2章:サカザサ/冷静喰らい

第19話 悪意成長

『困っている人を見つけたら、助けるのが普通だろう――助けようと動くのは普通だろう。

 当たり前、とまでは言わない……、助けたくても周りの目を気にしてしまったり、自分のキャラに縛られていたり、咄嗟のことで単純に体が動かなかったり――、そう、恐怖してしまったりして、助けようと思っていても体が上手く動かないというのは、よくあることだ。

 だから助けようと動くのが普通だと言っても、そうできない者を異端だと言うつもりはない。

 自覚的に助けようとしない人が、わたしからすれば異端である――、

 よく言われる、いわゆるイタイ、というやつだと認識している。


 わたしは、困っている人を見つけたら迷わずに助けることができるという誇れる人格を持っていた。お母さんもお父さんもお祖母ちゃんもお祖父ちゃんも、わたしの事を「誇れる娘、孫」だと言ってくれて、他の人に自慢してくれた。

 それが嬉しくて、わたしはその人格を、遠慮なく使っていた。


 誰に言われたわけでもなく、昔からの習慣のようなもので、当時は分かっていなかったけれど、どうやらそのわたしの人格は、お母さんのおかげで会得したものだったらしい。

 お母さんが、「困っている人を見つけたら助けてあげるのよ」と、そう言って、聞かせてくれていたおかげで、わたしは幼少期からそういう風に生きてきた――、条件反射のように、それが当たり前で、一日三食を食べるのと同等の意味で、わたしはその行動力を日常的に使っていた。


 一日一善なんてとうに越えている、一日十善だって、まだまだ序の口。

 誰も彼もが褒めてくれる、正しい事であるから、わたしもやめるだなんて考えもしなかったし、やめる理由なんてなかった。


 最初はただ、誰かのために、誰かの力になれているのが嬉しくて、助けていたのだと思うけど、途中からは、当時は気づいていなかったけど、当時はきっと変わらず、初期の気持ちのままだっただろう――純粋にそうだったのだろう。

 でも振り返ってみれば、あの時のわたしは、ゲーム感覚だったのだと思う。

 一日にどれだけの善行を積めるのか――昨日は二十だったから、今日は二十五を目指してみよう、そんな、遊びになっていた。


 遊びでもなんでも、困っている人を助ける、それ自体に間違いなんてないはず――人間の平和を目指す完成された人間だとは思うけど、わたしは越えていた……完成からは、レールがはずれていた。不運を探す、不幸を探す――なければ、作る。

 救うために、誰かを、陥れる。多くはないけど、やったことはある。


 行動力に遠慮が無くなっていたことに、当時のわたしは、自覚がなかった。


 だから、失敗したのだろう――その失敗が分岐点と言える。

 わたしの中での常識、当たり前が、一気に崩れたポイントだったと思う。


 今では理解できる、過去、疑問に思っていたこと。


 犯人に人質を取られて、警察が動けないのは、人質に危害を加えられてしまう、そういう可能性があるからだ。事件解決だけを狙うのならば、人質なんて無視してしまえばいい、傷つけられようが殺されようが、犯人を捕まえることができればいいのだから――。

 でも、犯人を捕らえようと動いたことで人質が傷つけられてしまったら、警察としては、最大と同等の目的を失うことになる。それは、避けなくてはならないことなのだ。


 わたしは理解していなかった――だから失敗したのだ。


 高校三年生の時、わたしは事件に巻き込まれた。

 別に、わたしや友達が人質に取られたわけではない――今の例は例であって、現実と少し似ていても、違うシチュエーションである。


 当時のわたしからすれば事件なんて、的の中心部分のように狙って当てたいところだった。

 巻き込まれた人間全てが不幸で不運で困っていて、だからこれを自分が解決すれば、一気に点数を稼ぐことができる――自覚なくとも、ここでもう既に、ゲームとしてのポイント計算を、頭の中で考えていた……自分で、寒気がする程だ。


 停滞こそが解決への道だと誰もが理解している。それしかできていない状況で、けれどわたしは動いてしまった。解決させようと、自分勝手に、わがままに、大人の計算を台無しにするように、結果、マイナス方面に、被害を増やすようにしてわたしは、動いてしまった。


 それでわたしが傷つけば、自業自得で済んだのだけど、でも傷ついたのはわたしの友達だった……、死ぬことはなかったし、治療をすれば、一、二週間で復帰できる程度の傷だった。

 けれど体ではない、

 心に負ったダメージは大きく、こればっかりは一年、二年で治るようなものではない。


 おかしく、馬鹿にしているのかと思ってしまうのは仕方ないけど、この時、初めてわたしは自分の行動が間違いだと、異常だと、気づいたのだった。


 おかしい、異端、異常、あの状況で、武器を持つ大人に向かって行くなんて普通じゃない――たとえみんなを救おうとしたのだとしても、それでも……、

 そんな言葉が胸に突き刺さった。

 人格に突き刺さった、固定観念に突き刺さった。


 一人、二人が言ったところで大した強さにはならないものだけど、それが二十、三十とまで膨らんで言われたら……わたしだって、わたしだって、闇に飲まれてしまう。


 家族にまで言われたら――それは、とどめなのだ。


 人格の否定。


 今までの否定。


 否定されたら、変えるしかない――わたしは、必死だった。


 狂ったのは、壊れたのは、ここから先だった。


 毎日毎日毎日毎日――サイコロを振って。

 出た目に対応している人格で、一日を過ごした。


 自分は、一体、どんな、人格だったのだろうか?

 どんな、人間だったのだろう?


 分からないままに、記憶喪失のように不安定なまま――わたしは大学へ、進学する』

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