第16話 目的と突破口

「まあ、説明しなかった私も――安全だということを証明しなかった私も悪いしね、疑っていたことには目を瞑るわ。同じ立場なら、私も同じようにしただろうし――」

 

 しいかさんは溜息を吐きながら、ニヤニヤの笑みをやめる――けど、


「でもね、それでも傷ついたし、イライラしてるから、

 ストレス発散のために少し制裁を加えさせてもらうけどね――」


 すると――するり、と。

 しいかさんのその細い、わたしのことを支えている腕が、わたしの横っ腹に触れる――そしてその指先が蠢き、そのままこちょこちょと、くすぐった。


 ふっ、と息が漏れて、そのままドミノ倒しのように、わたしは笑うことをがまんすることができなかった。しいかさんの腕の中、ということで動けなかったし、怪我もあって、肉体的にも動くことができなかったので、わたしはされるがままだった。


 こちょこちょ自体に、痛みも、痛みに通じるものはないけど、問題はこちょこちょによって動いてしまう体が、痛みを感じてしまうわけで。

 苦しんでいるわたしに気づいたしいかさんが、

 すぐにこちょこちょをやめてくれた。そういう優しさはあるらしい……。


「いや……、サナカのことも思ったけど、実際は、こんなことをしている場合じゃない、ってことでやめただけなんだけど――」


 しいかさんからやっておいてそれ!? と言いたかったけど、痛みのせいで言えなかった、ということにしておいた。


「――状況は、最悪よね。

 だって、いつ消えるか分からないスイーツエリアに、今はいるとは言え、これもすぐに消えると思うし――そうなれば、安全区域を失うことになり、アクシンに襲われる。

 サナカの言う、色付きのアクシンって言うのは、普通のアクシンの上位種なんでしょう。

 今までのアクシンと同じって考えていたら、火傷するわ――」


 溶けるかもね、とも、微笑んでしいかさんが言う。

 なぜ覚悟をしたような目で言うのか……、今の状況への恐怖心が加速していく。


 さっき気づいたけれど、

 今しいかさんが言った通りに、わたしが落下したこの一階部分は、スイーツエリアになっていたらしい。だからアクシンは近づけない、ドクマルだって近づけない――。

 

 そして、反射して飛んできていた『飛爪』も、スイーツエリアに入った瞬間に消滅していた。

 スイーツエリアの効力は、その横の範囲と、

 真っ直ぐ、天まで届くかのように建つ塔のように、上の方向へは無限だった。


 だから一階のここにスイーツエリアがあるということは、その真上は全てスイーツエリア、ということになる。ただし屋根があればそこまでしか効力は発揮されず、だったらそこまで有利でもないじゃないか、とも思うけど、そうじゃない。

 そういう効果と範囲を知ることができた、ということが、一番の収穫だと言える。


 そのスイーツエリアも、でも、やがて消えていく。

 わたし達がこの東館を目指そうとしていた理由は、そこにスイーツエリアがあったから。


 でも今は、目的地に辿り着く手前で、別角度の目的地に不意に辿り着いてしまったという、拍子抜けしてしまう状況だ……、スイーツエリアに辿り着くミッションはクリアできたわけだけど、でもまだ一段階だ――。

 ここから、スイーツエリアを、さらに目指して行かなければらない。


 だから、達成できていたと思っていた目的は、まだ達成されていないのだ。


 スイーツエリアからスイーツエリアに向かう――、

 その先に、世界の出口があるかもしれないから。


 だからわたし達は、ここから先のスイーツエリアを目指すことにしたわけだけど、その先に立ち塞がるのは、ドクマル――。

 彼を避けることはたぶんできないだろうし、それに、したくない。

 ドクマルとこのまま、喧嘩別れをするような形は、嫌だから。


 ちゃんとした――ちゃんと決着をつけてから、進みたい。


「もう、サナカのわがままは今に始まったことじゃないから、良いけど――、

 でもまあ、そのドクマル……だっけ? 

 そのアクシンを倒さない限りは、無力化しない限りは、この先には進めないと思うわよ」

 

 しいかさんは、だって、と補足する。


「この辺を見てたけど、スイーツエリアはここ一帯、この建物の中で転々と、現れたり消えたりを繰り返している。ぐるぐるとね、ループしているの。そこを移動したとして、私達もぐるぐる回っているに過ぎないでしょうから、当然、世界の出口になんて到達できない――。

 ……考えたくもないけど、ゲームで言う、強制バトルなんでしょうね……」


 しいかさん、ゲームとかするんだ……という、いま絶対にいらない感情を抱きながら、


「ここであのアクシンを倒せないと、きっとスイーツエリアは先に進まない。

 手がかりがここでループしたままになってしまう――、

 あの、アクシンを倒さないと、無力化しないと。

 だからサナカ、戦うしかないわよ――、

 倒したくないとか、そんな甘いことは、きっと通用しない」


「……倒せってことは、それって、ころ……」


「絶命させろ、ということね」


 しいかさんが簡単に言う。


「……殺す、殺害する、よりはマシかと思ったけど……、

 逆に、より冷静な恐怖を植え付けることになっちゃったかもね――」


「ううん、大丈夫。

 この町の被害を見ているから、そういうのも、もう慣れた」


 慣れても困るんだけどね、としいかさんが小さく呟いた。

 その通りだと思う。このままこの世界に浸り続けていたら、おかしくなる。

 麻痺していく。

 生命、その大事さ、重さ、なにもかもが、軽く見えてしまいそうで、恐かった。


「でも――」


 でも、倒すしかないと言われて倒すことができればいいのだけど、現実はそう優しくできてはいないのだ――わたしの力では、ドクマルを倒すことはできない。


「……勝てない、よ――」


「勝つ必要なんてない――、

 もっと正確に言えば、サナカの力だけで勝たなくてもいいのよ」


 わたしは理解できずに、首を傾げてしまう。


「だからね、相手の力を利用して、

 私達が持つ最大の武器を使って、倒してしまえばいいのよ」


 そう言いながら、しいかさんが指を、自分の後ろに向けた。


 そこにあったのは――、


 スイーツエリアの範囲内を、ふわふわと浮いて移動している、巨大なお菓子――。

 カラフルな色、ぷにぷにで、ぐにぐにで、

 噛めば様々な味を楽しめる、わたしも大好きなお菓子だった――。



 ――グミ、だった。

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