第32話 サナカの意思!

 はあ、と――ツルバミの声。


「――そうですか」


 冷たい、声だった――顔を俯かせて、やれやれと言わんばかりに頭を振って、わたしを再度、見る……その目は、敵意でも殺意でもない、ただの、諦めだった。


「――失敗ですね。出来上がったのは、やっぱり失敗作です。世界の意思よ、無理でした――できたらいいなと言っていたあなたの娯楽実験は、これでお終いですよ。

 泳がせる必要もないですし、殺しますか?」


 殺しますか? その問いの答えは、わたしは聞こえない。


「――分かりました」

 そしてツルバミは、ぼそりと、

「――飛波」


 言って、

 わたしの耳の奥が、揺さぶられた。


 一瞬にして、脳が、沸騰するかのように、熱を持ち――、


 暗転。

 回転。


 溶けるかのように、


 意識が、

 視界が、


 捻じれて曲がって奇形になった。


 ―――

 

 ――


 ―


 ぱちっ、と音がするほどに強く目を開けたわたしの視界に飛び込んできたのは、豪華な、金を、存在する限りを使い切ったような、天井だった。

 金ぴかで眩しいほどに綺麗で――でもそれはただの、光の反射でしかない。


 普段ならばいちいち、こんな風情を壊す、みたいなこともせずに、一部が気になっても気にも留めずに見惚れるばかりだけど、今回は、場所が、世界が、違うことを理解してしまっている――となると、感動も、無いに等しく、嘘っぱちにしか見えないし、思えなくなっている。


 天井から視線はずし――仰向けで寝転がっている体を起こす……、天井から視線をはずしたのは、仕方のないことだった。

 そうしなければ奇妙な体勢で、体を起こすことになってしまい、面白いとかではなく、ただ単純に恐いだけの絵面になってしまう。


「う、ううん……」

 無意識に出た声……起きてから気づいたけど、頭が、がんがんする――、頭は頭なんだけど、頭じゃないような……なにを言っているのか分からない、と言われそうなものだけど、本当のこと、としか言いようがない。


「なんだろう、頭の中の、中の、

 中の中の中の中の中が、ぐりぐりって、弄られているような――」


 指先で、簡単に。


 ころころと、弄られているような――そんな、感覚だった。


 うううううううううッ、とわたしは両手で頭を押さえる――、なんだか覚えがあるなと思えば、この体勢はしいかさんが絶え間なく苦しんでいた時と同じ体勢だったはず……、

 ということは、この痛みは、しいかさんも味わったものなのかもしれない。


 わたしと、あのアクシン……確か、

「――ツル、バミ…………」

 ――そう、ツルバミ……。

 彼とわたしが話している間、しいかさんは、ずっと、この痛みを堪えていたのか。

 この痛みを、こめかみの内側が、破裂しそうなこの痛みを、ずっと――、


「ぐ、ううううう、――い、はぁッ、はぁ、はぁ、はぁ――ん、はぁっ!」

 

 やっと、痛みが消えた――消えた、というより、弱くなった、と言うべきだろう……、今だって、さっきまで、とは言わないけど、それでも痛みは連続している……。

 でも頭から手を離して、周りに目を向けるほどの余裕を、取り戻すことができていた。


「……ここは、どこ……まるで、城の中、みたいな――」


 比喩のつもりで言ったけど実際、比喩になっていないかもしれない――天井と同じく周りの壁も全て金で装飾されていた。そして甲冑、騎士――、それらの石像が等間隔に並んでいて、真っ直ぐに伸びる、入口から玉座までの道の脇に設置されている……。

 ここを通る者を、守るかのようにして。


 道と言えば、天井とは逆位置の床は、赤い、絨毯に覆われていた。

 デッドエリア恒例のあの黒々しい赤ではなく、赤々しい赤である。

 この部屋には似合っているけど、デッドエリアには似合わない、そんな、明るい、色だった。


 足りない頭、さっきのダメージのせいで足りない意識の中、わたしはなんとか、部屋の構造を理解した……いや、理解なんて大仰なものではなく、これは単に知っただけなのだ。

 まだ意識は、ぼーっとしている。

 城の中みたい、とは言ったけど、これほどまでに装飾されていて、高貴で豪華ならば、この部屋は正真正銘、城なのではないか――そう思った。


 わたしの記憶が途切れている、最後の断片の記憶は、遊園地にいたところだ――遊園地に、城がない、その可能性は思っているよりも少ないだろう。

 必ずあると決まっているわけではないけど、十中八九……いや五分五分かな――それくらい、城はあるはずだ。


 だからここも、城のはずである。

 ここが城ならば、色々と、理解もできるし。


「しいか、さん――は」


 周りに意識を向けて、まず目に入ったのが、部屋の構造と装飾というのは、あまりにも人に興味が無さ過ぎではないか、と自分自身で思ってしまって、がっくりと、がっかりする――。でも部屋の構造を知っておくのは、これから先のこと――そう、先を見据えていると考えれば、マイナスポイントではない、のではないか……。

 決して、薄情者ではないと、思う……ない、ということにしてほしい。


「どこにも、いない――なんで、だって、わたしと、一緒にいたの……に――」


 わたしは、後ろを振り向いた。


 仰向けから体を起こして座っている体勢――、そうなればもちろん、頭の後ろは死角になり、首を回しても、体を回さない限りは真後ろは決して見えない。

 起きてから今まで、わたしは真後ろに意識を振ったことがなかった。

 だからこうして振り向く今――これが初めてだった。


 わたしは口を開けたまま言葉を失った。


 小刻みに体が震えている――、久しぶりの残虐性を、この世界で見た気がする。


 まるで、最初の――この世界に踏み込んだ時の、あの衝撃に、類似している。



「ツル、バミ…………なんで、血だらけ、なの……?」



 ツルバミは天から吊るされて、逆さまの状態で、わたしの超、至近距離のところにいた。後ろだったとは言え、死角にいたとは言え、わたしの鈍感さに呆れるばかりだった。

 こんなの、気づくはず……気づくべきなのだ。


 いちいち目に見えたことを全て、処理したくはないけど、吐き気を手で押さえて、なんとか細かく、頭の中で整理する。

 ツルバミは逆さまなので頭が下に――でも、地面についていない……、吊るされている、宙ぶらりんの状態だった。

 どろどろと流れる血は、ツルバミの口から――だけではなく、全身、あちこちからだった。

 一番酷いのは、お腹の傷――、


 まるでツルバミの半分以上もある大きさの円筒で、串刺しにしたような、貫通させたような……、慈悲の欠片もない、容赦ない、全てをしっちゃかめっちゃかにする一撃が、開けた穴。

 内臓なんて存在を許さないだろう――、ここまでくれば痛覚なんて機能していない……それは生命的には完全にアウトではあるけど、でも、もしも痛覚があれば、叫ぶだけでショックを逃がすなんて、緩和させることはできないと思う。

 地獄を引っ張り出してきたらこんなことになった、と言わんばかりの仕打ちだった。


「酷い……」


 どうして、ここまで、するのだろうか――、アクシンはこの世界で絶対の存在であるはず……わたしの中だけではあるけど、ボス級の存在なのだ……。

 ゲームマスターの次に権限を持つ存在なのに、なのに、こんな仕打ちをされるなんて……、


「――いや、今、わたし、言った……、

 アクシンにここまでできるのは、それよりも上の存在なんだって、自分で――」


 つまり、


「ゲームマスター」


 違う、そうじゃない――名称は、そうじゃない。


「――世界の、意思!」


 わたしがそう言ったと同時に、入口から真っ直ぐに続いている道——甲冑や騎士たちの石像が挟むようにして守っているその道の先、玉座が、光り出す。

 光り、眩しさに目を瞑ってから数秒後、

 目を瞑りながらでも感じた、光が収まった瞬間に、わたしは目を開ける。


 すると、さっきまでそこには誰もいなかったのに――玉座には、一人の、女性がいた。


 しいかさんと、同じくらいの年齢に見える――、髪が途轍もなく長い……もう、地面についてしまっていた。まるで、お姫様のような、真っ黒な、ドレスを着ている――、

 お姫様のようなとは表現していても、お姫様でもなければ女王でもないらしく、頭にはなにも乗っかっていない。ただただ、その黒い髪の毛が、伸びているだけだった。


 誰かに似ている――言葉には、出さないけど。


「――呼びました? あなた――比島、サナカさん」


 わたしが最後に放った言葉は、『世界の意思!』、のはず――それに答えたということは、彼女が、世界の意思なのだろう……。

 彼女は座り方が気に入らなかったのか、お尻を浮かせて位置を修正、してから、



「驚くのは、無理もないでしょうけど、問うわたしの言葉を、孤立させないでくださいな――」

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