わたしにあって、しいかさんにはない空白の記憶を埋めろ、ということでもあり、

 加えて、わたしが抱く、しいかさんに向けている感情を、全て隠すことなく吐き出せと、そういうことを全て話して、説明しろという強制力だった。

 腹を割って、だろう。


 しいかさんの抗えない力(?)のせいで、わたしの口から言葉が漏れてくる――もちろん、当然のように隠すべき……いや、これから先のことを考えれば、言うべきなんだけど、それを説明するには、まだ心の準備が必要だった……。


 でも、そんな抑えめな感情の中で育っていた疑惑という感情が、しいかさんの強制力によって無理やり、吐き出された。


 うわあ……、と顔を隠したい衝動に駆られたけど、ここで顔を隠すことは、誠実じゃないと思った……だから、なんとかがまんする。

 真っ直ぐに、正直に、しいかさんにマイナスな感情を抱いていたと、全てを暴露した。

 そう言われてもしいかさんは、わたしをお姫さま抱っこしたまま、真剣な瞳で聞いてくれていた――そして、全てをわたしが話し終えてから、しいかさんは、


「ふーん、そういうことね――そんなことがあったのね」

 と、わたしにあって、しいかさんにはない空白の期間に起きた出来事について……の方に、感想を見せた。それ以外には特に触れてこなかった。

「……まあ、それは置いておいて、私のこと、疑っていたのね」


 ――特に触れてこない、わけがない。

 にやりと笑って、わたしを見下ろすしいかさんは、まるで面白そうな、新しいおもちゃを渡されたひねくれた子供のような、無邪気だけど、でも邪悪な笑みを見せる――。


 がくがくぶるぶる冷や汗だらだら、体の異常が見て分かるほどに動揺するわたしだったけど、どうすることもできないまま、しいかさんの腕の中で丸くなる。


 ……なにをされるんだろう……?

 いや、わたしが最初に思い描いていた企み……、

 裏で陰謀論と手を繋ぎ合っているような、不穏なものではないというのは分かったけど――今度は友人として、年上から年下への、一方的な悪戯のような制裁の方が怖かった――。


 しいかさんのニヤニヤが止まらない……、ほんとに、なにをされるんだろう……。

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