第十八話 もうすぐクリスマスっすね……
結局、碧山との初めての打ち合わせは何とか終わった。碧山の方も相手がブタ並みの存在だとはいえ編集だということは心得ていたようで、なんだかんだで俺とまともに会話をしてくれた。
が、それでも時折、彼女は俺を汚物のように眺めていたが、打ち合わせ自体は順調そうだ。
何故かなりゆきでイラスト担当もミュウミュウ先生に決まり、結局、俺の書籍化も碧山の書籍化も水無月家が全て支配することになった。
打ち合わせの後も俺は新人賞の原稿を読んだり、じじいと一緒にエロ漫画を発行している会社社長のじじいに挨拶に行ったりと、自宅に帰ってくる頃には24時近くになっていた。
そして、
「ただいま帰りました……」
と、自宅のドアを開けるとそこには、鈴音ちゃんの制服を着た風呂上がりの翔太が立っていた。
「おう竜太郎お帰り。今日も遅くまでご苦労だったな。ほんと俺はお前を尊敬するよ」
と、さも当たり前のように俺を出迎える。
あ、もはや翔太に何かツッコんだりするつもりはないぞ。いちいちこんなことでツッコんでいたら体が持たない。
「今日も鈴音ちゃんの制服借りてんのか?」
と当たり前のように翔太に尋ねると翔太はまるで『またまた御冗談を』と言いたげに、小憎たらしい笑みを浮かべる。
「おいおい冗談はよしてくれよ。鈴音の制服は竜太郎のものだろ」
いや、鈴音ちゃんのものだよ……。
「この制服はご主人様のものだ。今日はご主人様が打ち合わせで俺にかまっている暇がないから、代わりに制服を貸してくださったんだよ」
おうおう全然理由になってないぞ。が、どうやら碧山と翔太は順調なようである。
俺にはあのブタ嫌いの碧山がどうして翔太と上手くいっているのか不思議で仕方がなかったが、鈴音ちゃん曰く『碧山さんは自分が綺麗な変態だと思い込んでいるだけで、実際には汚い変態なんです』ということらしい。
どうでもいいけど変態に綺麗とか汚いとかあるのか?
まあ、とにもかくにも飼い主に可愛がられ幸せそうな顔をする翔太を眺めていると、不意に翔太の碧山の制服のポケットから♪ピロリロリンとコール音が鳴った。
「あ、ご主人様だワンコール以内に出ないとっ!!」
と翔太は慌ててポケットからスマホを取り出すとスマホに耳に当て「ブヒっ!! ブヒブヒっ!! ヒヒーっ!!」と二階へと上がっていった。
電話なのになんであれで会話が成立しているんだよ……。と、ドン引きで翔太の背中を眺めていると、今度は「パパ~っ、おかえりなさ~いっ!!」と、バスローブ姿の鈴音母が玄関へとやってくる。
「パパではないですけど、ただいまっす……」
何気ない鈴音母の爆弾発言を華麗にスルーしていると鈴音母は今日もご機嫌のようで膨らんだお腹を摩りながらこちらへと歩いてくる。
「ねえねえこののんくん、聞いて聞いてっ!!」
「な、なんすか……」
「実はね、今日、出版社から帰ってくる途中に蹴ったのよ」
「蹴った? お父様をですか?」
「赤ちゃんよ。赤ちゃんが初めて私のお腹を蹴ったのよ。翔太以来だから懐かしいわね。まずこののんくんに最初に伝えないとって待ってたのよ」
いや、なんで俺に最初に伝える必要があるんだよ……。
「ねえ、ちょっとお腹触ってみて」
そう言って彼女は俺のすぐそばまで歩いてくると俺の腕を掴んだ。どうやら強制らしい。バスローブ越しに張りのあるお腹の盛り上がりを感じる。
これが赤ちゃんか……。いずれは自分にも子供ができるのだろうか。鈴音母のお腹を触りながら柄にもなくそんなことを考えてします。
「いったい誰の赤ちゃんなのかしらね……」
「いや、何言ってるんですか?」
鈴音は何やら意味深なことを言いながら俺のことを妙にエロい目で俺を見つめてくる。
言っておくが本当に何もないぞ。
と、家庭内で修羅場になりそうなことを平気で口にする鈴音母。
いや、我が家の場合は必ず修羅場になると言い切れないのが悲しい。
鈴音母は何やらご機嫌そうにニコニコしながら自分のお腹を眺めている。
「よしよ~し、わかりますか~? パパのおててですよ~」
「違いますよ~。お義兄ちゃんのおててですよ~。そこ重要だから絶対に勘違いしちゃだめですよ~」
本当に油断も隙もねえ女だ……。
「あ、そうだこののんくん、ご飯は冷蔵庫に入ってるからお風呂に入ったらチンして食べてね」
と、そこで鈴音母は俺から離れると「ふ、ふふ~ん」と鼻歌を歌いながら奥へと引っ込んでいった。そして、その直後どこからともなく「ぬおおおおおおおおおおおっ!!」という叫び声が聞こえてきた。
どうやら玄関にも仕掛けられているようだ。つまり、俺は鈴音母によってマフィアを喜ばせる道具に使われていたようだ。
まあ、なんだかんだ言いつつ、ここの夫婦も歪んではいるがそれなりに上手くはいっているようだ。
俺はいつも通りカオスなお出迎えを終えて、荷物を置くために寝室へと向かった。
「鈴音ちゃん、入るよ」
と、寝室をノックして部屋に入る。すると、そこにはベッドの上でお山座りをするパジャマ姿の鈴音ちゃんがいた。鈴音ちゃんは一度俺の顔を見上げると笑みを浮かべて「おか――」と言いかけたが、不意にツンと唇を尖らせてわざとらしくそっぽを向く。
どうやら機嫌が悪いモードを忘れていたようだ。
「ただいま……」
そう言うと彼女は「お、おかえり……」とわざとらしく不機嫌そうにそう答えた。
いや、もうさっきまでご機嫌だったのバレてるんだよ……。
「鈴音ちゃん、どうかしたの?」
「な、なんでもないよ……。最近、竜太郎くんが仕事で忙しくて、全然かまってくれないとか思ってないよ……」
なるほど……そういうことか……。
全てを理解した俺はベッドに上がると鈴音ちゃんの隣に腰を下ろす。
「ごめんね。年末も近いし本当にいろいろと忙しんだよ……」
「忙しいのは知ってるよ……。竜太郎くんあのお祖父ちゃんのもとで一生懸命頑張ってるんだもんね」
「まあな……」
「本当は私が竜太郎くんのこと支えなきゃいけないのはわかってるし、そのために色々がんばってるけど……やっぱり一人だと寂しいな……」
「ごめんね……だけど、なかなか時間が作れないんだよ。俺だってできれば鈴音ちゃんと二人でお出かけしたいと思ってるよ?」
「そろそろクリスマスですね……」
「そうですね……」
どうやら鈴音ちゃんはもうすぐクリスマスを迎えるなか、いまだ俺が鈴音ちゃんをデートに誘わないことの焦りを抱いているらしい。
だけど焦っているのは俺も同じだ。俺だってクリスマスはできれば鈴音ちゃんと二人で過ごしたい。だけど、じじいの話を聞いている限り、俺の休みはしばらくない。だからこそ俺はクリスマスの話題は積極的にしないことにしていた。
過度に期待されると悲しませるだけだし……。
と、そこで鈴音ちゃんは「そ、そうだっ!!」と何かを思い出したようにベッドから降りると学校の鞄をまさぐって一枚の紙を持ってベッドに戻ってきた。
「あ、あのね……ティアラちゃんにこれ、貰ったんだ……」
そう言って紙を俺に差し出す。紙を受け取って目を落とすとそこにはこう書かれていた。
『宝珍館クリスマスイベントっ!! 綺麗なイルミネーションをカップルで見ようっ!!』
なんじゃこりゃ……。
ってか誰が好き好んでクリスマスにカップルで宝珍館なんか行くんだよ。
それにイルミネーションってなんだよ。どんだけ綺麗に装飾しても展示物のせいで全部台無しなんだよ……。
遊園地の閉園以前にあの宝珍館が何故ガラガラなのか分かったような気がした。
「竜太郎くん、一緒にここに行こ? ティアラちゃんも当日はサンタコスで接客するんだって」
まあティアラは無駄に容姿だけは美少女だからな……。サンタコスが見たくないと言えば嘘になる。
「正直なところクリスマスの予定はまだわからないかも……」
「…………」
そんな俺の言葉に鈴音ちゃんは表情を曇らせた。それでも何も言わないのはここで駄々をこねても俺を困らせるのがわかっているからだろう。
だけど、そんな彼女を眺めているとクリスマスに彼女を悲しませたくないという気持ちにかられる。
とりあえず明日じじいに頼んでみるか。正直首を縦に振るとは思えないけど、なんとかクリスマスは鈴音ちゃんと一緒にいられるようにしてあげよう。
そう心に誓って俺は鈴音ちゃんの頭を撫でてあげた。
――――
いつもご愛読いただきありがとうございます。
新作始めました。
――――
お読みいただきありがとうございます。
『未来から俺を殺しに来たはずの殺戮兵器さん、バグを起こして無事デレデレになる』
という新作を始めました。こちらもよろしければ。
親友の妹を官能小説のモデルに使っているんだけど、どうやらいつも感想を書いてくれているのが本人みたいなんだが あきらあかつき@10/1『悪役貴族の最強 @moonlightakatsuki
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。親友の妹を官能小説のモデルに使っているんだけど、どうやらいつも感想を書いてくれているのが本人みたいなんだがの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます