第30話 遊園地と約束
遊園地――、
デッドエリアらしく、ぼろぼろで赤に塗られている、アトラクションの九割が破壊されて、営業なんてとてもできないような光景が、目の前に広がっていた。
名前は、遊園地名は、水族館の時と同様に分からないようになっていた――でも、なんとか遊園地ではなく、なんとかパークらしいというのは分かったけど、きっとなんの判断材料にもならないだろう。
なので、気にも留めずにわたしとしいかさんはその門をくぐって進んでいく。さすがにしいかさんの背中からはもう降りている――これ以上、しいかさんに迷惑はかけられない。
さっき、喧嘩別れをしていたことを降りる時に思い出して、顔を伏せながら、『ごめんなさい』と謝り、『励ましてくれてありがとう』と感謝し、「両極端を一気に集めた挨拶ね」と、しいかさんに笑われたことがきっかけで、顔と顔を突き合わせてする会話には、もう気まずさは消えていた。
わたしが勝手に憶病になっていただけで、しいかさんは気にしていないらしい――さすがは大人だった。わたしよりも年上のお姉さんだけあって、本当に頼れる存在だった。
かと言って、その頼りを、頼りにし過ぎるのもわたし自身のためにはならない――喧嘩別れをしてしまって、その関係修復をしいかさんに任せてしまうのは、もうこれっきりにしよう。
というか、喧嘩をしないように気をつけよう、とわたしは心に刻み込む。
助けられてばっかりなのに――しいかさんを攻撃するなんて、そんなの……、
恩を仇で返しているようなものなのだから――。
「うわ、やっぱり広いわね――」
門の下、駅の中の改札口のような機械を通り、でも壊れているので、チケットがなくともぴんぽーん、という拒否の音は鳴らない――、チケットなく入る、そんな新感覚を味わいながら、わたしとしいかさんは門を抜け、目の前の観覧車……。
その大きさ、そして、周りを見て分かる、先が見通せる広さを見て、素直に驚いた。
「……楽しそうな遊園地――こんな世界で、こんな状況じゃなかったら、一日以上、楽しめただろうにね……」
「じゃあ、しいかさん――」
わたしはしいかさんの手を取り、
「この世界から出られたら、一緒に行こうよ――元の世界で、遊園地に」
「そう、ね――」
しいかさんはぎゅっと、握ったわたしの手を握り返して、
「――行きましょうか、絶対に」
うん、と元気に頷いてから、わたしたちは道を進む――観覧車を中心に置いて、遊園地の全体図を見てみると、ぴったり四等分されている構造になっているらしい、と道の途中にあった案内図を見て分かった。
中心の観覧車から右斜め上の部分は、小さな子供が好みそうな、『おもちゃの世界』。
左斜め上は、絶叫マシンが多く設置されている、『激動の世界』。
右斜め下は、お化け屋敷など心理的恐怖を誘い込むアトラクションが多い、『恐怖の世界』。
左下は家族全員が楽しめる、協力してアトラクションをクリアする、『パーティの世界』。
自分に合った、そして自分が楽しみたいアトラクションがすぐに見つけられるし、そこ、一部分の区画に同系統のアトラクションが集中しているので、関連して楽しめることを狙っているのだろう――、でも、びりびりに破れているパンフレット、区画の詳細を見てみると、恐怖の世界にも子供が好きそうな、おもちゃの世界に入っていそうなアトラクションがあったり、恐怖の世界のアトラクションがパーティの世界に入っていたりと、区画分けは大ざっぱらしかった。
どうやら最初はきちんと決めて分けていたらしいけど、年数が経つにつれてアトラクションも多くなり、改装や増築を重ねることで、範囲が広くなってしまい、区画から漏れてしまった――後は、不評だったアトラクションを壊したり、そこに新しいアトラクションを作ったり、そうこうしている内に、アトラクションがごちゃまぜになってしまったのだろう。
だからこそ、中途半端にまとめられているから、逆に浮いてしまうアトラクションも存在している。でもそれが、逆に存在感を発しているから、経営者としては上手いこといった、という認識なのだろう。
本当に、現実世界だったら――楽しそうなのに。
一日、みんな笑顔で、過ごせるはずなのに。
しいかさんだって――子供のようにはしゃぐことができるのに。
でもそれはできない――。どれだけ区画分けされていようが、アトラクションの解説がされていようが、パンフレットにどれだけ魅力的な煽り文が書いてあろうが――マスコットが、文字だけだけど、わたしたちを呼んでいようが……、
これだけぼろぼろになってしまっていれば、九割のアトラクションが動いていない――だったら一割は動いている、と言っても、そんな危険なアトラクションに乗りたいとは思わない。
こんな遊園地で楽しもうなどとは思わない。
遊園地としては、死んでいる。
風景として――ここはもう死んでいる。
とても、先に進みたいとは思えない。
でも、わたしたちは――、
「それで、しいかさん――遊園地の中に入ったけど、ここから先は、どうするの?
どこか、行きたいところでもあったの?」
「うーん、いや、ううん。行きたいところは別にないわ。
ただ、この遊園地に来れば、なにか見つかるかもしれないって、声が聞こえたから」
「声……、」
わたしは首を傾げる。
「……そりゃ、気になるわよね……。――私だったら気になって、教えてくれなかったら、イライラしていると思うし、だからサナカの気持ちも分かるわよ――」
いや、そんなことはないよ、と否定しても、しいかさんは、まあまあ、とわたしを落ち着かせようとしてくれている――本当に、そんなこと、思ってもいないのに……、
不本意に、嫌な誤解をされた。
「大したことはない、って、そんなわけないわよね――でも、私も答えなんて分からないのよ。こんな世界だからこそ聞こえた声かもしれない、誰かの声かもしれない……でも、もしかしたら自分の声かもしれないんだから。
私が考え過ぎて無意識に命じた言葉が、そのまま、私が勘違いして、新しい声だと認識してしまっただけかもしれないし――」
「信頼しても、いい――声だった、ってことなの……?」
従っているということは、そうなのだろう――けど。
「一体、誰の声、なの……?」
「……分からない。でも、安心できるような声だった――」
しいかさんが、感じる、安心できるような声――それってつまり、しいかさんと関係を持っている人物、ということではないのだろうか。
たとえば母親、父親……そこまで近い関係、ではないかもしれない。
そう、親友――しいかさんの親友という線が、一番近いだろう。
しいかさんの知り合いを挙げて一人一人確認していけば、しいかさんが聞いたという声、その人物と、繋がることができるかもしれない。
期待を抱いてすぐにでも行動しようと思った――けどそれよりもまず、しいかさんにそのことを話すべきだ、と体の向きをしいかさんの方へ向けたところで、わたしは力強く両肩を押された……、突き飛ばされた。
背中から倒れ、肩甲骨を地面に打ち付けてしまう――、骨が、がりり、と削れるような音がして、鈍痛が一瞬、爆発した。
痛みを感じ、表情を歪めてしまうけど、慣れてしまっているのか、復帰は早く、痛いけれど、わたしは反射的な早さでもう既に立ち上がっていた。
しいかさんを見る――しいかさんは、変化のない世界の中、苦痛を味わっている表情だった。
わたしみたいに突き飛ばされたわけじゃない。物理的な衝撃を喰らったわけじゃない。
なにも、されていない――ように見えているだけで、実際はなにかされているのだろうけど、だとしてもやっぱり、物理的な攻撃ではないのだろう。
しいかさんは両手を頭に持っていき――がりがりと掻くように、頭、その中の苦痛の原因を取り除こうと、いや、押さえつけようと、なんとかしようと、四苦八苦しているようだった。
わたしが声をかけても、しいかさんは返してはくれず、
ジェスチャーですら、満足にできていないようだった。
「あ、が――っ、なに、よ、これぇ……っっ!」
しいかさんは、遂に膝を崩してしまう。
がくりと膝を地面につけて、両手で抱える頭、おでこを、地面にぴったりとつけるかのように、姿勢を低くしてしまう。
「がん、がん、する……っ、激しく、なによ、なんなのよ――」
「しいかさんっ!」
わたしはしいかさんの元へ行き、屈み、意味があるかは分からないけど、背中を優しくさする――でも焦ってしまっているので、無意識に力が入ってしまい、もしかしたら邪魔になってしまっているかもしれない。
「――でも、なにもできない、なにもしないよりは――」
「マシだと――そうですか、そうですか。そこの子が意見もなにも言えないのに、そう決めつけるあなたは、なんなのでしょうか――そう、ですか。
そういう人間なのでしょうね、さすがです――さすが、原点でしょうか……、
そうなんでしょうね」
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