第25話 サカザサ――完全体へ

「――――はっ!?」


 わたしは目を開けた――いつの間に……いつ、目を瞑ったのか分からなかった……。

 たぶん、直撃の時だったとは思うけど、とにかくわたしは目を擦って、視界を明瞭にさせる……、そして、状況を把握。


「ここは……って、あれ!? わたしは、水中にいたはずじゃあ――」


 ここは水中じゃなかった。

 真下はふかふかのベッドのように、地面が柔らかい。

 それに、手元には数々の、お菓子が、散乱している――しかも、巨大なものばかり。


 起き上がって背中を、壁に預ける――その壁は壁ではなく、巨大な、板チョコだった。


「そっか――」


 そっか、と納得。


「ここは、スイーツエリア、なんだ――」


 偶然にも、吹き飛ばされたところにスイーツエリアが出現してくれた……、だからわたしは助かることができた、ということだろう。

 水中に存在しているスイーツエリア……、デッドエリアとは繋がっていない別世界だから、当然、デッドエリアが水中でも、スイーツエリアは水中ではないらしい。

 まあ、スイーツエリアがこのお菓子以外の存在になったことは、見る機会が少ないわたしには、分からないけど。


 これで固定なのかもしれない――設定が。

 固定されてしまっているから、スイーツエリアはこれ以上の変化がない。

 停滞している……停止、しているの、か――。動きがあるけど混沌としているデッドエリアとは正反対で、動きはないけど、安定の、スイーツエリア――。


 スイーツエリアにずっといることは、やっぱり、先には進めないということなのだろう――と、溜息を吐きながら、思う。


 それにしても、タイミングが良くて、好都合だった――、

 サカザサは、あの様子じゃあ、内なる敵に、負けてしまったらしい。

 だからと言ってサカザサが死んでしまった、というわけではなく、きっと生きているはず――出てこれないだけのはずだ。

 だから、サカザサを、引っ張り出してやる。

 あの暴走を止めて、人格を引き戻してあげればいい――。


 わたしがやるべきことは、それだ。


 だから、スイーツエリアには頼れない。

 アクシンを跡形もなく消してしまうわたしの最大武器——アクシン殺しは、使えない。

 ――使ってはいけない、今回に限っては、禁じ手だ。


 分かってはいる――、スイーツエリアが使えないとなると、わたしは、どうしようにも、サカザサには勝てない……。足元にだって及ばない、手も足も出ない。

 水中だから、口だって出せない。

 だめだめの、役立たず……いない方がマシの、ガラクタ同然。


 でも、どうにかしなくちゃいけない。


 さっき――ドクマルを、救えなかった。

 今回は、同じ失敗は、できない。


 苦しむサカザサを――、


 わたしは、助ける!


 だって、友達だから――わたしにとっては、弟みたいな、ものだから。


 わたしは背中の壁の板チョコ――、その端の、角の部分をぱきっと折って、手に持った。

 そして、スイーツエリア、上空を見上げる。

 その一直線の先には、デッドエリア……そして、そこにサカザサがいるはずだ。


 ぎゅっと、ナイフ状の板チョコを握り締め、

 わたしは、見えない彼を見つめる。

 

 ―― ――


 傍観者である『わたし』視点で言わせてもらえば、暴走状態のサカザサは暴走しているからこそ、とも言えるけど……きっと暴走してなくとも、同じ結果にはなっていただろうことは、想像に難くない、と思う……、とにかくサカザサは、あの『少女』の姿を見失っていた。


 暴走している、とは言っても、彼が望んだことではない――逆に、望んだ暴走など創作以外の世界で存在しているのか――、ないだろうと言い切ることはできる、けど。


 でも、反対意見を持つ相手が納得をするための言葉を持っていないので、ここは誤魔化すことにしよう――けれど、自然になった、と言うのも、彼がまったく関係していない、と言うのも、それはそれで無責任というか、なんというか……、

 やっぱりそれは違うだろうと、わたしは言いたいわけである。


 だって、彼は拒んだのである。

 世界の意思を――命令を。


 その罰だと言えば――。


 だけど、彼自身、暴走発動へ、直接的な行動は関係していないのだ。

 気持ち、拒否して、罰があるのだとしたら、罰を発動させるきっかけ作りとして彼自身、関係が間接的にはあるのかもしれないけど、実際は違う。


 罰なんてない――なんと言おうとも、彼自身の自滅なのである。


 彼は拒否をした――世界の意思、命令を、拒んだ。

 逆らった――だけど罰などはない。それは別に、世界が甘いというわけではなく、そもそも拒む者などいるはずがないという確信からの対応、準備不足である。

 準備不足――、いや、準備不要なのか。

 いらないものを用意するわけがない――不要を排除、できる限り削減していく。

 だから罰などはない。


 でも、サカザサは、拒否をする――抗えない絶対に、抗ってしまった。

 だけど、無理なものは無理で、彼の中にある――いや、アクシンの中にある命令絶対の効果は、心変わりをしている彼の中にも、きちんと根付いて、成長していた。


 命令違反はできない、でも、命令違反をしたい――、その二つに挟まれている矛盾が、干渉してきた『世界の意思のサカザサ』と、人間の友達——お姉さん――『彼女を助けようとするサカザサ』が彼の中で戦い、ぶつかり合い、主張を叩きつけ合って、結果、


 外部ではサカザサの暴走として、影響を与えている。


 もがき、苦しみ、暴れ狂うように、踊り狂うように、サカザサは水中でぐるぐると行ったり来たりを繰り返している――、視線はぐるぐると回り、眼球はぐるんぐるんと自身の回転とはまったく違う向きで、独自的に動いている。

 じっくり見なくとも分かる……。

 こんなの、一目見ただけでも異常だと、脳の中心に直接、叩き込まれる。


 そして、そんな異常も――苦しみも、やがて……終わる。


 ゆっくりと、まるで水死体のように体が軽く、水中で浮いているサカザサは、やっと、見た。

 少女がいない、という現実を、きちんと見ることができていた。


 本当にいないのか、もしかしたら自分の勘違いなのではないか……、

 そう確認してから、それはないと思ってから探す……けれど、どこにもいない――。

 まるで水中の裂け目に入り込んでしまったかのように、忽然と。


 世界の意思である、『あの少女を捕らえろ』、という命令――自分の気持ちよりも命令を優先できるようになるまで、サカザサはどうやら、開発されたらしかった。

 内なる敵と戦い、そして、これが当然なのだけど、さっきまでのサカザサは、負けた――、消えた。負けて、消えて、命令を遂行する、マシーンのようなアクシンへ――戻った。


 完全体。


 覚醒した、とも言える。


 最初に戻った、とも。


 これこそが当たり前、とも。


 さっきまでのサカザサは欠片もなく、あるのは、いるのは、最初に戻った、世界の意思に従うだけの、機械のような、奴隷のような、サカザサの意思はどこにもない――意思を持って生きているのに意思がない、操り人形のようなサカザサのみだった。


『――――サナカ』


 サカザサは標的の少女の名を呟き、匂いを追う――、さっきまでのサカザサの人格はないけど、どうやら記憶は共有しているらしい……。さっきまで会っていた、幼いサカザサからすればお姉さんなのだろう……そんな彼女の匂いを追って、水中を泳ぐ。


『――いない、どこにも、いない。匂いは、ここで、途切れてる……』


 少女はどこにもいない。

 匂いはここを示している。他の場所は、可能性としては低い。

 けど、少しでもあるのならば、探してみるべきではあるのだろうけど……、けど、そんなことを言ったらここ以外、全てである――。


 全てを探しているほど、探すほどの手間をかけるのは、効率が悪い。

 匂いの残滓を追うのは無理だ――、けれどそれは繋がっている場合であって――繋がりはここで途切れているけど、もしかしたら、匂いの、間隔……。

 どこかで匂いの断面を、発見できるかもしれない。

 そうすれば、また、再び追うことができる。


 消えた匂い――ここから少し先、ぴったり百メートル。

 直線の先まで行ったところで、匂いを、見つけた。


 少女の匂い――ではない。この匂いは、この匂いは――、

 サカザサの意識を全て持っていくほどの強烈な、圧倒的な存在感の、匂いだった。


『――――しゃしゃしゃ!』


 誘惑に負けないようにと、意識を保たせようとしたけど、無理だった――彼はがまんしていたその心の糸がぷつんと切れたかのように、体を今の場所から弾かせ、斜め上、水中——。

 赤く停滞している、霧のような空間の中に、飛び込んで行った。


『しゃ――しゃ……しゃ?』


 彼特有の笑い声が、小さくなっていく――彼が飛び込んだのは、赤色の、溶け始め、分散していっている最中の、血の塊の中だった。

 まるで周りを包み込む、カーテンのように広がる赤は、周りの世界とは区切られていた。


 赤に囲まれた世界、血の世界。

 血の匂いに塗れている、実際に血に塗れている物体に噛みついたサカザサは、その物体が、死体であることに気づいた。


 既に息絶えている、死体――。

 血などもう出るはずもない、干からびている、死体。


 じゃあ――なぜ、この死体からは、血が……出ている?

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