第24話 vsサカザサ
今まで友好的だった相手が、急変する。
それはデジャヴのように見えた――、
それがわたしの心拍を、激しく加速させる。
「……恐いよ、しいかさん、サカザサ……」
すると――、わたしが今いる、この高台が大きく揺れた。
下からの謎の突撃、衝撃に、全体が揺れた、そんな感じがした。
それは何度も続き、十数回と続いたところで、高台が耐えられなくなり、破壊される。
瓦礫と共にわたしは水中へ、引き戻された。
「きゃっ――」
どぼん、と全身が水に濡れる――、
動きにくい、水中……そして、視線の先には、
「(……なんで、なんで――なんでよ、サカザサっ!)」
敵意があって、いき過ぎた殺意を持ち、水中に飛び込んだわたしを睨む、サカザサの姿があった。彼はその人殺しのための、餌をきちんと食べるための、処理するための牙を、鋭く、恐怖を煽るように、わたしに向けてくる。
『…………サナ、カ――お姉、さん……ああ、……ああああああああああああああッッ!』
――子供、だからこそ。
感情による『暴走』が発動する可能性が――高い。
でも、今回の場合はサカザサ自身の暴走じゃない――それはきっと。
きっと――裏に、なにかがいる。
「(……サカザサ……ッ!)」
彼はわたしの方を、向いていなかった――、
わたしではない別の方向……奇妙にも、わたし以外の方向は全て網羅しているほどに向いているのに、なぜか、わたしの方向だけは、見ようとしない。
「(……彼の中でも、抗っているんだ――敵意と殺意に飲まれていても、わたしを傷つけないようにと、彼自身が拒んでいるんだ……っ)」
だとしたら、彼は自分の意思では行動していない――、急変したさっきまでの態度は、彼自身ではない、誰か自身の、なにかだ。
今はサカザサが必死に自分ではない誰かと戦っていて、その影響で、暴れ回っている――、
じたばたと、水中で溺れた人のように足掻いている。
わたしが予想した、裏で誰かがサカザサを操っている……繋がっている、その予想はどうやら当たっているらしい。でも、分かったところでわたしではどうしようもない。
わたしでなかったところで、どうしようもないかもしれない――こういう類のものは、サカザサ自身が内なる敵に勝たなくては、彼を救うことはできない……わたしは、そう思う。
『……ぎぃい、ぎしゃ――ッ、しゃッ』
言語ですら、わたしの理解を越えてきている――翻訳できないけど、これは悲鳴だ、というのはなんとなくでなくとも分かる……確実の域で分かってしまうものだ。
『ね、え、おね、さ――』
わたしのことを呼んでいる……、呼んでくれているということは、彼の中の人格はまだ、彼を引き止めている。このまま、じたばたと暴れる彼を、戦う彼を、しっかりと見守ることしか、わたしにはできない――。
いま、わたしが駆けつけたところでなにもできないのだから。
駆けつけたところで、暴れる彼に吹き飛ばされて、終わりだ――、だったら、そんな最悪な予想ができるバッドエンドなんかに向かうようなことはしない。
呼吸が続くまで、生命活動が維持され続けているまでは、
ここで見守っているのが、わたしの役目。
わたしが見ていなくては、ならない。
わたしの友達の、戦いを――見ていなくてはならない。
「(――ご、ほっ)」
不意に漏れた空気……、慌ててわたしは両手で口を塞ぐ……、漏れてしまった空気は捕まえることができずに、頭上へ逃げていく――。
もう、知らない、あんなもの。
逃げたければ、逃げればいい……。
でも、絶対に、わたしは、
「(――逃げない! サカザサ、頑張って……、
わたしは、ずっと、ずっと、見ているからっ!)」
横転、前転、後転、あらゆる回転を可能な限り、空間を裂くような鋭さでもがくサカザサを見ているのは、つらかった――でも、もう少し、もう少しで、終わる気がする……だから。
だから――、
頑張れ、と――わたしは貴重な空気を、
その大半を吐き出してでも、直接、声として言いたかった。
わたしの耳には、わたしの声が低い音にしか聞こえなかった――、きっと言葉なんてサカザサに届いていないだろう……でも、気持ちは届いているはずだ……。
彼には届いているはず、わたしはそう感じている。
両手を胸の前に――両手を握り合わせて、わたしは祈る。
どうか、早く――早く、終わって、ください、と――。
『――――――』
声は、なくなり、動きも、なくなり……、そこには静寂しかなく、動きはなく、水死体のようなサカザサが、力なく浮いている光景しかなかった。
『――――――』
「(……嘘、で、しょ――サカ、ザサ……?)」
動く気配がない、生命だって。
心臓が鼓動しているのか怪しい友達の元へ、今すぐにでも行きたかった――けど、さすがに呼吸が持たずに、わたしは一度、水中から顔を出す。
「――ぷ、はあ! はぁ、はぁ、はぁ……ん――サカザサ!?」
そして潜り――わたしは、サカザサを、見失っていた。
「(――――え?)」
サカザサが、どこにもいなかった――きょろきょろと周りを見ても、見える範囲にはどこにもおらず、まるで、彼の体が、根こそぎ、消えてしまったかのような――、
「(こんな、ことって、ある、の……?)」
ゲームだったら、敵を倒せば、死体は消えるけど……でも、この世界は、ゲームじゃ、
――ない、とは、言い切れなかった。
だから、わたしは考えをまとめるために、硬直してしまった――ミス、だった。
わたしの注意力が平常通りならば、きっと、見ていない可能性にも手を出していたはずなのだ。わたしは、きちんと全部を見た、確認した――、
見える範囲を、水中にいれば確認するのが当たり前の――逆に、それ以外にどこを見ればいいのか疑問に思ってしまうほどの、当たり前を確認している。
水中にいれば確認するのは当たり前――それ以外を、わたしは、見ていなかった。
水上――、
わたしが潜ると同時に、サカザサが水上へ跳び出したら、わたしは気づけない。
そして水中にサカザサがいないのは、もちろんだ――だって、今、彼は――、
「(――上!?)」
わたしが理解したのと同時に、わたしの頭上が黒く染まる――、圧倒的な重量の影が、わたしを陰らせたのだった……。
鈍い音が聞こえた気がした……そして見えないほどの速度で、わたしの感覚器官の能力を越えて、サカザサは自分のその尾を、着水と同時にわたしへ叩きつけてきた。
「(――ぼっ、ごッ!?)」
醜い声が水中で溢れ出す――、酸素は全て、水中に引きずり込まれて、一気に酸欠状態になる。酸素を求めて上がろうとしても、わたしの体はサカザサの尾によって繰り出された攻撃、直撃によって、真下へ吹き飛ばされている。
……このままじゃ、底に突撃してしまう。
今でさえ、もう絶望的に限界なのに。
ここに、もう一打、追い打ちがきたら、もう――、
無理、の一言で片付いてしまう。
ダメージがわたしの気力と運動能力を奪っていく――冷たく、わたしの体は、冷たく。
白く、なっていく。
――あ、本当に、これ――。
本当を、本当に、悟った。
このままじゃ、わたしは……――、
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