最終話 エピローグ
「……そんな、レアみたいに言われても――いつでも、座ってあげるわよ……」
電話でもなんでも、呼ばれたらどこにでもすぐにいって座ってあげるわよ、と言いたいほどの気持ちはあったけど、抑えておく。
「あ、いいわよ、私の分の紅茶を無理に用意しなくても――」
「いいよ、遠慮しないでね――ちょっと失敗しちゃってるけど、いいかな……?」
慣れないことをするものだから、失敗するのだ……とはさすがに言わずに、いいわよ別に、と彼女に言葉を返す……。サナカが紅茶を淹れてくれる、しかも心の底から、気を遣っているわけではなく本心で……。それは以前のサナカを間近で見ている私からすれば、嬉しくて飛び上がりそうな行動力と心の変化だった。
「――はい、濃い目にしておいたよ」
「ありがと――」
と答えてから一口飲んで、
「うん――なによ、美味しいじゃないの」
「そ、そう!? なら良かったぁ……っ」
ふぅ、と安堵の息を吐くサナカは、とっつきやすく、話しかけやすく、可愛くて綺麗で美しくて、身内びいきでもあり、そうでなくとも、そういう評価を下してしまうのは仕方ないほどのものだった――。
客観的に見て、やはりサナカは男子よりも女子にモテるのだろうなと分かる……隠れ姫、と、ここの生徒から言われているのも、分かる気がする……。
「……さっきまで大変だったんだから――、一緒にお茶しましょうって、色々な人から言われて……、ここの席は、しいかちゃんのために取っておいたんだからね」
「そう、なの……? 別に私のことなんて気にせずに、座らせてあげれば良かったのに。
その子たち、サナカのファンなんでしょ?」
ち、違うよー、と首を左右に振って、加えて片手も左右に振るサナカ――。けれど私はサナカにファンがいるのを知っているので、彼女の言い分を信じるわけではない……。
やはり変化というのは分かるもので、以前の危なっかしく不気味なサナカよりも、今のサナカは優しく柔らかいので、再び人気が爆発した、というわけだろう。
「……ていうか、さ――私のこと、しいかちゃんって……。
ちゃん付けじゃなくて普通に呼んでほしいんだけど――」
「あ、嫌だった、かな……?」
うるうると両目を潤ませるサナカの表情――、それを見たら嫌などとは言えず、だから、嫌じゃないよ、と言うと、彼女は潤ませた瞳を、一瞬で通常に戻してから、ありがとう、と満面の笑みで言ってくる……。以前までのサナカにはない、小手先の、小さい、悪事とまでは言えない悪事を、小刻みに使ってくる……小悪魔的な性格を手に入れていた……。
それがあの子との融合の末に手入れたものならば、間違いなくあの子の性質なのだろうと予測がついた。
「――しいかちゃんは最近、学校にきていなかったけど、なにしてたの?」
「ちょっと、友達の所にね――」
私とサナカが受けている授業は、一緒の部分も、もちろんあるけど、基本的に別々なので私が受けなければ一緒に授業を受けることはできない――。私は当然、この一週間は受けずにいたわけで、だから授業中にサナカと出会うことはなかったわけだ。
「――でももう大丈夫。授業には出るから安心してよ」
そう言うとサナカは、
「なら良かった――」と胸を撫で下ろしていた。
不安だったのかもしれない――、彼女にとっては、その人格で授業を受けるのは初めてなのだから。それを言ってしまえば、全てが初体験で、全てが未知で、不安で恐怖で、暗闇が周りを包んでいるのと同等であるのだけど、けれどサナカは逃げずに授業を受けている。
今日もちゃんと生きている。
当たり前のことだけど、以前のサナカのことを考えれば――、
死にたいとまで言っていたサナカと比べれば――大した成長だ。
あの子のおかげ――あの子が、今もサナカの中で眠ってくれているから。
支えてくれているから――見えないところで必死に、サナカのために。
「――じゃあじゃあっ」
すると、サナカがマナー的にどうなのかと思ってしまう、机の上に手を置いて、身を乗り出すという行動をしてきた……、がたんと机が揺れて、紅茶の水面が揺れている――。
彼女が私の顔に急接近してきて、その時、思い出してしまったあの時の光景……、それによって赤面してしまうけれど、それも一瞬でさらに変わった……。
なぜなら、彼女の一言が、私を蒼白にさせたからだ。
「――しいかちゃんの友達に会わせてよ!」
「――嫌よ! 絶対に嫌っ!」
あいつに会わせたら、サナカがまた研究の素材にされてしまう――、私と同じようにこき使われてしまう……。なぜなら、あいつが今回の計画に加担したのも、サナカ自身に個人的な興味があったから、というもので、今のこのサナカをあいつに会わせたら、あいつはきっと、間違いを起こしてしまうかもしれない……。そんな危険性を秘めるあいつのところに、サナカをいかせるなんて、あり得ないっ!
そもそも、女子と男子である。
簡単に会わせるなんて、できるわけがない。
「諦めてサナカ――絶対に、会えないわ」
「それって、しいかちゃんが会わせないだけでしょうに……」
ガックリとうなだれるサナカ……、それを見て、思うことがないというわけではないけど、そんな顔をしても無理なものは無理で、嫌なものは嫌なのだ――。
いくらサナカでもここは譲れなかった。
「まあ、いいや――じゃあ、それの代わりの今度の休みに、一緒に出掛けようよ――」
その時――サナカの顔が、あの子に見えた。
サナカ同士であるのだから、それは見えても、おかしなことではないのだけど、私は目を疑ってしまって、目を手で拭う。
再びサナカを見たら、今度はそんなことはなく、ただの一人の大人の女性であるサナカがいるだけだった。彼女は椅子から腰を本格的に上げて、立ち上がった。
そんなサナカのことを呼び止めて、わたしは――、
「……ねえ、サナカ……もう、死にたいとか、言わないよね……」
せっかく避けてきた、あの頃の、以前のサナカへ戻ってしまうかもしれない、きっかけのワードを、私は言ってしまっていた――。
言うだけならまだしも、直接、彼女に聞いてしまった……、これで、もしかしたら引き金が引かれてしまって、最悪が再現されてもおかしくはかったのだけど、そうはならずに、彼女は、ふふっと笑って、無邪気に笑って、私を見てくる。
「……サナカ?」
「もう大丈夫だよ、わたしは全部を知っている、覚えている――。あの世界での経験と、それ以前のことを。だって、あの子がわたしの中にいるんだもの――、わたしが情けないことを思ったら、叱咤してくれるんだよ?
だから大丈夫――、もう死にたいなんて言わないし、死にたいとも思わない。復讐なんてしないし――、それに、復讐の対象であるあの子を殺した犯人は、もう死んでいるのだから」
したくてもできないんだよ――とサナカは言う。
「……もう、知って――」
「しいかちゃんは黙っていたんだよね……あの頃のわたしに言っていれば、きっとわたしは刑務所にまでいって、犯人を殺すだろうと、自分が犯罪を起こして刑務所にいくだろうと、そう思って黙っていたんだよね。
それは、まあ正解かもしれないよ――客観的に見て、以前のわたしならばそうしたと思う」
冗談ではなく。
本当に。
「ありがとう――しいかちゃん。ありがとう――サナカ……、もう一人のわたし。二人のおかげで、いや、もう一人……、善のサナカ。三人のおかげで、わたしは今、現実世界で普通に、普通の学生として、過ごせている。こうしてしいかちゃんともお茶をして、一緒に授業を受けて、遊びに出掛けることができている。死にたいなんて、思うはずがないよ――」
「そう、ね――私も、サナカを置いて、死にたいなんて思わないし――」
私も彼女と同様に立ち上がる――、地面を踏んで、しっかりと地の上に立つ。
「私たちはこれからなんだから、本番はこれからなんだから。
生きるしかないでしょ――ここまできたらね」
うん――という頷きと共に、私に向けて手が差し伸べられる。
私は意識はあれど、無意識に手を伸ばし、彼女の、サナカの手を掴む――。
すると、ぐいっと引っ張られて、強制的に私は前に進まされる。
おっとっと、と転びそうな足を動かして、なんとかバランスを取る私は、引っ張ってくる彼女の背を見る――そしてさっきの、彼女の誘いに、私はまだ答えを返していないことを思い出して、答えに質問を付け加えながら、返答した。
「そ、それにしてもサナカ――今度の休みに出掛けるのはいいけど、どこにいくの?」
するとサナカはくるりと振り向き、長い、その地面にまで着いてしまいそうな黒いストレートの髪をはためかせながら、片目を瞑り、ウインクをしながら、答える――。
大人っぽく、けれどあの子の無邪気さを取り入れた複合技――色っぽい、仕草で。
彼女はあの時の約束を忘れずに――、
私でも忘れてしまいそうだったあの約束を、ここで出してきた。
その約束を聞いてから私は、躊躇いもなく即決で頷き、ぎゅっと、握る手に力を込める。
今度の休みの日――私とサナカは……、
「しいかちゃん、今度の休みの日に――遊園地、一緒にいこうよっ!」
スイーツ・デッド:甘い地獄からの脱出 渡貫とゐち @josho
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