第18話 残されたもの

 彼の肉片が、砂のように風に乗って舞い、ドクマルは消滅していった――、


 なにも残らず消えていく。


 消えずに残っているのは、わたしの中にある後悔だけだった。



 ドクマルは、敵だった、やらなければやられていた――。

 だからこれは正当防衛であり、生きるための、仕方のない、必要なことであり……、

 けれど分かってはいても、わたしは自分自身が許せなかった。



 こんな結果ではなくても良かったはずだ――なにも、命を奪うほど、徹底的に倒すこと、しなくても良かったはずだ。

 和解という可能性が、ドクマルから潰されてしまった以上は、やっぱり倒すしか手はないけど、その前提を覆す努力をする以前のところで、決定づけてしまっていた。

 諦めてしまっていたのだ。


 早計だった――もっと考えていれば、時間が解決してくれないとしても、ドクマルの気が変わったり、新しいイベントが起こったり、こんな後悔しか残らない状態を、回避できたかもしれないのに――。


 ドクマルも今ここで、一緒にいることができたかもしれないのに――。


「――サナカ、大丈夫!? 上手く、いった、のよね……? 

 ――うん、上手くいったようね、その様子からすると」


 すると、しいかさんが三階から、崩れた建物の瓦礫を上手く足場にして、わたしの前へ下りてくる――、一階のスイーツエリアへ、下りてくる。


「良かった良かった……提案しておいてなんだけど、私も確証はなかったし、こうも上手くいくとは思っていなかったからね――スイーツエリアの巨大なグミを使って、あのアクシンの攻撃をまったく同じ軌道で跳ね返す――なんてね」


 そして、同じ攻撃の連続で、相手に攻撃パターンを認識させ、そこにオリジナルの軌道に乗った攻撃を混ぜて、今までと同じパターンであると誤認させる――、

 攻撃を喰らっても、喰らわなくても、リズムが崩れて、平常を保てなくなり、彼の体勢に異常を誘発させることができる……、続けて放たれた攻撃を避けるために、相手はその不安定な体勢からでは、分かりやすい大ざっぱな回避しかできないはずで――、

 つまり、見て目立つあの大穴に回避することは、作戦通りであり、予定通りだった。


 大穴の真下、そこは、スイーツエリアが、規則的に、次に出現する場所だった。


「私の観察眼なら、そういう、大事になりそうな重要情報は見逃さないのよ――なにかと、違和感として気づくからね。どうでもいい事でも、私はわりと感じるの。

 それが今回、こういう手として使えたというのは、また運が良かったわけね。

 ――って、聞いているの、サナカ?」


「……え、あ、うんうん、聞いているよ」


 わたしは作り笑いを浮かべて、しいかさんに向ける。


「しいかさんがあの時、提案しなければ、

 わたしはあそこでずっと、停滞したままだったよ――ありがとう」


「どういたしまして――でも、複雑よね。あそこで私が提案したからこそ、こうして今、平和を維持することができているけど……、

 同時に、あそこで私が提案しなければ、あのアクシンは死ななかったわけだし」


「ち、違うよ! しいかさんの、せいじゃ、ないっ!」

 

 わたしは叫ぶ――だって、しいかさんのせいじゃない、違う、悪いのは、全部、わたしなんだ、わたしの、責任なんだ、わたしが、なにもしなければ、最初から、最初から……。

 しいかさんの、言うことを、聞いていれば、


「わたしが、あの赤ちゃんを、助けなければ――」


「サナカ、それを言うのは、間違いからの逃げよ」


 しいかさんが、わたしの肩を強く掴んでくる。


「あそこで私の言うことを聞いていれば、あのアクシンは、死ななかった――かもしれない。

 かもしれないであって、決定事項ではない。どうせここ、東館には来ていたわけだから、あのアクシンと出会うことは必然だった――、そして戦闘の結果、アクシンは死んでしまった……そうなると、今と状況は変わらないのよ」


「でも……」


「気にするな、とは言わないけど、あんまり重く考えない方がいいわよ――次こそ、同じ間違いをしないように努力をすればいい……今回のことを学習して、吸収していけばいい。

 間違っても特に罰がないのは、若い者の特権なんだから」


 大人になれば、責任という重大なものが付きまとうから、嫌になっちゃうわよね、と、しいかさんは笑いながら、この場の雰囲気を和ませようとしてくれている。

 できればわたしもそれに乗っかりたかった。

 この気持ちを忘れたかったけど、無理だった。

 気にするな、なんて不可能だ。

 心の中に作られた――鎖のように、それが心を縛ってしまっている。


 ――トラウマ、になっていなければいいけど、というしいかさんの呟きは、この時のわたしは、聞き流して、逃してしまった。

 もしも聞こえていれば、自覚して少しでもその方向にいかないように、と、意識していたかもしれないのに。


 トラウマ――。

 自分が動いたことで状況が悪化してしまったという一つの事実は、わたしの中で根を張り、着実と成長していく。

 いつ、それが実になるのかは分からない……。


「――いつまでもここにいても仕方ないわね……、そろそろここのスイーツエリアも、期限が切れてくる頃よ。……ほら、見てみて、サナカ――。

 転々と、スイーツエリアが遠くまで出現しているわ。道として繋がっているわけではないから、また、二つのエリアを交互に行かなくちゃいけないけどね――」


 しいかさんはそう言いながら、わたしの手を引っ張り、ここ、東館から外に出た。


「気持ちを切り替えましょ、サナカ――今から向かう場所は、きっと、この世界の出口よ。

 もうすぐ助かる、だからあと少し、頑張りましょう」


 うん、と、頷き、わたしは重い足を、上げるのが億劫なその足を、上げて、交互に踏み出して、しいかさんの後を追うように、歩いた。

 今は前だけを見ているべきで、わたしの精神状態ならば前を向いて、決して後ろは振り向いてはいけないはずなのに、わたしは振り向いてしまった。

 そして、見てしまった――決定的な、罪の意識を。


「あ、あ……、」


 虎の赤ちゃん――、一匹だけではない、複数いた赤ちゃんは、おろおろと、うろうろと、ここ一帯を、なにかを、誰かを探すように歩いていて――きっと、あの赤ちゃんは、もう存在していない、これから未来永劫、戻ってくることのない保護者のことを――、


 ドクマルのことを、探しているのだろう。


 呼ぶように鳴きながら――でも、分かっていないから、泣くことはなく、探し続ける。


 あの子の保護者を、誰が、倒した? いや、表現を柔らかくするのはもうやめよう、わたしの自己満足でしかなく、わたしが目を背けているだけなのだ。

 わたしだけがそう扱われるのは、間違っている――だから直接的に、言うべきだ。



 問一。

 誰が、殺した? 


 解答。

 わたしが、殺した。

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